第51話「再来、亜怪 Ⅰ 」
「おっさん! 消えたはずじゃ」
なんとそこに現れたのは、頭を狂わせながら消滅していった、あのよくわからない男だった。
以前とは打って変わり別人のように落ち着いている。
「いや~あの時は悪かったな! まさかあんな風になるとは」
「あの、ここは?」
性格の変わり様に戸惑いながらチェリードが質問すると、男は怪訝そうな顔をして
「それがわからなくてこっちも困っているんだ。周りには誰もいないし」
と首を傾げた。
「とりあえず外に出てみたんだが、何やら気味の悪いモノがそこら中歩き回っててな。ちょっと窓から覗いてみな」
男に言われた通りに二人は部屋の窓から外の景色を覗き込んだ。
辺り一面見渡して、ようやくここが王国の中にある町だということがわかった。
しかし、男が言っているように外には誰もいないので、ここは彼らが住んでいるところとは違うようだが…………
「お、来た来た」
「「!?」」
そして二人が目にしたのは、黒光りしたバッタの姿をした謎の生き物だった。
「あいつらが邪魔してまともに外も出歩けねえ。おかげでこっちは打つ手無しだ」
謎の生物はピョンピョンと、それこそバッタのように跳ねながら移動している。地面にまで垂れ下がった触角を器用に動かすことで敵を探知しているらしい。
「だから、二人に頼みがある」
「頼み?」
「ああ。調べた限りじゃ、こいつらには自身を束ねる存在、いわばボスみたいなやつがこの町のどこかにいるらしいんだ。そいつを倒してきてほしい」
「えっと、お、おじさんは……?」
「生憎ここでお休みだ」
それから、男は苦笑しながら右足のズボンの裾を上まで上げた。そこにはあの生き物にやられたと思われる深い傷があった。
「あいつらの攻撃には気を付けろ。詳しくはわからんが、どうやら回復不可能らしい」
「! まじかよ……」
「そんな…………」
男の不意な言葉に二人は動揺する。自分たちもああなってしまうと考えると途端に恐怖が体を硬直させた。
死んでなお復活することができるこの異世界、傷が回復できないことほど恐ろしいものはなかった。
しかし、この状況下で行かざるを得ない二人は、
「……わかりました、任せてください!」
「わ、私もやります!」
と決心し男に告げた。
「おう、頑張れよ!」
そう言って送り出してくれたその一言が、少しだけ彼らを元気づけてくれるような気がした。
玄関を出て直ぐ様チェリードはあることに気づいた。
「あ、雪積もってる」
きっちりと敷かれた石畳の上には雪が数センチほど積もっていた。
「わあ……でも、そんな積もるほど降ってなかったような…………」
そんなことを話していると、
『ギギッ!』
早速あのバッタに気づかれた。
「うわっもうバレた! とりあえず逃げるぞ!」
「は、はい!」
どし、どし、どし、と地ならしを起こしながら追跡するバッタから逃げ切るため、二人は無人の町を縦横無尽に駆けていく。
徐々にバッタとの差が生まれ始め、もう少しで撒くことができるというところで、更なるバッタが別方向から追いかけてきた。
「ちくしょう! 囲まれる!」
「チェリード君! あ、あそこ!」
「お、良いところにあるじゃん!」
しかし偶然、メロが路地裏を発見したことで間一髪のところで難を逃れることができた。
「助かった~……!」
「はあ……はあ……」
「大丈夫か? メロ」
「う、うん……」
メロはやけに疲れている様子だった。全力で走ったとはいえ、そこまで長い距離を走ったわけではない。それに汗もびっしょりかいている。
「なんか疲れすぎじゃない? 俺より体力あるのに……ホントに大丈夫?」
心配するチェリードだったが、メロは
「うん……! 気にしないで」
と微笑んで、歩き始めた。
しばらくあのバッタと会わなかったチェリードとメロは宛もなく歩き続けていると、見覚えのある道に辿り着いた。
「あ、ここって」
「折角だし寄ってみない? 何かヒントがあるかもしれないし」
「は、はい」
そしてまたしばらく歩き続けると、
「よかった、あの化け物がいなくて」
いつも通っている学校に着いた。
校舎は言わずもがながらんどうで、ただ奇妙なもの静けさだけが校舎中を取り巻いていた。
チェリードは早速とある場所に向かう。学校を見た時、彼の中では既にやりたいことが一つ決まっていた。
「ねえ……どこに向かってるの?」
「図書室だ」
「な、なんで?」
「ちょっと調べたいことがあってな」
「調べたいこと……?」
