第57話「否、勝負だ」
「はあああああっ!」
「さあ来い!」
日が昇る寸前、二人の勝負が始まる。
激昂したマトマは何の考えもなしに突進する。それも手ぶら、何かを隠している様子でもなかった。
もちろんチェリードはこれを「防御壁」を展開して殴りかかるのを防ぐ……つもりだった。
「食らえ!」
「!? どこからそれを!」
マトマが繰り出したのは鋼でできた剣の一太刀。それがどこから取り出した物なのか、彼が咄嗟に理解するのは不可能に近かった。
「うおおおおおっ!!」
更に、マトマはその剣を捨てたかと思いきや、今度は片手で持てそうなほどの斧を宙から取って思いきり真横に斬りかかる。
「くっ、まずい!」
戸惑いを振りきり「防御壁」で防御するも、振りきった腕で見えない場所から新たな攻撃を受けてしまう。
「ぐはぁッ!」
先端が尖った石でできた槍を懐に刺され、チェリードは一歩下がった。
(まずい、初見殺しがすぎる! 早く固有能力を見つけなきゃ倒される!)
能力の「告白」が無かったこの勝負、彼の能力を知るマトマと微塵も知らない彼とでは、戦闘において圧倒的な差が出ていた。
まずは様子を見ようと、チェリードは障壁を展開しながらマトマと距離を取る。すると、
「下がっても無駄だっ!」
また彼は何もない所から弓を取り出し、山なりに何本も矢を放った。
「おまけもくれてやるっ!」
追撃として、更に彼はブーメランを手に持ち、真っ直ぐチェリード目掛けて投げる。空から降り注ぐ矢に気を取られているのを見越した攻撃だった。
「ちくしょう! 二方向はキツい」
攻撃が当たるタイミングが同時であることに気づき、上からの矢は「防御壁」で、正面からのブーメランは「反射壁」でいなしたチェリード。
しかし、これがまずかった。
「今だっ!」
「なっ! 正面が!」
いなすために振りきった右手が後ろに行ってしまったことで、彼の体の真正面はノーガード、隙だらけになってしまう。
それをマトマは見逃さなかった。ここぞとばかりに彼は距離を詰め、空を切り裂いて引き出した杖をお腹に突きだし、
「〈初級嵐魔法〉っ!」
球状の突風を食らわし、体を大きく吹っ飛ばした。
大きく体を転がして最後地に伏せたチェリードに、マトマは勝ち誇った顔で威張った。
「どうだっ! これがおれの力だ!」
「………………」
「おれの固有能力は『武奇術』。いつどこでも武器が取り出せるんだ、そうまるで手品のようになっ!」
優勢だからと彼はべらべらと自分の能力について語っている。が、倒れたチェリードはそれに聞く耳を持っていない。
「…………」
「あれ?」
そしていつまで経っても起き上がらないチェリードに、だんだん彼は不安を覚えるようになった。
「おいっ! そんな大した攻撃してないだろ! 早く目を覚ませよっ!」
もしかして、と思う度に不安になる彼は近くに寄って確認しようとする。
さあ、反撃だ。
「おらぁ!」
ギリギリまで近付くの待ち、そして最大の反撃の瞬間が訪れた彼は勢い良く跳ね上がり「反射壁」で思いきり殴り上げた。
「ぐふっ!」
「カデン先生に教わらなかったか? 『油断は禁物だ』ってな!」
上空に打ち上げられた体に、チェリードはもう一発食らわす。地面と平行に飛んでいくのを見て思わず笑ってしまった。
「お前……! ひ、ひどいじゃないか!」
完全な油断を突き、ようやくチェリードは一撃食らわした。
「よーし、今度はこっちの番だ! いくぞ!」
両手に障壁を展開しマトマに突っ込むチェリード。起き上がるの待たずに彼は構え、渾身の一撃を与えようと意気込んでいる。
「負けてたまるかぁ!」
一気に劣勢に追い込まれたマトマは、するりと双剣を持ち向かってくるチェリードを迎え撃とうと剣に嵐を纏わせた。
「嵐魔法を剣に付与したっ! 簡単に避けられると――――」
その時、瞳は朝焼けに輝いた。
「っ! これだ!」
勝利を確信したチェリードは、マトマの後方に「防御壁」を展開した。
今までは手の届く所にしか展開できなかった。でも、今の彼なら――――
「なっ! 遠隔で展開できるのか!?」
前方には障壁を展開しながら真っ直ぐ向かってくるチェリードの姿が、後方には退路を断つように置かれた「防御壁」が、まさに“板”で挟んだ状態を作り出している。
「挟み撃ちだぁぁぁ!!」
そして、彼の繰り出す「反射壁」と引き寄せた「防御壁」がマトマの体と通して接触し、その瞬間協力な衝撃波を生み出した。
「うぐっっ!!」
尋常でないほどの圧力がかかった腹は前と後ろがくっつきそうになっている。思わずマトマは血反吐を地面に垂らす。
そしてまもなく、彼は意識を失った。
「へっ、やったぜ! これで俺の勝ち、か……」
完全勝利を前に、疲弊していたチェリードも倒れそうになっている。だが、いくら相手が先に倒れたからと、自分も倒れてしまっては勝ったと言えないだろう。
ふと気を失わないよう、彼は頬を叩いて意識を保つ。足に力を入れ、汗を滴しながらマトマの体を背負いゆっくりと歩き始めた。
が、チェリードは一つ忘れ物をしていた。
カンッッ!!
