第50話「奇妙な鐘の音」
100話の半分、50話まで来ました。
これからも頑張ろうと思います。
――――この地でも、どうやら雪は降るらしい。
年の末が近づいてくると、このアミュゼに住む人々はとある儀式の準備を始める。
儀式といっても、それはお祭りのようならものしく、今では本来の儀式の意味も忘れ去られてしまうほどだった。
「買い出し?」
そして今、チェリードたちはその儀式に必要な物品を買い出しに行こうとしていた。
「うん! 一緒に行かない?」
「俺はいいけど……他の三人は?」
「聞いてみたんだけど、メロしか来れないって」
「そっか……よし! じゃあ早速行くか!」
「わかった!」
それから、チェリードとリーナ、メロの三人で国の商店街に行くことになった。どうやらデセリンとジェイルの二人は手が離せないらしい。
思えば、チェリードとリーナが商店街に来たのは、かつて師匠と初めて会った時以来だった。
「懐かしいな、ここに来るのは」
「ね!」
肌寒くなってきた午後の昼下がり、三人で商店街に行くとそこはいつも以上に賑わっていた。やはり考えることは皆同じのようだ。
「そ、そういえば私たちあんまりこっちの方来ないもんね…………学校と反対方向にあるし」
「確かにな」
「あ、ごめん! 買い忘れ!」
「あぁちょっと!?」
紆余曲折ありながらも必要なものを全て買い揃えた三人。粉雪に目を輝かせながら商店街をぶらぶら歩き回っていると、
「あ! みんなと会ったのは確かこの辺だったよね!」
ふと気がつけば、二人と師弟が出会ったあの噴水の前まで来ていた。
「もう半年以上も前になるのか」
「あの時は助けてくれてありがとね! メロちゃん!」
「い、いえ……! そんな……!」
「森林実習といい、あの時といい、俺はメロに助けられっぱなしだよな」
「いいの……私、回復ぐらいしか取り柄ないから……」
「いやいやそんなこと――――」
「おいおいおいおいいい!!」
三人で楽しく談笑していたというのに、一人の男と怒号によって途切れてしまう。チェリードが咄嗟に睨み付けると、その男は大柄で斧を構えていた。
「お前なんだその髪は~~!?」
「は!? か、髪?」
「なんでそんな気持ち悪い色の髪色なんだ!」
確かにこの髪の色はこの異世界では珍しいが……
「い、いや急に何を言って――――」
「ピンクは嫌なんだ俺は~~!!」
発狂しているのを見るに、何やら事情があるようだ。
話を聞いてみると、どうやら、
「数ヵ月前、女房に逃げられたんだ……子供と一緒にな。ついでに家具やら食料やら、さらには金まで持っていかれちまった…………俺はあの! ピンク色の髪の毛の美しいあの女が好きだったというのに! なぜだ!?」
ということらしい。
「だからって八つ当たりすることないだろ」
「うるせえ! とにかく俺の目の前から消えろ!!」
皮膚を掻きむしりながら叫んでいるところを見ると、家族に逃げられたのがよっぽどショックだったように見える。
そうこうしているうちに、男はとうとう自棄になって巨大な斧を振り回し始めた。
「うわ危なっ!!」
「ちくしょう! 早く俺の前から消えろ~~!!」
「おっさん! 危ねえじゃねえか!」
「うわああああああ!!!」
狂乱舞する男はまるで何かに取り憑かれたようで、目の焦点が定まっていないまま腕をぐるぐると回す。
ここまでくると、ただ髪の色に文句をつける男では済まなくなった。
「ねえ……なんかこの人おかしいよ!」
「ヒッ! 来ないでぇぇ……」
「危ない! 『防御壁』!」
「うああぁあぁああぁぁ!!」
メロに振りかかる攻撃を防ぎながら、チェリードはリーナに助けを呼ぶよう伝えた。
「チェリード君! だ、大丈夫……?」
「俺は大丈夫! というか、こいつの方がやばいかもな」
「うわああああやめろおおおおお!!」
そして次の瞬間、
ゴ~~~~~~ン……!
