第45話「新学期、体育祭に向けて」
地獄の特訓を何日も耐え凌いだ結果、やがて日の落ちる時間も早くなり始めた。夜になれば気温も下がり少し肌寒くなる。
40日間、それが彼ら五人の弟子が行った特訓の日数だった。
日差しの強い中、彼らは起きて朝食をとったら特訓、昼食をとったらまた特訓をし、日が沈みきったら勉学に励む…………休む暇のない、大変忙しい毎日を送っていた。
そんな目眩を起こしそうなほど苦しい生活がついに終わると思うと、チェリードは途端に体の底から喜びが込み上げてきた。
「よっしゃああ!! 今日で終わりだああ!!」
「やったねっ! リド!」
「ああ! これでついに地獄から解放されるんだ~!」
「お前たち、今までよく頑張ったねぇ! 今日はご馳走だよ!」
学校が始まる前日、今まではあり得なかったであろう豪華な夕食が食卓に並んだ。テーブルの中心には高価そうなお肉が香ばしい匂いを漂わせている。
「すげえ! めっちゃうまそう!」
「すごい! こんな豪華なの、初めて……!」
「ハッハッハ! そりゃあ最後の特訓の日にしか出さないんだからねぇ」
目を輝かせる二人を見て、師匠は料理を運びながら嬉しそうに笑った。
「師匠、今年はドリーナの丸焼きですか! 美味しそう……!」
「あ、こっちは希少な野菜のサラダも……!」
デセリンとメロも目の前の料理に夢中になっていた。テーブルの真ん中にあるお肉はドリーナという鳥の丸焼きらしく、彼の大好物らしい。デセリンは今か今かとご馳走を待ちわびている。
「じゃあお前たち、早速頂こうか」
「「「「いただきまーす!」」」」
料理を全て運び終わった師匠が食べ始めると、それに続いて弟子の五人も始めた。
皆思い思いに料理を手に取って嬉しそうな顔をしながら美味しそうに食べている。この夏、大変な思いしたからこそこのご馳走が美味しく感じるんだなと、ここにいる全員が思った。
その日の食卓は、今までで一番楽しく、喜びに溢れていた。
~次の日~
久しぶりの登校に緊張しながら、チェリードは四人と共に学校に向かった。
夏休みの気分が抜けきらないチェリードは少し憂鬱になりながらも、学校までの道を歩いている。
一方、前の方で歩いている三人は二学期の行事のことで盛り上がっていた。話を聞いていると、二学期が始まってすぐに「体育祭」があるらしい。
「やっぱりこっちにも体育祭あるんだあ!」
「てことは、君が前いた世界にも?」
「うん! みんなで一致団結! ファイトー、おー! みたいな?」
「アハハ、なにそれ」
「フフ。リーナちゃん、楽しそうだね……」
リーナ「体育祭」と聞いた途端にはしゃいでいるのを、デセリンとメロは嬉しそうに笑った。
(体育祭か……こっちの体育祭はやっぱり魔法とか使ってやるのか?)
「なあ、ジェイル」
と、チェリードが隣で歩いているジェイルに声をかけると、
「………………」
彼は一瞬チェリードを見た後、早足で前の三人よりも前に歩いていった。
「あ…………」
どうやらジェイルは心底彼とは話がしたくないらしい。あの時のことをまだ引きずっているのか、はたまた別の理由があるか、チェリードには全くわからなかった。
「はぁ…………」
二学期はまだ始まってすらいないというのに、既に幸先が悪いと感じながら歩いていると、もう既に学校は真正面に見えるところまで来ていた。
「――――生徒達よ、久しいな。休暇を満喫できただろうか。夏が終われば、いよいよ二学期が始まる…………」
途中編入した彼にとって、学期始めの始業式というのはこれが初めてだった。
といっても、やることといったら校長の話ぐらいで、特に代わり映えのない始業式で、正直なところ彼はもっと異世界らしい何かを期待していたのだが、そうはいかないようだ。
(結局こっちに来てもこれかよ~……あー、早く終わんないかなー)
座ったままずっと下を見るのが飽きたチェリードは、長々しく話をしている校長に目を向ける。
思えば、校長の姿を見るのは今回が初めてだった。一学期は色々な理由が重なって校長の姿を見かけることが少なかったのだ。
そして、彼の目線の先には、一般的に思い浮かべる校長像とは真反対の、厳格な雰囲気を漂わせる若い女性が話をしていた。
(それにしても、こんなに若いのに校長ってすげえよなぁ)
綺麗な銀色の髪が良く似合う校長は真剣に魔法の危険性について話している。
「最近、召喚魔法によって呼び出された魔物が暴走する事故が増えている。夏の終わり頃は魔力が不安定になるから、皆も気を付けるように」
時折装飾の付いた眼鏡を触りながら、校長は真っ直ぐ眼差しを生徒に向けている。
とここで、チェリードはなぜかこの校長の姿に既視感を覚えた。
(あれ、でもこの面影どっかで……)
「話は以上だ」
しかし、運悪く話が終わってしまい校長は急ぎ足でどこかへ行ってしまった。
もう少し観察すれば何かわかったのかもしれないが、いなくなってしまってはどうしようもないので、彼はそれ以上考えるのは止めることにした。
その後始業式が終わり、その日は何事もなく終了した。
「はーい! これから体育祭の練習始めまーす!」
次の日、体育祭が近い彼らは早速他のクラスと合同で練習が始まった。
先生の話によれば、体育祭は主に三つに分かれているらしく、
「まずは、魔法、武器、固有能力禁止の正々堂々勝負! な『一般部門』!
