第5話「ありがとうって、言いたかった」
あのあまりに魔法と武器のテストを終え、自分の能力を知ることができたチェリードは陰鬱な気分で教室へ帰ろうとした。
しかし、
「あ、チェリード君!!」
自分の教室へ帰ろうとする彼を先生は引き留めた。
「悪いんだけどさ、この後私用事があって! ここにある武器をあっちに見える倉庫まで運んでくれない?」
そう言って先生は、今いる場所からかなり遠くにある倉庫を指指した。
「じゃ、よろしくね~」
「あぁちょっと!!」
チェリードは引き留めようとするが、先生はスタコラサッサと校舎の方に走って行ってしまった。
(なんであんなことがあったのに片付けまでさせられないと行けないんだ……?)
自分は固有能力しか使えないという事実を先程突きつけられた挙げ句後片付けまでしなければいけないことを不憫に思った。
幸い武器を持っただけではあの時のようにはならなかったので、片付けはすぐに終わった。彼は早く教室に帰りたかったので、走って校舎の方へ向かった。
やっとの思いで教室に戻ったときには、既にお昼休みの時間だった。生徒は昼食を食べ終わり、教室や廊下で遊んでる人も多くいた。
教室に置いてある机の右上には、自分の名前が書かれた名札が貼ってあった。彼はその名札を頼りに、自分の椅子がどこか探していたところ、
「なあ、お前転生者だろ?」
と声をかけられた。
誰かと思って振り返ってみると、そこにいたのは三人組の男子だった。
一人は勝ち気そうな人で、藍色の髪に高級そうな青色の服を見に纏い、一人は気の弱そうな人で銀髪に深緑色のローブを着ており、もう一人は不良のような人で金髪に黒い服にメタルのアクセサリーを付けていた。
その三人組の中の藍色髪の男子がぎこちないニヤニヤとした顔をしながらこちらの返答を伺っている。
「え? あぁ……うん、そうだけど」
俺がそう答えると、
「やっぱりな!」
とわかっていたかのような口調で言った。
「お前、固有能力はなんだ? テストはどうだった? 魔法は何種類使えるんだ?」
その藍色髪は彼が転生者だとわかった途端、彼の気持ちも知らずに質問攻めをしてきた。
「もうやめなよ」と銀髪の男子が藍色髪の袖を引っ張るも、「うるせえ!」と突き飛ばしてしまった。
「大丈夫!? おい何やってんだ―――――」
「おい早く答えろよッ!!」
俺が銀髪の心配をしていると、金髪が獣が威嚇する時のような表情で怒鳴った。
彼はその怒声にビビってしまい、戸惑いながらも一つずつに質問に答えていった。
「「ギャハハハハハ!!!!」」
説明し終わった途端、藍色髪と金髪は大爆笑した。
「おいおいまじかよ! 魔法も使えない、武器も使えない?? おまけに固有能力はただ守るだけ?? ぷっ! よっわ! ゴミじゃん!!」
こどもというものはどこの世界においても無邪気である。真正面から「お前は弱い」と言われたに等しい。金髪が言い放った悪口を聞いて思わず涙目になっていた。
「いやぁ~! 『転生者』って言うもんだから強い奴かと思ったけど、これなら大丈夫だな」
「え? な、なに……?」
「お前虐めても、反撃されなくて済むわ~」
その一言で、鳥肌が立った。
ヒリヒリと痛む胸に手を当て、後ずさりをしていた。
一言、そう言い放って三人組はどこかへ行ってしまった。その背中を見たときに、もう既に恐怖を感じていた。
(俺が……虐められる…………? いやまさかそんな…………)
いじめは些細なことから始まる。どこでも起きるし、そしてそれは、いつだって被害者に原因があるものだ。
「きっと今のはタチの悪い冗談だ」と勝手に思い込み、彼は午後の魔法訓練を適当にやり過ごし、早足で帰宅した。
家に帰ると両親が玄関で待っていた。
「ただいま、リド」
「ただいま! ねえ、学校は楽しかった?」
二人が期待の眼差しをこちらに向けてきている。
「うん、楽しかったよ」
彼はそう答えて、荷物を自分の部屋に置いていこうと二階へあがった。
そしてそれ以降は普段通りに夕食を食べ、お風呂に入り、普段と同じ時間帯に就寝した。
次の日、学校へ登校すると彼はすぐに気づいた。
「あ、無視されてる」
彼はすぐにわかった。一見昨日と変わらないはずの教室だというのに、教室の空気がどんよりとしているのが直感でわかった。
昨日のあれは、嘘ではなかった。
それから毎日、彼への虐めが始まった。