奇妙な鐘の音が鼓膜を破る勢いで鳴り響く。
同時に、先程まで目の前にいた男は消えた。
「…………は?」
たった今何が起こったのか、チェリードはそれを理解をすることができない。
「…………え?」
どこから聞こえたかもわからない、悲鳴のような鐘の音は未だ頭の中で鳴り響いているように感じる。
「――――なあ、メロ。さっきのおっさん、どこ行ったか知ってるか?」
「し、知らない」
二人とも突然の出来事に動揺を隠すことができない。そんな中、助けを呼びに行っていたリーナが通りすがりの男性を連れて戻ってきた。
「あれ? さっきのおじさんは?」
「消えた」
「消えた? どっか行ったってこと?」
「………………」
「あ、えーと……もしかして僕必要ない感じ?」
「あ、すみません!」
折角駆け付けてくれた男性に申し訳ないと思いながら別れを告げた後、かの男の行方を知らないリーナは、
「ねえ、なんでさっきから二人とも黙ってるの?」
と至って純粋な疑問を聞いた。
「「………………」」
しかし、混乱したままの二人はただ黙っていることしかできない。
「ねえ? 聞いてる?」
商店街を出て家に向かう道中、「彼女になんと言ったら納得してくれるか」ということだけをチェリードはただひたすらに考えていた。
しかし、さっきから何かと頭からあの鐘の音が離れられず、考えることに集中できない。そんなことを考えているうちに、
「あ、着いた」
いつの間にかそこはもう家の前だった。
「お帰り、お前たち」
「ただいま! 師匠!」
玄関を開けて早々、リーナが元気そうに言った。
彼女は買い物袋を机に置いたあと部屋に戻ろうとしていたが、様子がおかしい二人を放ってはおけなかった。
「「……………」」
「おいリーナ、二人ともどうしたんだい?」
「いや、それが私にもわからなくて…………あ、でも『目の前で人が消えた』みたいなことを言ってたような?」
「『人が消えた』? それはどういう……」
そうして二人がこそこそと話していたその瞬間、
「「っ!!」」
今度は二人は頭を抱えながらその場に倒れ込んでしまう。
「!?」
「大丈夫か!」
この時に至るまで、二人は男が消えた瞬間に聞いた鐘の音に苛まれていた。頭の中で残留するその音は徐々に存在感を高め、
「ぐああああ!!」
「んっ……………!!」
まともに立てなくさせるほどに二人を苦しめた。
頭がかち割れそうだった。脳が小刻みに震えような感覚に襲われながら、チェリードとメロはお互いに目を合わせた。
「メロッ……! 大丈夫か……っ!」
「チェリード……君っ……!!」
「え? え? どうしよう……!」
リーナは不安そうな顔で師匠を見つめている。今にも泣きそうだ。
「師匠どうしよう! このままじゃ!」
「落ち着きな! 落ち着いてまずは回復魔法を!」
「はい!」
なんとか二人を救いだそうと奮闘するも、その時が来てしまった?
ゴ~~~~~~~ン……!!
また、鳴ってしまった。
「「!!」」
あまりの気持ちの悪さに耳を塞ぐ師匠とリーナ。
「怖い! なにこの音!?」
「くっ……! こんな気味の悪い音を聞いたのは初めてだよ」
二回目は、初めて鳴った時よりも長かった。恐らく二人いたからだろうか。
音が鳴り止んだあと、二人が目を開けると、もうそこにチェリードとメロの姿はなかった。
残ったのは、いつもメロがかけていたモノクルだけ。
◇◆◆◇
「……きて、起きて! チェリード君……!」
「!」
メロに起こされやっと目を覚ましたチェリードは、その異常な空気感に肺が詰まりそうになる?
「こ、ここは一体」
辺りを見回してみるも、そこは師匠の家ではなかった。見慣れない家具の数々、新居同然の綺麗な床、そして外に見えるのは、舗装された道に積もる雪。
(ここは街の中にある建物か……?)
あまり状況を掴めずにどうすることもできずにいると、少し遠くにある階段から物音がした。
咄嗟に彼は身構えたが、降りてきたのは意外な人物だった。
「お、起きたな」
「あ! さっきのおじさん!」




