第58話「魔女の使い魔 Ⅰ 」
「は、マトマが死んだって嘘だろ」
そんな噂を聞いたのは、次の日の教室だった。
同じクラスのマルーサがクラスメイトとの会話に入った時、チェリードはその事実を聞かされた。
「いや、マジ。近くに縄とかあったらしいし、でもまあ――――」
「……ぁぁあああっっ!!! まじか…………!」
――――昨日、約束したのに。絶対助けると約束したというのに。
マトマの自殺…………それを受け入れることなどチェリードにはあまりに難しすぎる。
絶望だった。裏切られた気分だった。最悪だ。
「うおっ、どうした? 急にそんな……悲しむことないだろ?」
「っ! いや、だってぇ…………!」
何とも思っていなさそうなマルーサを憎く思いつつも、泣きじゃくりながら項垂れることしかできない。
「昨日、マトマと約束したんだ。『絶対助ける』って…………」
「お、おう……」
異常な程取り乱す彼にマルーサは怪訝に思うも、そこで彼が勘違いしていることに気づいた。
「ん? お前なんか勘違いしてねえか?」
「え?」
ぽたぽたと涙を垂らすチェリードの肩を持ちながら、
「あいつは死んでねえよ、だから安心しろ。それに自殺したわけでもねえしな」
とマルーサは宥めるように彼に告げる。
「本当か……? 本当なんだな!」
「あぁ、だからそんな泣くな! ほら!」
そう言うと彼は、泣き腫らすチェリードにハンカチを渡す。彼はそれを受けとると「ごめん」と謝りながら頬を流れる涙を拭き取る。
(よ、よかった…………本当に、よかった)
マトマは自殺をしなかった。それだけで、彼は救われたような気分になった。
「……で、なんでマトマは?」
ようやく落ち着いたチェリードは詳しく聞こうと彼に尋ねると……
「いや、それが……『取り憑かれて』死んだらしい」
「取り憑かれて?」
「ああ」
話によると、昨夜家から帰ってきたマトマは夕食を食べている最中突然激しい頭痛に襲われたらしい。
寝室で看病されることになるも体調が悪化するばかりで、日付が変わる時間帯、苦しみながらもがいた後死亡したとのこと。
「今日の朝、あいつの家の前通った時に町の医者が来てて、それで話を聞いたら」
「取り憑かれて死んだ…………」
「そう、そーゆーこと」
この話を聞いた時、いやそれより前の死因を聞いたその時から、チェリードには一つの心当たりがあった。
(取り憑かれるって…………一昨日の俺じゃねえか!)
一昨日、彼も同じように取り憑かれている。「夢魔」というお化けのような存在が自分に取り憑いていたんだと師匠は言っていた。
「まあ何が取り憑いていたんだ? とかそもそもなんで? みたいな感じで詳しい理由はまだわからないらしいがな」
はぁ、と溜め息を付くマルーサは面倒くさそうに椅子に腰かける。
「まあでも良かったな、そいつと仲良かったんだろ? これで自殺とかだったら――――」
「なあ、いつもより少ないな」
ふと、辺りを見渡すといつもより人が少ないことに気づいた。
「確かに。それも全員大人しい奴ばっかりじゃねえか? てか頭良い奴も来てないのがちらほらいるな」
「そういえばメロも、『今日は悪いから』って、学校休むって言ってたな……」
もう直先生が来る時間だというのに、まさかそういう人に限って遅刻するとは考えられない。だからと言って、真面目で大人しそうな人ばかりがまだ教室に来ていないのはおかしい。
その後、彼らも同じくして死んだと、担任のライナー先生から告げられた。ただ、全員が死んだわけではないらしく、生きている者もいると先生は言う。
「まあどうせ死んでも復活魔法で生き返れるから、皆そんなに悲観しないでね~~」
(いや、軽いな……)
とはいえ、一斉にこのようなことが起きるとは、きっと何かあるに違いない。
(よし、今日帰ったら師匠にもっと詳しいこと聞いてみよう)
メロの生死もわからず不安なチェリードは、学校が終わるとすぐに家に帰宅した。
「ただいま~。師匠?」
家に帰ると早々に彼は師匠を探す。しかし誰もいないのか、家の中はシーンとしている。
「あれ、誰もいないのか?」