そうして二人は図書室に到着し、チェリードは真っ先に奥の本棚に向かった。
この不可解な現象に、彼は心当たりがあった。何の前触れもなく起こる現象、自身に降りかかる奇妙な災難、そして黒光りする体を持つあの生き物に似た何か…………
「ええと確か……二百……九十……」
「怪々奇典」、二九三頁。あの時剥がしたはずのページがくっついている。それを特に気にする様子もなく、チェリードはゆっくりそれを剥がしメロと一緒に開いた。
出てきたのは、恐々しい五体の亜怪。
「これって……」
「ああ、前にも俺、この本読んでただろ? …………あ、いた!」
そして見つけたのは、「孤毒」という名の亜怪だった。
『常に孤独の悲しき化け物。その寂しさを埋めるため、独りの人を自分の作り出した世界へ誘う』
孤毒は、くねくねと体を捻らせたような歪な人形をしており、頭には縦長の目が一つ、胸には深青の宝玉が埋め込まれている。
それから、彼は孤毒が描かれている横に何かが小さく描かれていることに気づいた。
その姿はまごうことなきついさっきまで追いかけられていたあのバッタだった。
「こいつか! えっと名前は……『没魑。独りになるのを嫌い群れる傾向がある』」
「なんか……一人とか孤独とか、そういう単語ばっかだね」
「もしかして意外と寂しがりなのか?」
「もしかしたらそうかも、ンフフ」
そんな冗談を言いつつも、二人は怪々奇典を読み終えた後、これからどうするかを話し合うことに。
「で、あのおっさんの言ってたボスっていうのは本に書いてあった『孤毒』で良いんだよな?」
「うん……多分」
「でもどこにいるかわからないしなー」
「うん……」
「とりあえず外出るか」
「うん…………」
それにしても、さっきからメロの様子がおかしい。ずっと暗い顔で「うん……」としか言っていない。
「おいメロ、大丈夫か? 何かあったのか?」
チェリードが心配そうに声をかけると、メロは俯いたまま語り始めた。
「私ね、小さい頃……お父さんとお母さんが家に帰ってくるのが遅くってお姉ちゃんとよく遊んでたの…………
それでね、いつも行ってた公園とかで、お姉ちゃんのおともだちと鬼ごっことかして、毎日楽しく…………
で、でもね、ある日、夢を見たの。怖い魔物が、大勢、暗闇の中で私を追いかける夢。
私、怖くって……それがトラウマになっちゃって、それ以来追いかけられるのが怖くて、おねえちゃんたちと遊ぶこともできなくなっちゃって…………」
ゆっくり、時々言葉を詰まらせながらメロは話した。時々泣きそうになりながら、彼女は打ち明けてくれた。
「そうか、だからあの時……」
チェリードはなんだか、申し訳ない気持ちになっている。そんな事情も知らずに連れていったことを少し後悔した。
「ごめん」
「いや……私も初めて他の人に打ち明けたし……」
「そっか」
そして、二人は黙りこくったまま、音の無い図書室の中時間だけが過ぎていった。
ぷに
「ヒャッ!」
メロは、突然頬をつつかれ小さく悲鳴をあげる。
頬をつついたのは、ニヤニヤと笑ったチェリードだ。
「え、急に何するの……?」
「ハハ、やっぱ笑った方が可愛いよ」
「え?」
チェリードの突然すぎる行動に、メロは混乱している。
そんな彼女を見てまた彼は笑って、こう言った。
「いや、急にごめん。でも、悲しい顔するより笑顔の方がいいじゃん?」
「笑顔……?」
「そう、笑顔。メロ、たまーに暗い顔してるからさ」
「! 気づかなかった……」
彼女は時々、ふとした時に一瞬悲しい顔を見せる時があった。溜め息をついたり、俯いたり、それは何かを思い出しているかのように見えた。
「だからさ、(いや、あんな話聞いた後で言うのもあれなんだけど)もっと笑おう! それで、トラウマもぶっ壊そうぜ!」
途中、自分の言っていることがおかしいなと思いつつも、彼はいきおいに任せて彼女を激励する。
すると、今度はメロがチェリードに頬をつねった。
「イダダダ!!」
「フフ……ありがとう……」
「え、何! 痛い痛い!!」
「あ、ごめん!」
しばらくつねり続けた彼女は慌てて手を離す。どうやら彼が励ましてくれたことへのお返しのつもりらしい。
「でも、本当にありがとう…………ちょっと元気出たかも……」
「んまあ、それなら良いけど……」
まさか仕返しされるとは思わなかったチェリードは不服そうだが、
「行こう、チェリード君」
彼女に腕を引っ張られ、有無も言わさずメロはチェリードと共に校舎を後にした。