凍てつく視線は彼の心を氷のように固く凍らせ、ボロボロになった教科書や文房具を見る度、彼もまた、ボロボロになっていくのだ。毒のように苦しい陰口は彼を蝕み、彼自身の気力を奪っていった。
彼の学校生活はバラ色、などとは程遠い、バラの棘のような刺々しさを増すものになっていった。
日に日に元気が無くなっていくチェリードを見て、両親やリーナは心配して声をかけてくれたりしたが、
「いや、俺は大丈夫だから」
と彼は何も話さずにいた。というより、話したくなさそうだった。
誰にも相談できず、ただ悪戯に弄ばれる日々に、彼は限界を感じていた。
(もう…………いきたくないよ。俺)
――――――――――――――――――――――――
ある日の放課後、あの三人組がいつも通り、
「こっち来い」
誰も通らない廊下に連れ出し、今日もまた、いつも通りに彼をサンドバッグのように殴り付けた。
「――――オラッ!!オラオラ!!」
ボゴッ!……ボゴッ!……
「グァハッ!!」
拳の鈍い衝撃が身体中に伝わるのを我慢しながら、彼はただ悶絶するだけだった。
殴り、蹴り、踏みつけ、他にも水をかけられ、髪を引っ張られ。彼はされるがままに様々な方法でいたぶられていた。
初めの内は彼自身の固有能力で抵抗することができた。でも、もう、抵抗する気すら薄れてしまったようだった。
――――話は数日前に遡る。彼は虐めの主犯格である三人の名前と、ある程度の情報を盗み聞きすることに成功した。
その三人組は、リーダーの藍色の髪の子がマルーサ・ケルセン、銀髪の子がスパラ・チビャス、金髪の子がラハーク・ハートという名前だった。
その三人組は常に三人で行動していたそうだ。しかし、誰かを虐めたり、嘲笑ったりするような人たちではなかったという。
周りからの評判も悪いわけではなかった。寧ろ良かったとさえ言える。先生からも信頼されている存在だったのだ。
しかし、今の三人組は違う。少なくともチェリードにとっては、集団で彼を虐めるただの極悪人にしか見えない。彼の思う人物像と以前まで存在していた人物像には限りなく大きいギャップがあった。
果たしてなぜあそこまで変わってしまったのか…………何も知らない彼に、そんなことがわかるわけがなかった。
「――――よし、ちょっと来い」
しばらく殴り続けていたマルーサは、殴るのを止め、チェリードをとあるところへ連れていった。
しかし、今日は何かが違うとチェリードは悟った。連れていかれる過程で、スパラとラハークが細い紐を縄のように編んだもので、チェリードの手首をほどけないようにギュッと締めたのだ。
そうして辿り着いたのは、「魔法訓練室」という看板が掛けられた部屋だった。
中に入るとすぐに階段があり、降りた先に教室より広い空間があった。奥の方には突っ立ったままの人形と、何かをくくりつけるための十字架が置いてあった。
「――――最近さぁ、ある魔法の練習してるんだよね」
マルーサが突然、口を開けた。しかしその声は普段とは違い、多少掠れた声だった。
「だから、俺の『必殺魔法』の練習相手になれよ」
「…………え?」
チェリードが今話したことを理解しきれずにいると、マルーサは呪文のような言葉を唱え始めた。
「闇よ。深き闇よ。穢れに穢れた悪魔に私の力を捧ぐ。大地の恵みを奪い、生きるを糧とする生き物に偉大なる死を………」
マルーサが呪文を唱えている間に、スパラとラハークの二人は急いでチェリードを立ててある十字架に予め持っていた紐でくくりつけた。
「――――ねえ、これで良かったのかな……」
「あ? うっせーな言う通りにやればいいんだよ!」
「そ、そうだよね……」
「それにこいつを死なせれば、後のことは考えなくていい!」
「え! でもそんなことしたらこの人は…………」
「いいんだよッ!! そんなことなんか!!」
殴られてからというもの、意識がはっきりとしなかったが、彼は二人の会話が辛うじて聞けた。二人の声から必死な様子なのが伝わってくる。
(そっか、俺はここで死ぬのか…………)
もう彼は抵抗するのを既に止めていた。暴れたところで、結局押さえつけられることは分かりきっていたので、彼はもう、抵抗はしなかった。
そして、詠唱が終わった。
「喰らえっ!!必殺――――」
マルーサが魔法を解き放とうとした次の瞬間!
バタンッ!
誰も通りかからないはずの扉が開いた。
「おい誰だ!」
マルーサは魔法を中断して、振り替えると、階段の上に立っていたのは黒髪の男子だった。
(誰だ……? あの人……は…………確か……同じクラスだったような………?)
