第47話「燃え盛る体育祭 Ⅱ 」
この体育祭には勝敗が存在する。
基本、種目は各クラス毎に勝負し、最も順位の高かったクラスは多く得点が貰え、最も低いものは一番得点が少ない。
言わばこの体育祭とは、体育祭とは名ばかりのクラスの結束力を試す真剣勝負なのだ。
そんな彼にとって、初めての体育祭は「走る」ことから始まった。
オルタール王国立学童教育校体育祭、最初の種目は、一般部門の「残命競争」である。
「残命競争」のルールはただ一つ、最後まで走りきることだ。ただし、ゴールまでの道のりはとても険しいものとなっている。
参加者はクラス毎に四人ずつ、コの字に形成されたコースを、その道中に降りかかる数々のトラップを避けながらゴールしなければならない。
「では、『残命競争』、スタートです!」
制限時間はおおよそ三分。ゴールに設置された砂時計の砂が完全に落ちるまでの時間だ。それまでにゴールまで辿り着かなければ、参加者は失格となる。
そして、何よりこの種目の特徴は…………
「おっとここでⅢ組の選手が罠に引っ掛かり死亡! これにて脱落となります!」
そもそも最後まで走りきれないことの方が多いことである。
「ああ! 最後の最後でⅣ組の選手が落下死しました!」
魔法によって設置された巧妙な罠が、参加者の命を一瞬にして刈り取っていく。
「まじかよ……これをクリアしなきゃなんないのか」
これが、命の灯火を最後まで残して走りきる、「残命競争」である。
(最初からこれって、いきなりギア上げすぎだろ!)
そうしてチェリードがあまりの難易度の高さに愕然としているうちに、ついに順番が回ってきてしまった。
「でも……こうなったらやるしかねえか……!」
震える足を抑え、スタートの合図とともにチェリードは走り出した。
(――――あれ? 意外と楽だな?)
彼が半分折り返したところで気づいたのは、普段行っている師匠の特訓よりも辛くないということだ。
強風と共に大きな鉄球が流れてくる道や、上から炎が降りかかる崖、毒の矢が行き交う小さな森など、一見すればおぞましい罠に見えるかもしれない。
が、それらは全て、夏に行った地獄の特訓を経験した彼にとっては簡単過ぎるのだ。
「おっとⅡ組の選手速い! 速いぞ! 軽々と罠を避けていく!」
一つ、また一つ罠をクリアしていくその様は忍者のよう。特訓の成果が思わぬところで発揮されたことに喜びを感じながら、チェリードは順調に最後まで走りきることができた。
「よっしゃあ!」
結果は一位。それも、二位との圧倒的な差を付けた圧勝だった。
彼が圧倒的一位を取ったことで、クラスメートが彼の周りにぞろぞろと集まってきた。
「すげえええ!」
「お前なかなかやるじゃん」
「チェリード君ってすごいのね!」
「みんなありがとよ!」
そしてリーナも、まるで自分のようにぴょんぴょん跳ねながら喜んでいる。
「すごーい! おめでと!」
「ありがとう、リーナ! リーナも頑張れよ!」
「うん!」
そう言ってチェリードはリーナに微笑んだ。
その後、チェリードの圧勝をきっかけに、Ⅱ組の快進撃が始まった。
ジェイルが出場した「爆走リレー」では、Ⅰ組との接戦の末なんとか一位に躍り出ることができ、魔法の箒に乗って決められたコースを走る「魔法部門」の「箒レース」では、
「〈速度上昇〉! 〈軽量化〉! 爆魔進!」
全ての魔法が使えるデセリンが魔法力の差を見せつけ、他を寄せ付けずに堂々の一位を勝ち取る。
さらに、リーナが出場する「魔徒競走」では、
「ふん! アタクシが先ですの!」
「あぁ!」
(まずい! このままじゃ……!)
中盤、Ⅲ組の赤毛の女子に大差をつけられそうになるが、
(でも、秘策を考えてきたんだから!)
