第54話「一年が過ぎた」
「――――そうか。思えば、もう一年か」
晴れ渡る空を見上げ、チェリードはしみじみと思う。
「俺が自殺したあの日から、俺の人生は……」
彼女……神谷 梨菜の後を追うようにビルから飛び降り、チェリードの前の姿である桜井 導は自殺で亡くなった。
そして今日、異世界へ転生しチェリードという名前を貰ってから、一年が経過した。
「――――本当に、いろいろあった。良いことも、悪いことも、いろいろ」
「…………」
「いや……悪いことの方が多かったな、思い返してみれば。転生直後は魔獣に喰われ、学校に編入したら虐められ、更には……」
「な、なあ」
「結局、俺は第2の人生をしっかりと歩めているのか? いつまでも上の空のような気分だ。そろそろ目標やら何やらを……」
「いつまで独り言を続けるんじゃ……」
「え?」
人に言われて初めて、チェリードは長々と独り言を話していたことに気づいた。彼は落ち着ける場所にいると、独り言が暴走する癖があるのだ。
「あーごめん」
「君のそれは癖なのか?」
「ああ。といってもあんまりないんだけどな。人に指摘されたのはかなり久しぶりだな、そういや」
「ほ~う。まあいいじゃろう」
訳あってチェリードは今天国に来ている。部屋に置いてある縄と椅子で、以前と同じように首吊り自殺によって彼はここへ来てしまったのだ。
「ところでチェリード。今日はなぜここに来たんじゃ? 自分からここに来るのは確か二回目じゃったな」
「ああ、折角一年経ったし、挨拶の一つぐらい入れといた方がいいかなって思っただけだ」
「ほお~~たった一年でそんな立派なこと言えるなんて……泣けてくるの~!」
「いやそんな大したこと言ってないから」
お世辞をまともに受け止められ調子が狂うチェリードだったが、今すぐにでも本題に入りたがっている彼は、嘘泣きを続ける神様をなんとか宥め、早速質問を投げ掛けた。
「じゃあ早速、時々俺の体を乗っ取る奴についてなんだけど」
「ほう、あいつのことか」
「神様はあいつのこと何か知らないか?」
森林実習の時と体育祭の時に現れた、全身が赤と黒で覆われた謎の存在。彼がどんな事よりもまず先に気になったのはその存在についてだ。
「あいつはな、実は……」
「ああ……」
何か知っていそうな口ぶりでいる神様を見て、チェリードは思わず固唾を飲む。
しかし、
「儂もよくわからん!!」
拍子抜けな答えが返ってきた。
「は??」
「いや~~一応存在については確認できたんじゃがな。なんというか、こう……“イレギュラー”って言うんじゃったか?」
折角命を落としてまでここに来たというのに、返ってきた答えは「わからない」。期待して損した気分になったチェリードはとてつもない徒労感に襲われた。
「はぁぁぁぁぁぁ…………」
「そ、そう落ち込むなって!」
折角仲間にバレないように自殺したというのに、それが無駄になりそうなのが嫌なチェリード。どうしても知りたかった彼は、何か一つでも情報がないかと神様に食って掛かる。
「なあ、本当にないのか?! なんでも良いんだ、情報は、情報は何か無いのか?! いや、『無い』ってのは無しだからな!」
「う~ん、そう言われてもの~」
困った顔をしながら本棚を漁る神様は、見る限り本当に何も知らない様子だった。
「――――じゃあいいよわかんなくてもいいから! 神様はどう思うんだ? あいつについて」
「そうじゃの~…………あっ! 思い出したぞ!」
すると神様はちゃぶ台に置かれたお茶を一瞬で片付け、その代わりに一冊の本を取り出した。
その本はかなりの年季が入っており、所々ボロボロになっている。本の分厚さも普通の小説の3倍もある。
「それと関連してるかはわからんがの」
「これはなんだ?」
「まあ所謂歴史書みたいなもんじゃ。ちょっと読んでみようかの」
そういうと神様は、真ん中辺りのページを開き、そこに書かれている文字を朗読し始めた。
『約千年前、突如として生誕した魔物の存在によって、世界は危機に瀕した。純粋無垢な人々は成す術も無く蹂躙され、あと一歩で魔物に支配される所まで来ていた。
しかし、そんな絶望的な状況の最中、微かな勇気を振り絞って立ち上がった六人の勇敢なる者がいた。
「冷血の戦士」「豪傑の魔術士」「正義の僧侶」「慈愛の騎士」「運命の盗賊」「災禍の勇者」。志同じくして集いしこの六人によって、魔物を統べる魔王を撃滅し、この世界に平和が訪れた』
「……とまあこんな感じじゃな」
内容を聞く限り、「魔物の脅威から人々を救った六人の英雄」といったところだろうが、これが果たして彼と関係あるのか、チェリードにはまだわからなかった。
「で?」
「ん?」
「これとあいつと、どう関係があるんだ?」
「………………」
「何を『思い出した』んだ?」
「いや~~~それは~~~……」
「はぁ…………」
もしかしたら、と期待したのが馬鹿だったとチェリードは溜め息をつくしかできなかった。
「いや~すまんの! 生憎これしか思い出せなくての~う」
「ん? どういうことだ? ていうか、続きを読ませてよ」
「いや~それがの~……」
困ったような顔をしながら神様が次のページを開くと、そこには何も書かれていない真っ白なページがあった。その次も、そのまた次も、白紙だ。
「は!? なんで何も書かれて―――!」
「この本は儂の記憶と連動しててな。儂が一つ思い出すごとに1ページ埋まっていくんじゃ」
「そ、そうだったのか……」
「ちなみに今回初めて使ったから、まだ1ページしか埋まっとらん」
(もっと早くから使ってればもっと情報が貰えたのでは?)