「ッ…………お前ら、こいつを的代わりにして遊んでたのか」
チェリードの姿を見るなり、黒髪は三人を鬼のような顔で睨みつけた。
「ジェイル……! どうしてこんな時にぃ…………!」
マルーサは情けない声を出していた。そして、黒髪のことを「ジェイル」と呼んでいた。
「早く縄をほどけよ」
「後少しだったのによ……」
「なんか言ったか」
「……チッ、なんでもねえよ! 二人とも、ほどいてやれ」
マルーサは意外にもあっさり了承し、二人に縄をほどくよう指示した。
「う、うん!」
「ったく、わーったよ」
ラハークの方は不満気な顔をしていたが、二人はチェリードの縄をほどいた。
「二度とこんなこと、すんじゃねえぞ」
黒髪がそう警告すると、
「――――クソッ! 覚えてろよ!!」
「あ! 待ってよマルーサ~!」
「チッ、失敗かよチクショウ…………」
捨て台詞を吐き、マルーサは二人を置いて魔法訓練室から出ていった。二人も追いかけるように部屋から出ていった。
チェリードは必殺魔法の練習相手なることは避けられた。ひとまずの危機が去ったことに安堵し、体から力が抜けてその場に座り込んだ。
だんだん気持ちが落ち着いてきた彼は、階段の上にいる黒髪に話しかけることにした。
「――――ねえ」
「………………」
「なんで助けたの?」
「………………」
「それによくここがわかったね、普段ここは誰も通りかからないの――――」
「おい、よく聞け」
突然口を開いた黒髪は、チェリードの真正面に立った。そして、こう言った。
「嫌なことから目を逸らすな。逃げるな。大事なのは、目の前の困難に立ち向かうことなんだ」
力強い眼だった。思わず引き込まれるような朱色と黒が混じった瞳に、彼は惹かれた。言葉に、確かな重みがあった。
「じゃあな」
「あ! ちょっと――――」
バタンッ
感謝を伝えるより前に、ジェイルは部屋の扉を閉めてどこかへ行ってしまった。後を追いかけようと部屋を出たが、そこには誰もいなかった。
(ジェイル…………)
『大事なのは、目の前の困難に立ち向かうことなんだ』
チェリードは廊下の壁に寄りかかりながら、黒髪……ジェイルが言った言葉を頭の中で繰り返していた。
(大切なのは、立ち向かうこと……)
チェリードは今までの行動を振り返ってみた。確かに自分は逃げたり諦めてばっかりだったような気がすると、彼は思った。無視されても、教科書をボロボロにされても、「しょうがない」と諦めていた。真っ向から立ち向かおうとは、思っていなかったようだ。
誰もいない夕方の廊下で、チェリードは考えた。もうやられっぱなしは嫌だと。もう、逃げたりしないと。ジェイルが言ったように、困難に立ち向かおうと、彼は考えた。
「あ、そういえば」
彼は一つ忘れていたことがあった。
「『ありがとう』って、『助けてくれてありがとう』って、言えなかったな」
折角助けてくれたと言うのに、お礼の言葉も言えていなかったことに今さら気づいた。
「あの時、ちゃんと言えればよかったな」
彼はせめて最後に、引き留めてでも「ありがとう」と言えば良かったと後悔した。
ふと、彼は自分の手を見た。その手は傷だらけで見るに堪えないものだった。クラスメートにハサミのような道具で切りつけられたことを思い出す。
「――――こんな俺に、勇気をくれたんだ」
彼はジェイルにお礼が言えないことが心残りだった。
「それなのに……俺は…………」
拳を強く握りしめ、痣だらけの足に力を入れ立ち上がった。
彼は自分自身に怒りが沸いてきた。今まで為されるがままだった自分への怒りと、ジェイルに感謝が伝えられなかった自分への怒りが。
「――――でも、これから何があっても、俺、逃げたりしないよ」
廊下の窓に向かって歩き、窓から見える夕日に向かって、
「だから、ありがとう、ジェイル君」
とヒッソリと呟いた。
この言葉が、いつか君に届くといいな。そう思いながら彼は、決意を胸に家へと帰った。
マルーサ・ケルセン
チェリードのクラスメート。三人組のリーダー。藍色の髪が特徴で、高級そうな青色の服を着ている。多少口が悪かったり、人をバカにする癖があるが、リーダーシップがあることや、戦闘のセンスは高いことなどから、クラスの人気者になっている。
スパラ・チビャス
チェリードのクラスメート。三人組のうちの一人。銀髪と深緑色のローブが特徴で、気が弱い男子。いつもおどおどしているが、ダメなものはダメだと言える、正義感が強い人だ。戦闘ではサポートすることが多い。
ラハーク・ハート
チェリードのクラスメート。三人組のうちの一人。金髪に黒い服にメタルのアクセサリーを付けているのが特徴で、一言で言うなら「不良」。一人でいるときは、他の生徒と喧嘩をしたり、授業中に反抗的な態度を見せたりなど、先生からは問題児認定されている。戦闘では近距離戦とサポートと、どちらもできる。