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呪血〈呪われた転生者の血塗られた学校生活〉  作者: 上部 留津
第1章 転生、そして始まり
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第44話「夏の風物詩」


「おい師匠! 話で出てきた奴らって昔の話じゃねえのかよ!」


「ああそうだよ」


「じゃあなんで――――!?」


「いいから見ときな」


 今、彼らの目の前でスライムが襲われたり拐われたりしている。本来であれば、伝統あるこの文化を汚す悪しき人を今すぐ捕らえるべきかもしれない。


 しかし、師匠はすぐにそれを否定した。


「なんでただ眺めているだけなんですか!? というか、他のみんなも――――!」


 周りを見渡しても、眺めているのは師匠だけではなかった。皆一向に動こうとはせず、むしろこの「悪人がスライムを襲っている」状況を楽しんでいるようにも思える。


 リーナも状況が理解できないようで、助けに行こうとするのをメロに止めらていた。


「え、メロちゃん!? なんで止めるの?」


「だ、だって……そういうものだし…………」


「えぇ?? 『そういうもの』って何?」


「うぅ…………そう言われても…………」


 至って真面目な気持ちでスライムを助けようとするリーナに、なんと言えばいいかわからずにメロは困った表情を見せた。



 突如として現れた悪人達は、依然としてスライム達を襲い続けている。


 剣で傷つけようとしたり、短剣でつついたり、スライムを抱えて列から外していたのを、他の人達は特に気にせずに見ているのが不思議でたまらなかった。


(どういうことなんだ? 敢えて止めないのは何か理由が……)