「ただいまー! って、リド先に帰ってたんだ」
「あぁ、お帰り」
一通り探し回った後玄関に戻ると、丁度リーナが帰ってきた。
「どうしたの?」
「師匠がいないんだよ、それにメロも」
どこに行ったんだと少し不満そうなチェリードだったが、それを聞いたリーナは咄嗟に思い出す。
「あー! 師匠たちは今王国の中にある教会にいるよ!」
「教会?」
「うん! なんか用事があるんだって」
「わかった、ありがとう」
「え!? ちょっと、どこ行くの!? 私も行く~!」
二人は協会にいる、ということは、もしかしたら一昨日のあれと関係しているかもしれない。
思い立ったらすぐ行動、チェリードはリーナと一緒にその教会へと向かった。
そして、教会に着くと、そこには予想できない光景が広がっていた。
「うわぁ……まじかよ」
「え、嘘……何これ」
そこにいるのは、苦しそうに悶える子供とそれを見て泣いている子供の親。その様子は凄惨なものであった。
「おぉ、お前たち」
「「師匠!」」
師匠の姿を見つけた二人は飛び込むように駆け寄る。そこには横になっているメロもおり、
「うぅ…………お母さん…………」
と必死に呼びながら魘されている様子。
「師匠、これって」
「あぁ、一昨日のお前と一緒だ」
「ねえ師匠、メロちゃんは大丈夫なの?」
「あぁ、死にやしないさ。ただ…………」
師匠は周りに目をやりながら
「状況が状況だからねぇ…………アタシの一番弟子に何かあるとって思うと、少し心配にもなる」
と不安そうな表情をしながらメロの額を優しく撫でる。
「てか、なんでこんなことになったんだ? 俺も一昨日なったけど、こんな一斉に取り憑かれるなんて」
「あぁ、それなんだが――――」
「それはワタクシからお教えしましょうっ!」
突然話に割って入ってきたのは、神聖な服を身に纏う背格好の高い男だった。
「うわっ、なんだ急に」
「ここの司教だよ。胡散臭いけどちゃんとした人だ」
「胡散臭いだなんて失礼なっ! まあいいでしょういいでしょうそう思うのもまた良し!」
((なんだこの人…………))
やけにハイテンションなその男は純白の祭服を見せびらかしながら二人に近づく。
「おっとそこにいるお二人! 君たちは彼らが心配でここへ?」
「いや、師匠達が心配で……」
「おぉこれはこれはなんと!! このような慈愛に溢れた子らがこの国にいるとはっ! 我等の祝福を分け与えたい程だな~全く」
「はぁ……しっかりしてくれよ」
「おやおや、これは失礼。では早速始め……る前に、まずは状況説明から行きましょう」
司教はそう言ってこの場にいる皆を集めると、愉快な口調から一変、かしまった言い方で説明し始めた。
「まず、貴殿方が『取り憑かれた』と言っているそれは『夢魔』という魔物の一種です。
通常の魔物と違い実体がなく、剣や斧などの物理攻撃や通常の魔法では倒すことが不可能。代わりに特別な呪文を唱える必要なのですが…………
そもそもその夢魔というのは本来、以前存在した魔女の使い魔として使役された存在。ですから、魔女裁判によって魔女が消滅した現在、今、ここにいるのは不自然であり、我等にとって非常に不愉快極まりない」
いくつか師匠が話していたことと合致する部分があった。強いて言うなら、師匠は曖昧なことを話していたように見えるのに対し、この司教はそれを事実のように話していることぐらいだろうか。
「今回は未曾有の事態故無償で夢魔の浄化を行いますが、もしこのようなことが二度三度四度と起こるようであれば、我等教団も動かねばならない。
といっても、といってもですよ? もしこの教団に入ればそのような厄災に見舞われず祝福され時を――――!」
「いいから早く浄化しな、子供達が待ってる」
「これは失礼。では行いましょう。我が神に誓って、必ずや成功させてみせましょう」
こうしてようやく司教の長い長いお話が終わり、メロたちの夢魔を取り除くための「浄化の儀式」が行われることになった。
司教
王国内の教会の司教。身長が二メートル近くあり、その怪しい喋り方も相まって他人から避けられることが多い。




