第52話「再来、亜怪 Ⅱ 」
外に出たはいいものの、結局この後どうするかを考えていなかった二人は、孤毒を見つけるために右往左往していると、バッタのような見た目の没魑が奇妙な行動をしていることに気が付いた。
「おい見ろ! あそこ」
雪玉だ。雪玉を作っている。
「なにをしてるのかな……」
それはあまりに奇妙だった。ただ淡々と、まるで機械のように没魑の群れは一列に並んでとある場所へと向かっていく。
二人は気になって様子を見に行ったが、群れが二人に気づくことはなかった。
「あれ? さっきまで襲いかかってきたのに」
「んー……とりあえず、この子たちが向かってる場所に行ってみない?」
「うーん……まあ、よくわかんないけどそうするしかないか」
状況が一変したことによって更に混乱した二人は互いに顔を合わせてポカーンとしている。
何もわからないまま、二人は群れの向かう場所へただひたすらに歩く。無人の町を、バッタのような生き物と並んで一緒に歩くのはなんとも不思議な気分だった。
降り積もった雪は没魑の雪玉の一部となり大きさを増していく。雪玉が大きくなるにつれて、ゴールが近づいてくるような気持ちになった。
「――――そういえば……本にあった孤毒って、どんな見た目だったっけ」
「確か、黒くて人の形をしてたような……いや、でもなんかこう、体がくねくねしてた気がする」
「そう……なんだ……」
「……正直、そいつがどれくらい狂暴かわかんねえから、メロ。怪我しないように気を付けてな」
「う、うん……」
それからしばらく歩き続け、15分が経過した。
群れを追い続けた結果、二人は王国の北方にある大きい広場に来ていた。
「ね、ねえ! あれ!」
すると、メロが驚きながら遠くを指を差した。
その先には、雪玉を持った没魑が整列していた。
「こ、こんなにたくさん…………」
「前から思ってたけど、こうして見るとますます不気味だな……」
列を成した没魑は一向に動く気配がなく、ただ北向きに並んだまま静止している。
「とりあえず、気づかれないように前の方に行ってみよう」
チェリードの提案に従い、二人はなるべく没魑の視界に入らぬようしゃがみながら彼らが向いている視線の先を目指した。
そして、群れの最前列が見えたと同時に、二人は衝撃的な光景を目にした。
「「!?」」
恐らく、そこにいたのはあの本に載っていた孤毒だった。くねくねとうごめく、人の形をしている生物が確かに、間違いなくそこにいたのだ。
しかし、その様子は二人の予想を遥かに超えていた。
「ゆ、雪合戦……?」
目の前に広がるのは、無邪気にはしゃぎ回っている没魑と、楽しそうに雪を投げている孤毒。
「なにこれ……」
何よりもまず不気味さを感じるこの風景に、二人は茫然としている。二人はこれからどうすればいいかわからなくなっていた。
「どうするの? チェリード君……」
「おっさんは『倒してきて』って言ってたが……」
「でも、ほら……! すごい、楽しそうだよ?」
「………………」
メロが言う通り、孤毒たちは子供のように純粋な笑顔を見せている。無邪気に駆け回るのを見ながら、二人はあれを倒そうと心で思っていながら攻めあぐねていた。
(もしこのまま何もしなかったら、俺たちは二度と元の場所に帰れないかもしれない…………かと言ってこのまま行動しないわけにも行かない…………)
いくら倒すべき敵とはいえ……いくら相手が異形だからとはいえ、なんとも仲睦まじく遊んでいる彼らに手を出すのは、あまりに卑怯で残忍な気がしてならなかった。
(――――でも……やるしかない)
そしてしばらく考え込んだ後、チェリードは腹を括った。
「俺、行ってくるよ」
「え? き、気を付けてね……?」
「ああ」
そう言うと彼は突然、
「アハハハハ!」
幼い子供のように無邪気に笑いながら孤毒たちの元へ向かい始めた。
スキップをしながらどんどん近づいていき、到着すると彼らに混じって雪合戦をし始める。チェリードのその奇怪な行動にメロは「ついに頭が壊れてしまったのではないか」と危惧するが、本人は至って真剣に動いていた。
「アハハハ! アハハハハ!」
(探せ! どうすれば倒せるのか! どうすれば殺せるのかッ!)
「アハハハ! アハハハハ!」
(もし敵意を持たれたら終わりだッ! 怪我したら回復の見込みはない!)
「アハハハ! アハハハ!」
(弱点だ! 弱点はどこかにないか!? なんでもいい! 気が狂う前に、弱点をッ!)