「〈中級風魔法〉! そして、地面に〈中級氷魔法〉!」
「えぇ~!? そんなのずるいですわよ!!」
〈中級風魔法〉を自らの背中に当てることで加速し、加えて自分の走るレーンを氷張りにすることで、スキーのように滑走するリーナはあっという間に一位に返り咲き、そのままゴールイン。
「やった~! 勝った勝った~!」
「よっしゃあ!」
そんな彼女の逆転ぶりに、チェリードも自分のように喜んでいた。
こうして、Ⅱ組は他クラスと圧倒的な差をつけて午前の部は終了した。
そして、正午に差し掛かった頃。
「お前たち、午後も気張って行きな! さあ、どんどん食え!!」
「「「はーい!」」」
午前の部が終わった弟子五人は、朝早いうちから作っていた師匠特製パワフル弁当を、チェリードの両親も誘って皆で食べることに。
「うま~~~~!!」
「ん~! おいしい~!」
「さすが師匠! とても美味しいです!」
「あ……このサンドイッチ美味しい……」
「アッハッハ! どんどん食べて午後も頑張りな!」
弁当の中身はサンドイッチとサラダと揚げ物をぎっしり詰めたもので、食べきってしまったら動けなくなりそうな程入っている。
「キーラさん……私たちも、ご一緒してよかったのですか?」
「な~に、人数が多けりゃ多いほど楽しくなるだろう?」
「ですが……」
「いいからいいから! ほら、ケネルさんもどんどん食べて」
「はあ」
チェリードの両親は自分達が子供達にとって邪魔なんじゃないかと臆病になっている。が、師匠はそんなのお構い無しな様子だ。
「ねえ、父さんと母さんは師匠と知り合いなんだっけ?」
三人の関係が気になったチェリードは両親に聞いてみると、
「あぁ……もう何年も前から知り合いの関係だ」
「初めて会ったのは確か……十年前だったかしら?」
どうやら両親と師匠はかなり付き合いが長いらしい。
「へえ~」
「まだ若い頃……よく私たちを助けてくれたのがキーラさんなんだ。あの時は、本当にお世話になりました」
「なんだいなんだい! そんな今さら! てかそんなことはいいから早く食べな!」
若い時の両親の様子が気になりながら、彼はその後、他の弟子と共にただただ楽しい昼間の一時を過ごしたのだった。
そして同時刻、とある男が校庭で孤独に座っていた。
「っと、ここと……こうで…………」
皆楽しげに昼食を取っているが、誰もこの男の存在を認知していなかった。おそらく被っている黒いフードの影響だろう。
そして、その男はどうやら黙々と魔方陣を書いているらしかった。それもかなり大きく、直径は3メートルにも及ぶ。
「最後の『魔騎馬王』、勝つのは絶対Ⅰ組なんだっ……Ⅰ組じゃなければダメなんだっ……」
時折り独り言を呟きながら、太陽の熱に晒されながら男は魔方陣を完成させた。
皆が午後の種目に向けての準備をし終えたその直後、実況を担当する生徒が高らかに叫んだ。
「――――さあさあ始まりました! 午後の部、『お祭部門』! まず最初の種目は『火焔綱引き』です!」
Ⅱ組がリードした午前の部が終わり、次は午後の部。
ここで行われる種目は午前の種目より得点の割合が高く、他クラスは「いざ逆転!」と、より一層意気込んでいる。
かくしてこれから始まるのは『火焔綱引き』。炎に包まれた特殊な綱を用いること以外、ただの綱引きとはほぼ変わらない。
「次の『火焔綱引き』……くれぐれも足を引っ張るなよ」
「あぁ? 引っ張るわけないだろジェイル。ほら早く行くぞ」
ジェイルが放った信用ゼロの言葉に苛立ちを覚えながも、それから行われた『火焔綱引き』は無事に勝利を収めることができた。
そして最後、体育祭最後の種目がついに行われることとなった。
もちろん、『魔騎馬王』である。
現実で行われる騎馬戦を元に、魔法、固有能力、更には武器までも駆使して戦う『魔騎馬王』は、体育祭のオオトリとしてふさわしい盛り上がりを毎年見せている。
「おーい、みんなー! 俺の分まで頑張れよー!」
生憎チェリードは出場できなかったが、彼の意思は三人が受け継ぐこととなった。
勝負はⅠ組対Ⅱ組、Ⅲ組対Ⅳ組、そして、それぞれの勝者同士で戦う計三回行われる。
そして、これを優勝したクラスには競技中最も多い得点が与えられるため、逆転も夢ではない。
そして、チェリードが所属するⅡ組の相手は、当然、Ⅰ組である。
「………………」
先日あれほど騒いでいたⅠ組のネッシーラは、今日はとても落ち着いている。特に俯いているわけでもなく、かといって嬉しそうにも思えない。
「なあ、ネッシーなんかおかしくない?」
「ああ、てかここ一週間ずっとああだよな」
あれだけの騒ぎを起こしていた本人がただぽつんと立っているだけなのを見て、さすがのⅡ組のクラスメートも困惑していた。
そして種目が始まる直前、事件が起きた。
「ん? おい、ネッシーラ! もう始まるぞ! 早く定位置につきなさい!」
もうすぐ始まりの笛が鳴るというのに、ネッシーラは校庭の中心へとゆっくりと歩き始めた。担任が必死に呼び戻そうとするが、彼には届いていない。
「……今まで散々虐められてきたんだ」
そして中心まで来たかと思えば、ぐちぐちと何かを言い始めた。
「僕の固有能力を散々冷やかしやがって、散々からかいやがって、散々笑いやがってええええ!!!」
怒りを露にしたネッシーラの声は、一瞬にしてこの場に静けさをもたらした。
「……見せてやるよ、お前ら下民が見たがっていたあいつをっ!!」
「「「!!??」」」
彼がそう言って地面から何かを引き剥がすと、そこには巨大な魔方陣が描かれていた。どうやら地面の上にダミーの砂が敷かれていたらしい。
そして、ネッシーラは叫ぶ。あの紅に染まった、烈火の魔獣を。
「いでよ!!〈召喚・炎怪狼〉ーーー!!」
彼の声と共に、赤く魔方陣が光出し、同時に炎が舞い上がった。
「まじかよあいつ、ホントに……!!」
やはり先週の嫌な予感は本当だったんだ、とチェリードは改めて確信した。
しかし、もう遅い。彼が気づいた時にはもう……
『ウォオオオオオオオン!!!!』
真っ赤に染まった碧眼の怪狼が、激昂の雄叫びをあげていたのだから。




