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呪血〈呪われた転生者の血塗られた学校生活〉  作者: 上部 留津
第1章 転生、そして始まり
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第49話「燃え盛る体育祭 Ⅳ 」


「チェリー……ド……?」


 どす黒い竜巻が晴れた時にはもう、そこにいるのは彼ではなかった。


「………………」


「いや…………チェリードじゃない! 君は――――」


『ヴウゥゥ……!』


 現れたその瞬間、フェンリルフが一瞬体を縮み込ませたのを■■は見逃さなかった。


「フン」


『ヴォォッ!?』


 目にも止まらぬ速さで近づき、強靭な一撃をフェンリルフに食らわせる。


 フェンリルフは大きく吹っ飛ばされ、それは炎の円から優に超えるほどだった。


「な、なんてパワーだ……」


(素早さと攻撃力を両立した無駄の無い動き、そして何より黒く染まった全身……この男はチェリードの体で一体何を…………)


「おい、ソコのお前」


「チ、チェリードか!?」


「違う。ソイツは今、オレの中にいる。」


「え? 中?」


(どういうことだ? 『中にいる』? 中ってことは体内……もしかしてこいつ、チェリードの体を奪い取ったのか……!?)


「あとな、いいか? オレの名前は――――」


『ヴォオオオウフ!』


 再び円の中に飛び込んだフェンリルフは激昂しながら彼に向かって突進してきた。しかし、


「甘い」


 元から彼の足元に存在する暗黒の影に身を潜め攻撃を回避、背後に回り込み、フェンリルフの体を打ち上げた。


「『竜血爪(ドラゴンクロー)』」


「!?」


 そして彼は上空で無防備になったフェンリルフの(はらわた)を、自身から垂れ続ける流血を変形させた竜の爪で引きずり出した。


 炎の怪狼に相応しい鮮血が辺りに舞い散る。同時に、フェンリルフの身体が鉛のように重たい音を立てながら落ちてきた。


「………………」


 あまりに桁外れな戦闘力に、デセリンはただ唖然とする他なかった。


(僕たちが一度もダメージを与えられなかったフェンリルフを倒してしまった……)