常に笑うの止めず、雪玉を投げる手を止めず、それでいて血眼で弱点を探す彼は、まさに真剣そのものだった。
そして、好機がついに訪れる。
ビシャ。
(!! 今一瞬見えたぞ……!)
没魑が投げた玉が孤毒の頭部に当たった瞬間、当たった衝撃で後退する皮膚とは逆に、脳内の存在する緑色の水晶が前に浮き出た。
もしかしたら、あれが弱点なのかもしれない。
チェリードは、昂る感情を押さえながら、笑顔のまま孤毒に近づこうと前に進む。
「アハハハ! アハハハ!」
敵意をなるべく見せず、彼はスキップしながらどんどん距離を詰めていく。やがて手の届く距離まで近づいた時、彼は大きく踏ん張って飛び上がった。
(これで、終われる!)
寸前まで隠し持っていた敵意をさらけ出し、「反射壁」を思いっきり顔面にぶつけようとしたその瞬間、
ゴ~~~~~~ン……!
またあの音が聞こえる。
「っ!!」
孤毒から発せられたと思われる低く唸る鐘の音は、チェリードを怯ませ、更に待機していた没魑の敵対心を刺激した。
『『『!!!!!』』』
群れは一斉にチェリード目掛けて行進し始め、やがて彼を取り囲むように円形に整列する。その時の絶望感は、何物にも変えがたかった。
「チェリード君!」
窮地に立たされた彼を助けようとしたメロだったが、ただ名前を呼ぶだけで体を動かそうとはしない。
いや、動かすことができないのだ。
(い、いや……! 動いて……私の体!)
「チェリード君!」
頭では必死に動こうとしていても、恐怖はそれを押さえつけ、体を硬直させる。
「メロ……! 早く逃げろ!!」
そして、
『『『ギギギギギギギギギギギ!!!!』』』
彼が次に目覚めるのは四日後であった。
◆◇◇◆
「おや……? チェリード? メロ? どこに行ったんだい?」
「リド~? メロちゃ~ん?」
一方その頃、二人が消えたのを目視していたリーナと師匠は、特に焦る様子もなく探していた。
どうやらあの鐘の音は聞こえていないらしい。
「おかしいねぇ……かれこれ一時間は探したけど、本当にどこにもいないなんて」
とここで、五十分程前にとある花を集めるために森に出掛けていたデセリンが帰ってきた。
「ん? どうしたんですか?」
「ああデセリン、お帰り。チェリードとメロを見なかったかい?」
「いえ……まだ見つかってないんですか?」
「ああ」
「急に目の前から消えちゃったから、特に手がかりもなくて……」
「うーん……」
結局、その日は「まあメロがいるから大丈夫だろう」という意見でまとまり、二人を探すことは諦めた。
…………彼以外は。
「すみません。最近ここら辺で『消えた人』を知りませんか?」
翌日、事情を聞いたジェイルが消えた二人の手がかりを掴むため調査に乗り出す。
「そういえば、最近友達見てないな……」
「実はこの子のお母さんがある日突然いなくなっちゃって……」
「あ~そういや影の薄いあいつ、最近見ねえよな……」
行き当たりばったりの調査だったが、どうやら二人以外にも消えた人がいるらしいことが判明した。
(やはりか……あの二人だけじゃないのか、消えたのは)
合計六名の男女が消えたことがわかったのはいいものの、特にそれらしい共通点を見出だせずにジェイルの頭にはハテナが浮かぶばかり。
「なに、先生もいないのか?」
更に学校では、担任であるライナーズ先生も昨日から姿を消していることがわかった。
「なんかね、放課後先生と遊んでたんだけど、急に『頭痛い』って言って座り込んじゃって、その後すぐに消えちゃったの!」
先生も加わったことで更に意味がわからなくなってきたジェイルは、もうこのことについて調べるのは止めようかとさえ考えている。
「そうか……付き合わせてもらってすまない」
(これじゃあダメだ……チッ、こんなことに時間をかけてる場合じゃない)
礼を伝え、ジェイルは足早に立ち去ろうとしたが、その時、
「あ、待って!」
質問に答えてくれた生徒が待ったをかけた。
「どうした」
「思い出した……先生あの時、鐘の音が聞こえるって……ほら、聞こえるでしょ?」
「鐘の音……? いや、そんなもの聞こえ――――」
「いや……聞こえるって絶対! ……ああ、どんどん大きくなってほらもっと大きくなってああうるさいうるさいうるさい!!」
「おい、どうした?」
「あああうるさいうるさいうるさいなんでなんでなんでなんでな」
ゴ~~~~~~~ン……!
二人が消えた次の日の正午、ジェイルの目の前で一人の生徒が消失した。