 とチェリードが考えていたその時、やられっぱなしだったスライムの一派がついに動き出した。


 動いたのは、等間隔に配置されたメタルスライムだ。


 メタルスライムは自身の体を金属の鎌や斧に変形させ、その体をブンブンと振り回し攻撃し始めた。


 狙った獲物を必ず外さないメタルスライムは、しっかり悪人に命中させ、悪人の手足や腹を切断させた。


「いっでええええ!!」


「ぬわああああ!!」



 当然彼らは泣き喚きながら地面を転がり回り、大量の血を排出しながら傷口を手で塞ぎ痛がっていた。



 正直、チェリードはこの時恐怖を感じていた。


 薄々このような展開になるとは気づいていたのだ。師匠もあのような反応を見せていたので、きっと嫌なものを見せられるんだろうなと感じていた。


 それに、彼はこの異世界に来てからというもの、碌な事が起きていない。


 普通の人の十倍は不幸なことを体験した彼にとって、スライムを襲った悪人に罰が下るのは当然だし、そこに同情する余地もなかった。



 恐怖を覚えたのは悪人の方ではない。悪人を見て笑う大衆の方だった。



「アーハッハッハ!!」

「まじで笑えるんだけど!」

「もっとやれー! メタルスライム!」

「ギャハハハハハ!」


 爆笑していた。身体を切断された、本来手当てされるべき怪我人を見て大衆は爆笑していた。


 それだけでない。近くに目をやるとデセリンも笑っていた。メロもクスクスと口元を手で抑えて微笑んでいた。ジェイルも鼻で笑っている。


 この異常な状況を見て、チェリードとリーナは他の人と同じように笑うことができなかった。


 不安になった二人は師匠の方を見てみると、師匠もまた、不安そうな顔をしながら怪我人を見つめていた。


「「師匠……」」


 二人は思わず師匠を呼ぶが、


「これがこの世界の住人だよ……」


 と言ったきり、何も話してはくれなかった。



「どうしたの二人とも? 笑いなよ」


 暗い顔をした二人に、デセリンが気を遣って気さくに話しかけてくれた。が、彼の「笑いなよ」という言葉が二人にとって恐怖の対象であったことは彼はまだ知らない。


「なあ……」


「ん? なんだい」


「なんであれを見て笑えるんだ?」


 チェリードは至って真剣な気持ちで聞いたつもりだったが、デセリンはそれを茶化すように笑った。


「どうして? というか、むしろあれを見て笑わないのはなんで? 面白いじゃん」


「いや、だから……」


「悪い人がスライムを襲おうとして、逆に仕返しされて罰を受ける。君達が前いた世界でもそういうの見て笑ったり面白がったりしたはずだよ?」


 この時、彼はなんと返したらいいか全くもってわからなかった。



 デセリンの言っていることは間違ってはいなかった。


 確かに悪事を働く、あるいは働こうとする輩が被害者の手によって痛い目に遭うという過程は、それこそ「三びきのこぶた」や「赤ずきん」で使われている。


 言っていることは、間違っていないはずなのだ。


 しかし、彼が言う「それ」とチェリードが頭に浮かべる「それ」には、明らかな乖離があった。


「ねえ、リド」


 今にも泣きそうな顔をしたリーナが突然チェリードの手を掴んできた。一瞬ドキッとしながらも、明らか周囲に恐怖を抱いているのがわかった瞬間正気に戻った。


「私たちが、おかしいのかな?」


「――――わかんない」


 そして不安を掻き消すように、リーナはもう一度言った。


「私たちが、おかしいのかな……」


 涙ぐんだ彼女の横顔を見ながら、チェリードは


「多分……これが異世界(ここ)の人にとっての娯楽なんだよ……こんなグロテスクでも、面白いって思うんだよきっと」


 と、言葉を一文字ずつ吐き出すようにゆっくり言い、その後もう一度スライムの行列を見た。



 気がつけば行列の大半は森の中へ消えていき、遠くに最後尾が見えていた。スライムを襲っていた人達もどこかへ行ってしまったようだ。


「はぁ~面白かった!」

「いやー今年もいつも通りだったな!」

「トラブルとかなくて良かったわ~」

「見たいもんは見れたし、早く帰ろーぜ」


 そして、スライムを見ていたはずの大衆は、あの悪人が去ると同時に王国の方へと足を運んでいる。


 当然、彼らも同じように帰ろうとスライム達に背を向けた。


「お前たち、帰ろうか」


「そうですね! ほら、二人とも。帰るよ」


「あ、うん……」


「そうだね……」


 満足した表情を浮かべながら手招きするデセリンを直視できないまま、二人は俯いたまま頷いた。




 家に帰った二人は、到底この後の地獄の特訓をこなせる精神状態ではなかった。


「「はぁ……」」


 まさか、スライムを見に行ったはずが周りの人が笑っているのを見て恐怖するだなんて思ってもみなかったのだ。


 これを見かねた師匠は、


「今日は休みな、二人とも。そんな調子じゃまともに動けないだろう」


 と言ってくれたおかげで、午後の特訓をやらなくていいことになった。


「――――ねえ、リド」


 ダイニングで、互いに向き合うように座った二人は、帰ってからもあの時の光景を思い出しては溜め息をついている。


「あれ見て、どう思った?」


「……見世物小屋を楽しむ人の気持ちがなぜかわかった気がする」


「…………それはちょっと違うんじゃない?」


「違うかー……」


 ほんの少し前まで晴れていた空も、どこからか現れた雲の大群によって覆われてしまった。


 薄暗いダイニングで、チェリードとリーナはしつこくさっきの光景を脳内で繰り返し再生した。


「この異世界の人ってどっかイカれてんのか?」


「多分……死とか痛みに対する恐怖が少ないからじゃないかな」


「そっか……別に死んでも復活魔法があるもんな…………腕切られてもすぐ再生するし」


「うん……もし昔からそういう状態だったら、この異世界全体で死とか痛みを怖がらなくなったんじゃないかなって」


「そうは言ってもなぁー……」


 いくら死や痛みに恐怖心を抱かなくとも、だからといってあれを楽しめるものなのだろうかと、彼は窓から見える師匠達の様子を見ながら考えた。


(仮にそうだとしても、あまりに俺らと倫理観がかけ離れているような……いや、むしろ異世界だから倫理観が違うのは当たり前なのか?)


「倫理観」という言葉が出てきた瞬間、その言葉が頭に貼り付いたような気がした。


「やっぱ、違う世界にいる人の価値観はわからないね」


「まあ、同じ地球にいるのに他の国の価値観がわからないんじゃ、尚更だな」



 とそこに、部屋に忘れた武器を取りに来たジェイルが玄関の扉を開けた。


「あ、ジェイル」


 それに気づいたチェリードは、さっきのことについて聞くことにした。


「なんで腕と足を斬られた人を笑うことができるんだ?」


「あ?」


「い、いや、別にただ気になるだけで……」


「さっきのことか」


 答えてくれるのかと思いきや、ジェイルは何も言わずに二階に上がってしまった。


 しかし、しばらくしてから彼が部屋から武器を持ち出し階段を下りた時、チェリードの問いに答えてくれた。


「かつて、とある軍人は言った」


「軍人?」


「『手足を斬られるのは恥だ。もし斬られたなら盛大に嘲笑ってやれ』と」


 思い返せば、悪人達は皆腕や足を切断されていた。


「昔は、生きていくのに必要な手や足を重要視する考えが一般的だった。あれはその名残だ」


「っ…………!」


(そうか……ただ単に斬られている様子を見て笑っていたわけじゃないんだ!)


 まさか皆が笑っていたのには理由があったことを知らなかった二人は、心底驚いたと同時に心の底から安堵した。


「そっかぁ……! ありがとね、ジェイル君!」


 リーナがジェイルにお礼を言うと、ジェイルは特別嬉しそうにするはずもなく、


「いや、師匠に伝えろと言われただけだ」


 と無愛想な表情のまま外に出てしまった。



「良かったね、リド。皆おかしいわけじゃなくてほんと良かった」


「ああ、そうだな。まあああいう理由があるなら納得だしな」


「じゃあ、特訓行こっか!」


「えぇ!? あぁ……行くか」


 その後、皆が笑っていた真相がわかった二人は、スッキリした気持ちで特訓に臨むのだった。

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