第46話「燃え盛る体育祭 Ⅰ 」
「クッソ……! なんなんだよあいつらぁ……!」
泣き腫らした目を擦りながら、早足でⅡ組に向かったネッシーラの苛立ちは未だ収まらない。
「僕が一番強いのにっ! あの下民共は僕のスゴさを知らないからあんなことが言えるんだっ!」
何度も何度も、彼は怒りに任せて机を叩いた。
「僕のフェンリルフはサイキョーなのにっ! あんなやつらっ! フェンリルフにかかれば瞬殺なのに……!」
あのいじめっ子たちの机を蹴り飛ばした後、ネッシーラは一瞬落ち着きを取り戻してその場で静止したように思えたが、
「どうして体育祭じゃ僕のフェンリルフは使っちゃダメなんだよぉぉ!!」
ぐつぐつと底から怒りがまた沸き上がった彼は、いじめっ子たちの机を今度は持ち上げては狂ったような声をあげながら投げ飛ばした。
体育祭、「お祭部門」。この部門では魔法や武器、固有能力を自由に使えるのだが、たったひとつ、唯一禁止された行為が存在する。
それは、「魔物の召喚」である。
「魔物の召喚」とは、人間と魔物との間でお互いに契約を交わすことで、人は任意のタイミングで契約した魔物を召喚できる、特殊魔法の一種である。
しかし十年前、体育祭で魔物を召喚した際に魔物が暴走したことで、数十人の負傷者を出したことをきっかけに、それ以来魔物の召喚は禁止されてしまったのだ。
「なんで召喚魔法だけ玉目とか…………ふざけんなよっ!! これじゃ僕が活躍できないじゃないかよぉっ!」
ネッシーラは常に、自身のいかに素晴らしいかを自慢したがっていた。正確には自身の召喚する「フェンリルフ」と呼ばれる魔物についてなのだが。
しかしながら、今までその魔物を召喚する機会がなかったため、クラスメイトにからかわれる毎日を送っていた。
(この体育祭でみんなをギャフンと言わせてやるんだ!)と意気込んでいたのも束の間、例年通り召喚魔法の禁止を告げられた彼は苛立ちを抑えるのが厳しくなっていたのだ。
「でさー、それでそいつが…………ってええ!?」
「なんだこれ……ってうわネッシーかよ」
彼が怒り狂ってからしばらくすると、先程までからかっていた生徒が教室に入ってきた。
「おい、まだ怒ってるのかよ……」
「はぁぁ!!?」
「さっきは悪かったっていってるじゃん。だから許してよ、ね?」
ネッシーラは、彼らの口先だけの謝罪や反省の色が見えない失笑しながらの許しを乞う姿に、怒髪天を貫きそうになった。
「ふざけんなよっ! お前らほんとに許さないからな!」
危うく胸ぐらを掴みそうになるのを理性で押さえつけて、ネッシーラはドタドタと足音を鳴らしながら教室を出ようとした。
そして去り際に、
「体育祭の日! 僕の強さにひれ伏すんだな! この下民共がっ!」
と言い捨て、教室のドアを力一杯に閉めた。
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「……で、さっき言ってた『ふぇんりるふ』? ってなんなんだ?」
体育祭の練習が終わったチェリードは、マルーサと一緒に、ライナー先生に頼まれて片付けを手伝っている。
「あー、ネッシーラが言ってたやつか?」
正直、二人とも練習でヘトヘトだったので一刻も早く帰りたがっていた様子だったが、意地悪なライナー先生はそれを見て、あえて片付けするように強制したのだ。
「フェンリルフは狼の魔獣。赤い体毛に碧眼が映える、結構希少な魔獣なんだ」
「へぇ~…………よいしょっと! で、ソイツとネッシーラって子に何の関係が?」
中身がぎっしり詰まった木箱を倉庫に運んでいる最中、チェリードがマルーサに聞くと、マルーサは神妙な顔もちで話し始めた。
「フェンリルフはあいつが召喚魔法で召喚できる魔獣なんだ。ネッシーラが契約主でフェンリルフが従属者なんだけど」
「え? 『契約主』? 『従属者』?」