その次は魔法だけオッケーな『魔法部門』!
そして最後は全部オッケーな『お祭部門』!体育祭はこの三部門に分かれて行うよ~!」
とのことだ。
それぞれ午前の前半、後半、そして午後の順で行い、クラス対抗で部門ごとに勝敗を決めていくようだ。
「特に『お祭部門』は重要! ここで勝負どころだから、みんな、頑張ってね!」
「「「は~~い!!」」」
それから、お祭部門で行われるという「騎馬戦」の練習をするのだが……
「はぁ!? 俺出れないの!?」
なんとチェリードが「騎馬戦に出たい」と先生に言ったところ、即答で拒否されてしまったのだ。
「だって防御系の能力じゃ弱いんだもん。それに魔法も武器も使えないし」
「いやいやいやいや! だったら皆の盾になればいいじゃないっすか!」
「騎馬戦は守りより攻めの方が大事なのよ」
「そんなぁ!」
先生の嫌そうな反応を見るに、固有能力が騎馬戦向きでない彼を入れたくないようだ。
「別にいいじゃない、他で活躍すれば」
「だって魔法も固有能力も使える騎馬戦とか気になるじゃないですか!」
「無理なものは無理~。他の部門で頑張りなさい」
「クッソオオオオ!」
バッサリと切り捨てられてしまったチェリードは、悔しさと怒りを必死に我慢しながら、ヤケクソになりながら他の部門で行う競技を練習した。
「ったく、絶対見返してやるからな!」
それから、チェリードは持久力をつけるために校庭の周りを走っていると、
「お。チェリード、頑張ってるな!」
冷やかしに来たマルーサが横並びになって一緒に走り始めた。
「げ! マルーサ!」
「相変わらずの不憫さだな! こうも不憫だとだんだん可哀想になってくるな」
「うるさい!」
マルーサが執拗に体を寄せてくるので、チェリードはそれを怒りながら手で押し返した。
「マルーサ~! やめてあげなよ~! チェリード君がかわいそうだよ!」
彼らに気づいたスパラがマルーサを注意しているが、本人は全く気にも止めずに彼と並走している。
「お前らの仲間は全員騎馬戦出るんだろ? ほんっと、お前って可哀想――――」
「だからお前が俺に勝てるわけねえだろうがっっ!! このバァァカ!」
その時、怒気を含んだ罵声が校庭中に響いた。
「な、なあ。俺たちが悪かったよ。言い過ぎたのは謝――――」
「いいかっ!? 僕はなぁ! その気になればお前らなんかケチョンケチョンにできるんだぞ!」
「いや、だから悪かったって」
「僕の使い魔がいれば、お前らなんかぶっ殺せるんだからな!」
一斉に向けられた視線を気にせず、紺色の髪の男の子は涙目になりながら数人を指差して叫んでいる。
「え、何あれ」
突然の怒声に戸惑いながら、チェリードはマルーサの方を向いた。
「あいつはⅠ組のネッシーラ。貴族出身で、普段は自分の自慢ばかりしてるんだが、それのせいでちょっかいかけられることが多いな」
マルーサは苦笑しながらネッシーラという男の子を見ていた。
「知り合い?」
チェリードが聞くと彼は頷いて、
「昔遊んだことがあってな。でも、そんときもあんな感じで泣いてたっけな」
と言い、またネッシーラの方を見た。
「こら! ダメじゃないか! 貴族出身のキミがそんな乱暴な言葉遣いダメだろう!」
途中、Ⅰ組の担任が仲裁に入ろうとするが、暴れているネッシーラは一向に落ち着こうとはしなかった。
「うるさいうるさいうるさい! 僕のフェンリルフを知らないからそんなことが言えるんだっ!」
「な、なあだから俺らが悪かったって言ってるじゃん」
「そうだぞ! Ⅱ組の子も謝ってるんだから、キミも早く許し――――」
「うわああああん! 騎馬戦の時に絶対ギャフンと言わせてやるっ!!」
そう吐き捨てると、ネッシーラは泣きながら教室の方に走り去ってしまった。
「「………………」」
あまりの幼稚さに、二人はしばらく言葉が出なかった。
ネッシーラ・ガラステラ
固有能力「???」
Ⅰ組のクラスメート。貴族の生まれで、それゆえ傲慢。プライドが高く自慢したがりだが、短気なせいでよく他のクラスメートと衝突している。口癖は「僕のフェンリルフはすごいんだぞ!」




