第43話「スライム大行列!」
さて、期末試験が終われば、チェリード達は待ちに待った夏休みだ。
初めて異世界での夏を迎えるチェリードとリーナは、いかに夏を謳歌しようかと妄想を膨らませた。
「ついに夏休みか……! リーナ!」
「うん! 楽しみだね!」
「海行ったり、夏祭りとか……! ああ考えただけでも楽しくなってきた!」
「この世界にもアイスとかあるのかな!?」
学生にとっての夏は一大イベントである。この夏をどう過ごすかで人生の満足度が変わってくる。
もちろん、この異世界でもそうであると二人は信じていたが…………
「何言っているんだい? 夏はずっと特訓だよ」
「「え?」」
師匠の一言によって夏は地獄へと変わった。
それからというもの、寮に住む五人は来る日も来る日も血の滲む特訓を続けた。
朝はランニング、それが終わったら体作り、午後は魔法や武器、固有能力を使った実践的な訓練、更に夕食の後は強制的に勉強させられる…………
そんな地獄のような一日が続くのだ。
学校が休みになったことで特訓する時間が劇的に増え、その分師匠もやる気になってより指導に力が入っていた。
「はぁ……はぁ…………」
「チェリードたるんでるよ!! もっと気張りな!!」
「は……はいっ!!」
「リーナも足を止めない!」
「はーい……!」
初めてこの特訓を経験した二人は当然付いていけるわけもなく、夏特有の暑さも相まって汗をだらだらと垂らしながらフラフラになっていた。
(こんなキツい特訓をやらされるなんて……まるで夏場の野球部じゃねえか…………)
一方、既に寮にいた三人は、顔色一つ変えずにこの地獄みたいな特訓をこなしている。
「デセリン。次は俺とだ」
「はいはい。あ、回復は任せたよ。メロ」
「は、はい……!」
三人とも息が上がった様子はなく、むしろ「体が温まってきた」と言わんばかりの動きを見せている。
「あいつら体力お化けかよ……」
かつての特訓を超えてきたであろう三人との格差を感じながら、チェリードとリーナはこの特訓に必死に食らいつく日々が続いていた。
そんなある日の出来事。買い出しに行っていたデセリンが王国から帰ってきた時のことだった。
「ねえみんな! スライム見に行かない?」
「久しぶりだな」
「スライム?」
嬉々として誘う様子があまりに珍しかったので、チェリードは詳しく聞いて見ることにした。
「なんでスライム? そこら中に一杯いるじゃん」
「違うんだよチェリード、なんと王国の近くでスライムの大行列が見れるらしいんだよ!」
「大行列? それってすごいの?」
チェリードがデセリンに聞こうとすると、
「そりゃあすごいとも」
と師匠が割り込むように会話に入ってきた。
「大行列自体は毎年この時期になると現れるんだけど、この近くに出るのは十数年ぶりだったかねぇ」
「へぇ~」
「僕達も二年前に見たんだけど、その時はたまたま遠くに出掛けてた時でしたよね」
「確か……そうだったねぇ、二年前だったよ」
師匠とデセリンは懐かしそうな顔をしながら話している。
「ねぇ、二人はまだ見たことないよね」
そもそも「スライムの大行列」という言葉自体初めて知った二人は彼の言葉に頷くと、
「じゃあ見に行こうよ! 絶対面白いから!」
と前のめりになりながら二人をもう一度誘った。
「お、おう」
「まあデセリンが言うなら……」
((まあ特訓ばっかりも大変だし……まあいっか!))