「!!??」
歩き始めた直後、固い何かが額に直撃。それはあまりの速度で飛んできた木製で、見覚えのある形だった。
「嘘…………だ……ろ……」
それをきっかけに彼が倒れ込んだ時、それがブーメランだったということに気付いた。
(置き土産とか、そんなのずるいだ……ろ……!)
まさかの一撃に不満を募らせながらマトマと同じように気を失った。
そして彼らが次に見たのは、見たことのない天井。
「「――――勝ったのは俺だ!!」」
偶然にも同じ言葉で目覚めた二人は、ここが保健室だというのを理解するのに多少の時間を要した。
「……ここは保健室か?」
「あぁ、そうみたいだな」
他に誰もいないのを見るに、保健室の先生は校庭にいるらしい。つまり、今は午後の魔法練習の時間、二人は時間にして六時間も眠っていたことになる。
「な、なあ。一つ聞いてもいいか?」
ひっそりとしたベッドの上、マトマが口を開いた。
「体育祭の時見せたあの姿、あれはお前……なのかい?」
「正直な所、俺にも分からない。一応、俺を助けてくれるみたいだが…………いや、やっぱり悪魔みたいな奴だよ、あいつ」
「そっか。大変……だね、随分」
勝負後の脱力感からか、マトマは本来の穏やかな喋り方になっていた。前までの強がりで荒々しい声の彼とは真反対である。
「――――俺も一つ、聞いていいか?」
それからしばらくして、チェリードも口を開いた。
「うん、いいよ」
「なんで、マトマは無理に強がったりしてるんだ?」
「…………」
マトマは少しの間沈黙し、意を決し答える。
「ぼくの両親、貴族なんだ。でも、あんまりお金持ってなくて……」
「没落貴族か……」
「たぶんそう。子供も一人しか作れなかったから、って両親はぼくに期待してるんだ」
寂しそうな目をしていた。しかしその瞳の奥には何か、優しさのようなものもあるような気がしてならない。
「『お前は気が弱いから、もっと心を強く持ちなさい』とか『その話し方をやめろ。優しいだけじゃ強くなれません』とか『そんなの貴族の振る舞いじゃない。もっと気高くありなさい』とか……」
「…………」
「僕は今までその通りにしてきた。親の言う通り、心を強く、口調も変えて、立ち振舞いも変えて」
この時、心底彼が優しい人なのだとわかった。この落ちぶれた親の言うことを何の不満も言わずに聞いているのだと、その微笑みが自分に教えてくれているような気がした。
「両親、決闘が好きなんだ。だから君の話をした時、真っ先に『その子を倒しなさい。もっともっと強くなるために』って」
「お前はずっと、親の言いなりで良いのか?」
「二人が喜ぶなら、それでも」
悲しい。悲しさで胸が一杯になる。
両親はきっと、彼のことを自分の駒としか見ていないのだろう。ただの従順な駒だと。そんなことも知らず、彼は両親のために頑張っている。自分を殺して、自分の意志を殺して。
転生する前、かつていた高校のクラスメイトにもそのような人がいた。その親は有名大学に行かせたかったらしく、そのクラスメイトに無理矢理勉強させていた。虐待もあったそうだ。
耐えきれなくなったその人は……もう……
「どうして――――マトマは、何かやりたいこととないのか? 本当に親の言いなりでいいのか? 本当はきっと……」
また彼みたいな犠牲が出ると考えた時、チェリードは悔しくて悔しくて仕方なかった。
「いいんだ。そういうのは」
「!」
そして感情が高ぶって肩に掴みかかった時、マトマは頬を濡らしていた。