「…………何者なんだ、あの男は」


「オイ。そこを動くな、怪我人」


 他の人の手当てをすふためにデセリンが動こうとした時、■■は彼の行く先を手で塞いだ。


「はぁ? 良いじゃないか、別に。第一フェンリルフは倒したわけじゃ」


「よく見ろ、アイツを」


「!!」


「恐らく、お前も知っているはずだ。アイツの()()()を」


 そして二人が同時に魔獣に目を向けた瞬間、辺りの炎がだんだん瞳のような(あお)色に変化していった。


 まもなくして倒されたはずのフェンリルフはおもむろに立ち上がり、パチパチと音を立てながらその体毛を移り変わる炎と共に染めていく。



 ――――フェンリルフを神聖視するとある地域の民は、その稀有な姿や高貴さに敬意を払い、その魔獣をこう呼んでいる。


『ヴァアオオオオン!!』


 鬼火のような蒼い(ほむら)で亡骸さえも焼き尽くす、「蒼炎怪狼(アズ・フェンリルフ)」と。



「さあ、来い。真に強いのはどちらか教えてやる」


 かくして、覚醒したフェンリルフとの戦いの幕が上がった。


『ヴァアオオンッ!』


 アズ・フェンリルフは青く燃える炎の弾丸を連続で扇状に打ち放つ。


 対して■■はそれを当たり前のように避け、先程と同じような一撃を食らわせる。


「チッ、やはり効かないのか」


 しかし、動じない。覚醒したことによって得た硬化した皮膚は、彼の攻撃を完全に吸収していた。


 完全な隙を見せた彼は、自身を自らの炎で燃やすアズ・フェンリルフの攻撃によって、紫色の炎よりも数倍も威力が上がった青い炎を浴びかける。


 寸前のところ、後退した■■は、打撃が通じないことを察知し、すぐさま両手を「竜血爪」に変形させた。


『ヴァァアオオオオン!』


「ハァッ!」


 両者の爪と牙がぶつかり合う。互いに接触する度に甲高い衝撃音が校庭に鳴り響く。


 勝負は互角だった。大して巨大でない爪と牙を、アズ・フェンリルフは炎で包み込み、更にそれを機敏な動きで相手を惑わすことで彼と互角に渡り合えたのだ。


『ヴアォォオン!』


「!!」


 拮抗状態が続くなか、ついに魔獣は彼の体に触れることができる。


「クッ……」


 顔面を引き裂かれた■■は、身軽な動作で後ろに引き下がり、顔を抑えながら膝をつく。


 それを見たデセリンの体は勝手に彼に寄り付いていた。


「おい! 大丈夫か!?」


「クッ…………」


「安心してくれ、僕が回復して――――!」


 その時、デセリンは気づいてしまった。


「クックック…………」


「…………!」


「アーッハッハッハ!!」


 全くもって痛がってなどいなかったのだ、彼は。


 裂かれたはずの顔は初めから傷の一つもついていなかった。


「この程度でキズをつけたつもりかぁ……? お前はァ!」


 ニタニタと微笑みながら叫ぶ彼からは、僅かながら狂気を感じる。


『ヴァオッ!』


 荒れ狂う魔獣が闇雲に突っ込んできたその時、■■はついに自身の手札を一つ見せた。


「『剣血(ブレイドブラッド):八つ裂き』」


 撒き散らされた生徒の血だまりが彼の両腕に集束する。


 血はやがて(つるぎ)へ形を変えていき、漆黒の輝きを放った。


「これで終わりだ」


 そして、足に力を溜め込み始めた■■がそう呟いた瞬間、


 キイィィィィン…………!