と思いつつ、チェリードは話題を変えることにした。彼は神様に聞きたいことがまだいろいろあるのだ。
「あ、あとさ、神様。俺他に聞きたいことがあるんだけど――――」
しかし、神様は答えてはくれないらしい。
「おっと、もうこんな時間じゃ。じゃ、チェリードまたの~~」
「え、いやいやいや! ちょっと待てよ! どこに行くんだよ?! 俺はまだ聞きたいことが――――」
「いや~悪いの~う。儂これから新しい転生者を迎えなきゃいけないんじゃ」
「新しい転生者?」
普段は情報を得るために会話していたから忘れていたが、この神様の主な仕事は転生者の案内役だ。
「丁度一年ぶりじゃの。君と一緒じゃ」
「そんなに来ないもんなのか?」
「まあ、他の神様が引き受けることが多いしの~う」
「あ、他にも神様っているんだ」
「丁度一年ぶり」と言っているのを聞くと、主要な仕事とはいえ、神様の数と転生者の数が釣り合っていたり単にこの神様が信用されていなかったりして、滅多に仕事が回ってないのだろう。
「じゃ! そういうわけじゃから、君も早く帰るんじゃぞ~」
急かすようにチェリードを手で追い払い、神様は掃除に取りかかる。しかし、埃一つないこの空間をいくら掃いても綺麗になる予感がしない。
「………………」
いつもと変わらない天国を眺めながら、
(そうか。また俺も一年前はここで転生させられたんだよな)
と懐かしさに浸っていたチェリードは、
「神様」
無意味な掃除を続ける神様を呼んだ。
「ん? なんじゃ?」
「次転生する奴は、くれぐれもあの扉に入れさせるなよ」
「――――当たり前じゃ。あそこに四人目を入れるつもりはない」
とここで、まさかの事実が発覚する。彼が入った鬼塵の扉、そこに入った人が他にもいたのだ。
「え、四人目?」
「ああ、そういえば言ってなかったの~う」
「てか、俺三人目なんだ…………」
「まあ、残りの二人も十年以上も前じゃから」
「で、その二人って」
「あ~時間もうやばいかもじゃ! じゃあの~!」
「あ、ちょっと!」
扉に入った二人のことに聞き出そうとしたところで、神様が強制的に彼を天国から追い出してしまう。
結局、彼が天国で得た情報は遥か昔に六人の英雄がいたことと、鬼塵の扉に入った人が他に二人いることだけだった。
「!!」
目が覚めるともちろんそこは自分の部屋で、驚いた表情のメロとリーナが彼の顔を覗き込んでいた。
「わぁ……! 本当に生き返るんだ……!」
「ね! 私の言った通りでしょ?」
「二人とも、何してるの?」
寝ぼけているチェリードは起き上がって二人に聞くと、珍しく興奮しているメロが彼の体をまじまじと眺めた。
「だ、だって……! 自殺した人って生き返らないって……! 思ってたのに……! チェリード君すごいよ……!」
「へえ~……え?」
「私もね、最初驚いたんだけど、自殺した人は『自ら生きる意志を失ったから』? って理由で生き返らないらしいんだよね!」
(てことは先生に自殺させられたあの時、本来生き返ることができなかったって…………ハッ! だから先生はあんな驚いてたのか!)
「ま、まじか……知らなかった」
まさか自殺がこの世界での禁忌的行為に近いものだということを知り、二人はひどく驚いていた。
「ところで、なんでリドは自殺したの? 結構前も自殺してたよね?」
「え、そうなの?」
「いや~それはだな……」
ここで本当のことを言えば事態がややこしくなるし、かと言って濁した答えを言えばかえって怪しまれる…………
都合の悪いこの質問に対して、彼が導き出した結論は……
「俺を捕まえたら教えてやる! とうっ!」
逃走。圧倒的この場からの逃走だった。
「え、嘘!?」
「はぁ!? なにそれ?! メロ、追いかけるよっ!」
「う、うんっ!」
窓から飛び降りた彼を追いかけるため、二人も飛び降り、遠くに見える彼に向かって走り出す。
「ん? おいお前たち! どこへ行くつもりだい!?」
途中師匠が三人が逃げ出したのを見つけて怒鳴るが、三人はそんなのお構い無しだ。
「師匠、俺が捕まえてきます!」
「俺も行く」
「……もうなんでもいいから捕まえてきてくれ」
「はいっ!」
更にデセリンとジェイルが加わり、なぜか逃げ一人鬼四人の鬼ごっこがいつの間にか始まっていた。
「おい! 四人は反則だろ!!」
「だって師匠が捕まえろって!」
「デセリンが勝手って言い出したんだ、気にするな」
「でも仲間が増えると心強いよねっ!」
「そ、そうだね……!」
「ちくしょう! どうしてこうなるんだ~~~!!」
その後、鬼ごっこは一時間にも渡り行われ、理由も忘れて五人は楽しそうに走り回ったのだった。