「もういいんだ……やりたかったこと、全部壊されちゃった。皆と遊ぶことも、集めてた魔法石も、大好きだった小説も、燃やされて全部失くなっちゃった」
「っ……だからって!」
「もういいんだ。ぼくはもう……! もう自分がどこにもいなくても、二人が悲しんだり怒っているのをぼくはもう見たくない……! 怖い……!」
泣きじゃくりながら、マトマは突然背中をチェリードに見せる。
「これが怖くて、僕は逆らうのをやめたんだよ、チェリード」
夥しいほどの切り傷の痕。もう二度と見たくないと思うほどひどい。
「そんな……! ちくしょう!」
悔しい。
もう手遅れなのだとわかった瞬間、ただ本当に悔しいと嘆いた。もう、手遅れなのだと。
それでも、
「ありがとう」
そんな状況なのに、彼は感謝を述べてくれた。
「は……?」
「自分のこと、誰かにわかってもらえて、本当に良かった。ありがとう」
「いや……でも……っ!」
「ありがとう」
改めて、彼の目が死んでいることに気づく。もしまともな人生を送っていたら金色に輝いていたであろうその瞳に、光は二度と届かない。
ガラガラ
「ごめんなさ~い! まさか保健室に人がいるとは……ってあれ?」
魔法練習の時間が終わったらしい。保健室の先生が急いだ様子で部屋に入ってきた。
「あ、ごめんなさい。行こう、チェリード」
「あ、あぁ……」
項垂れた彼の手を取り、マトマはすっきりした気分で保健室を出た。
「これから、おれはまた前のように振る舞うと思う」
二人は気持ちの整理がついて、マトマはまた出会った時の口調に戻っていた。
「でも、もしダメになったら……その時は、お前が助けてくれ……絶対だからなっ!」
これが彼にとっての最後のSOSなのだろうか。
「わかった。絶対だ」
チェリードは決意を持って返事をした。
すると、マトマは
「ハハハ」
と乾いた笑いを上げた。
「急にどうした」
チェリードがそれに驚いていると、
「勝負とか、どうでもよくなったな」
と一言。
今更そんなことを言うのかと、釣られてチェリードも笑う。
「ああ……(てかそれどころじゃねえし)」
「とりあえず『おれの勝ち』ってことで良いよな?」
「あぁいいよ、何でも」
マトマの随分切り替えての早いことに、チェリードは勝負のことなどどうでもよくなっていた。
「ま、また時間を置いたら、勝負してやるからなっ!」
「あぁ……あぁ」
人が変わったように前の性格に戻ったマトマを見て、少し嬉しいような、悲しいような……
壊れたロボットが必死にそれを隠しているのを見ているような気分になり、まともに彼の目を見ることができない。
「じゃあな! お元気で!」
「あぁ、また明日な」
そうして、二人は分かれ道で別れの挨拶を交わす。
(嫌な、一日だった)
落ちていく夕日を見た。真っ赤に燃えた夕日は重苦しく光っている。
(あいつは、大丈夫なのだろうか。もう、手遅れなのに、なんであんな笑顔で……)
朝のそれが嘘みたいで、あの時が一番楽しかったなと彼は振り返る。
(もし、同じような人がいたら、次は助ける。絶対……)
嫌な予感がしてならないのを必死に拭い、チェリードは固く決意した。
マトマ・トリュリト
固有能力「武奇術」
どこからともなく武器を取り出すことができる。武器は自分の持っている物に限る。
Ⅱ組のとあるクラスメート。両親の影響からなのか常に志の高く強気な性格の持ち主である反面、常にその声は微かに震え、その顔はどこかぎこちない。
実は両親に虐待されており、「貴族」らしく振る舞うように強制しているが、果たしてそれが「貴族」らしいのか、両親は知らない。