子供のように話す彼に戸惑いながらも、特訓がやりたくなかった二人はその誘いに乗ってスライムを見に行くことにした。
スライムが見られるのはオルタール王国の東だというので、師匠と弟子の五人はそこまで歩いていった。
そして目的地に着いた瞬間、チェリードとリーナは驚きの声を上げた。
「すげええええ!!」
「すごーーーい!!」
そこにいたのは、列を成して行進をする色とりどりのスライムだった。
きちっと五列に並び、ぽよんぽよんと跳ねながら前に進むその様子はさながら江戸の大名行列を見ているようだ。
「ね? すごいでしょ!?」
デセリンがスライムを指差しながら聞くと、
「すげえ! まさかこんなに大量にいるなんて思わなかった!」
「最後尾ってどこなのかな!? すごい長いね!」
二人は目を輝かせながら行列を楽しんでいた。
なんとスライムの行列は先頭から最後尾まで見えないほど伸びていたのだ。その距離、おおよそ1キロメートルに及ぶ。
「ふぁぁ……! やっぱりいつ見ても可愛いですね……!」
「今回はいつもより長めだな」
「ハーハッハッハ! やっぱスライム大行列はこうでなくちゃねえ!」
他の三人も楽しそうに行列を眺めている。
「見てみて!」
「おお~今年はここでやってるのか」
「わ~い! すらいむだ~!」
「ガーハッハッハ! やっぱ夏はこれ見なきゃな!」
ふとチェリードが左側を見ると、王国から見に来た人達がチェリード達と同じようにスライム大行列を楽しんでいた。
遠くからスライムを眺める人、近くにいってスライムを観察する人、中にはスライムに触りに行く人もいた。
それほどスライムの大行列が皆に馴染みのあるものなのかと疑問に思ったチェリードは、師匠に尋ねてみることにした。
「師匠、これって夏の風物詩みたいなものなんですか?」
「そうだよ。昔から続いてる、伝統みたいなもんさ」
「昔って?」
「ざっと500年くらい前さ」
「500!?」
チェリードはその途方もない年数に驚いた。まさか、とんでもない昔からこの行列が存在していたとは思ってもみなかった。
すると、師匠は突然、昔のことを語り出した。
「――――昔は、娯楽という娯楽が無くてね。今でこそちょっとは増えたけど、まだまだ魔獣が危険なのは今も昔も変わりない。昔の人達はそこでどうしたかというと、このスライムの大行列を一つの娯楽として取り入れることにしたのさ」
師匠が語ったのはスライムの大行列が大衆に楽しまれている理由だった。
「スライムは人を襲うことは少ないし、若い奴らは『かわいい』とかなんとか言って飼ったりしてたよ。恐らく、皆癒やしを求めてたんだろうね」
「癒やし……ですか」
「とはいえ、血の気が多い奴は見境なしに襲ったり、メタルスライムを盗ったりする奴もいたよ。ほらいるだろ? メタルスライムが」
そう言った師匠が指差した先には、体表が金属で覆われたスライムが列の真ん中にいた。全身が光沢するその姿は正しく「メタルスライム」の名に恥じないものだとチェリードは興味深そうに見つめていた。
「でも結局時代が進むにつれて、この行列が受け入れられていったんだ。結局、皆娯楽が好きなんだねぇ」
しみじみとした表情を浮かべながら、師匠はスライムの行列を眺めていた。まるで昔を懐かしむような……あたかも昔もこの光景を見ていたかのような…………
「まさか師匠のその話って……」
「ん? アタシが冒険者の時聞いた話だよ」
「そうですよね!」
「なんだいお前、まさかアタシが500年前からいたとでも言いたいのかい!?」
「んなまさかぁ!」
さすがに師匠が実際に見てきた話ではなかったようで、なぜか彼は安心した。
「ま、最初はアタシも受け入れられなかったんだけどねぇ」
「そうなんですか?」
「スライムは大丈夫だったさ、スライムは」
「じゃあ何が受け入れられなかったんですか?」
そうチェリードが言おうとした瞬間、スライムの行列が波のように揺らいだ。
そしてある地点を境に真っ直ぐだった列は、スライムが慌てふためき始めたことによってバラバラになっていく。
「!? 急にスライム達が!」
「始まったか……」
「え? 何が?」
「見ればわかるさ」
師匠が途端につまらなさそうな顔をしだしたのが気になりながらも、チェリードは目の前の光景に釘付けになった。
師匠が話していた、「スライムを襲ったりメタルスライムを盗ったりする奴」がまさに現れたのだ。
「ヒャッハー! スライム狩りだー!」
「う、嘘だろ!?」