「つまり飼い主とペットってことだよ! ……で、入学した後、あいつは〈召喚・炎怪狼〉っていう固有能力を手に入れたんだよ」
「……っ! ふぅ~。で、それで?」
「普通、召喚魔法ってのはお互いの同意で契約することで魔物を召喚できるんだけど、固有能力の場合は違くてな。お互いと同意がなくとも強制的に契約を結べるんだ」
とここで、二人は先生に指示された物をすべて片付け終わったので、一旦話を中断して先生に報告しに行った。
二人が先生に報告するために職員室に向かっていると、偶然さっきまで話題にしていたネッシーラとすれ違った。彼は機嫌が悪そうに足音を鳴らしながら逆方向に歩いていく。
「なあ、さっきの続きだけど」
ネッシーラの姿を見たチェリードは、彼がいなくなるのを確認してから中断していた話の続きを聞き出した。
「あ? あーわかった。あいつとフェンリルフは強制的に契約を結んだんだが、それのせいでフェンリルフはあいつの言うことを聞かなかったんだ」
「言うこと聞かないことってあるのか……」
「あぁ、別に珍しいわけじゃないんだけどな。ただ、そいつかなり強くて止めるのに大人四人ぐらい必要だったんだ」
「なるほどな……だからあいつは威張ってたわけだ」
「そういうことだ。まあ、強いのはフェンリルフで、あいつは全然だけどな!」
そう言って二人は笑い合った後、先生に片付けが終わったことを報告した。
報告が終わりマルーサに別れを告げたチェリードは道中、ネッシーラのことについて考えていた。
(あいつ……どう見てもやばい奴だよな……)
すれ違い様に見たネッシーラの表情は、憎悪に満ち溢れた虎のようだった。
(明日の体育祭、なんか嫌な予感が……いやいや! ネガティブなことは考えないようにしよう!)
不安は少なからず残っているが、とはいえ、あと一週間後は待ちに待った異世界に来て初めての体育祭。
あかにも学校行事らしいことが初めて行われることに心を躍らせ、チェリードは一段と練習に力を入れようと意気込んだのだった。
そして、一週間後。
「今日は待ちに待った体育祭です。皆さん、今まで練習してきた成果を発揮し、力を合わせて頑張りましょう!」
快晴に恵まれた秋の好日、とある生徒の激励で体育祭は始まりを迎えた。
日差しに照らされた校庭には全生徒が終結し、皆目を輝かせている。そのやる気に満ち溢れた眼差しは眩しく、同時に熱く燃えていた。
そして、体育祭は生徒だけのものではない。我が子の勇姿を見届けるため生徒の保護者が見に来たり、将来性のある生徒を探し出すため、国の偉い人たちも訪れるのだ。
「――――さて、俺の出番は、と……」
チェリードが看板に書かれた予定表を上から指で辿っていくと、リーナも予定表の前に来て自分の出番を確認しだした。
「あ! あった! 私四個目の種目だって!」
「なになに……『魔徒競争』か……なんだかおもしろそうだな!」
「うん! リドは最初だったよね! 頑張ってねっ!」
「おう! ぶっちぎり一位取ってやるよ!」
リーナに手を振り返してから、彼は最初の種目である「残命競争」に出場選手が集められた場所に向かい、高鳴る気持ちを落ち着かせながら列に並んだ。
(一週間、頑張ってきたんだ、この日のために。)
頬を叩き「しゃあ!」と気合いを入れたチェリードは、動き出した列に押されながら、前に力強く踏み込んだ。
「この勝負! ぜってえ勝ってやる!」
――――かくして、燃え盛る体育祭が今始まった。
ネッシーラ・ガラステラ
固有能力「召喚・炎怪狼」
魔獣、フェンリルフを召喚できる。フェンリルフとは、全身を赤に染めた碧眼の狼である。
Ⅰ組のクラスメート。貴族の生まれで、それゆえ傲慢。プライドが高く自慢したがりだが、短気なせいでよく他のクラスメートと衝突している。口癖は「僕のフェンリルフはすごいんだぞ!」