 その刹那、視界に捉えられないほど恐ろしく早い刃と共に重複する斬撃音が響き渡り、決着がついた。


『ヴォオオオアア!!!』


 断末魔とともに体が崩れ落ちていく魔獣の姿が目から焼き付いて離れなかった。


「………………」


 デセリンは結局、ここに来たのにもかかわらず何も成すことができなかった。それを実感しながらも、彼は、■■の戦士としての戦いが脳裏に刻み込んだ。


 ただ、努力だとか才能だとかでは追い付けないほどの、実力の差を感じざるを得なかった。



 こうして、バラバラになったアズ・フェンリルフの最期は呆気なく終わりを告げた。最も、この魔獣は召喚された魔獣なのでまた復活するのだが。


 彼らを囲んでいた炎の円もやがて時間を経るごとに消滅していき、死傷者を助け出すことを可能になった。


 疲労困憊、瀕死になりながらも魔獣と対峙した生徒は掠れた声で喜びを表現している。そして担架で運ばれる最中、彼らは口々にあの存在について話していた。


「見たか……? あの真っ黒な人。チョーすげえんだぜ?」


「おらたちが手も足も出なかったのに、あいつが倒しちまったんだ、あの魔獣を」


「しかも、なんか特殊な力も持ってたんだ。血を操る能力? それで腕を竜の爪とか剣に変化させたんだ」


 生徒の話を聞いた人たちはその姿を人目見ようと校庭中を探すが、そのような人はどこにも見当たらない。


 校庭の中心に立っているのは、まごうことなきチェリードだ。


「チェリード!」


「お、おう……デセリン。大丈夫か……?」


 ふとした瞬間に彼が帰っていたので、デセリンは急いで彼の近くに駆け寄り、先程までの姿について問いただした。


「さっきの姿はなんなんだ!? 突然竜巻が現れたと思ったら、あの姿になって……!」


「あー、俺もよくわかってない」


「なんだって!?」


「俺だってわかんねえんだよ。第一、何者なのかもわからないし。突然現れて体を乗っ取るし」


「わからないのに野放しにしていいのか? その……そいつのことをさ」


「それもわかんねえ。一応こっちから行動起こせば体はこうやって返してくれる。ただ……」


「ただ……?」


 胸に握り拳を当てながら、チェリードは神妙な顔で空を見上げた。


「これは多分、俺にかかった『呪い』なんだと思う」



 魔獣が去ってからしばらく経つと、焼け跡の残る校庭は解放感で満ち溢れていた。


 広がった炎がテントや机を焼き払ってしまい、残ったのは広範囲に生成された〈魔法防御壁(マジプロテクター)〉で守られていた、生徒用の椅子のみである。


 それを見かねた保護者と教師は共に協力し合い、荒れに荒れた校庭の復興に取りかかった。


 大勢の人が協力したことで、校庭は魔獣召喚前とほぼ変わらないほどまで戻った。


 というわけで、いざ体育祭を再開しようという話になったが……このような状況で到底始められるわけがない。


 すると校長が、


「では、普通に騎馬戦やるのはどうでしょうか。魔法も武器も使わない、至って普通な騎馬戦を」


 と言ったことで他の人もそれに賛同し、「魔騎馬王」の代わりに「ただの騎馬戦」を行うこととなった。


 それから、生徒達はあまりに味気ない、普通な騎馬戦をやった。なぜか追加ルールで全クラス一斉に行うとのことらしく、そこにはしれっとネッシーラも参加していた。


 でも、なぜだろうか。


 その騎馬戦が、今日行った種目の中で一番楽しく感じた。


 がむしゃらに敵に突き進んで、乱暴に手を振りかざしながら、闇雲に手を伸ばし、そして相手の帽子を奪い取る。


 そこには勿論、魔法のような華やかさもなく、武器を使うことで起こる熾烈さもない。生徒からしたら面白味も何もなかっただろう。


 しかし、いや、むしろそんな状態だからこそ、騎馬戦本来の面白さが味わえたのかもしれない。


 こうしてただ単純に、楽しく競技を行うことがどれだけ素晴らしいか、そこにいた人々はそれを痛感したのだった。



 そして全ての種目が終わり、いよいよ閉会式が始まった。


 すぐに行われた結果発表。結果は、()組の勝利だった。


「やったぜ!」


「わーい!!」


「やったね、みんな」


「…………当然だな」


 そして、ネッシーラの所属する(いち)組は惜しくも届かなかった。


「クッソオオオ! 負けたぁぁぁ…………!」


「ネッシーラ…………」


 一生懸命頑張っていたネッシーラは、人一倍悲しんでいた。


「――――でも」


 しかし、それと同時に清々しい顔をしていた。


「楽しかった! 体育祭! 今年は負けたけど、僕は諦めずに頑張るぞ! Ⅰ組、これからもよろしく!」


 やけに爽やかな笑顔を見せる彼だったが、


「………………いや、お前のせいで負けたんだけど」


 Ⅰ組の生徒がそれを許すはずがないだろう。


「は?」


「お前の魔獣が暴れたせいで負けたんじゃん、責任とってよ」


「そうよ! そのせいで私たち迷惑かかったんだから!!」


「いや、あれはその……」


「ネッシーラ」


「あ、先生! 僕、その、魔獣のせいで迷惑かけたの悪かったけど! 来年から頑張るから! だからそんな怖い顔しないで」


「逃げられると思うなよ……?」


「ギャアアアアアア!!」



 ――――彼がその後クラスメートに完膚なきまでボコボコにされ、ありとあらゆる先生に説教され、面影もないほど丸くなるのは、まだ先のお話…………

蒼炎怪狼(アズ・フェンリルフ)について


 魔獣、フェンリルフは通常体毛が赤く瞳が青いのだが、まれにその姿から進化を遂げて色が反転するフェンリルフが存在する。それがアズ・フェンリルフである。


 アズ・フェンリルフはフェンリルフの時より皮膚が硬く分厚くなっており、打撃や魔法に対する耐性が高くなり、更に放出する炎も青色に変色する。


その青色の炎が空の色のように澄んだ水色に見えることから「蒼天の怪狼」と呼ばれることも。

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