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呪血〈呪われた転生者の血塗られた学校生活〉  作者: 上部 留津
第1章 転生、そして始まり
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第41話「突き付けられた現実」


 チェリードは今、窮地に立たされていた。


 彼はかつて味わったことのないほどの屈辱を味わっていた。


 今までの彼ならこんなことは起こらなかったはずなのだ。しかし、異世界に来てからというもの散々な目に遭っていた彼にとって、これだけが唯一の取り柄になる予定だったというのに…………


「――――はい次、チェリード君!」


 ライナー先生は相変わらずの笑顔で彼の名を呼んだ。彼は恐る恐る立ち上がり、教卓の方へ一歩ずつ進んでいった。


 ()()()が来るまで、まさかこんな結末を迎えるとは思ってもみなかった。てっきり彼は、神様からこ恩恵か何かでこれを乗り越えられるものだと思っていた。


 そして、ついにこの時が来てしまった。


「はい、これ」


 彼は半分に折られた一枚の紙を貰い、緊張で震えた手で紙をゆっくりと開いた。


 そして、チェリードは紙に書かれた数字を見て更に絶望した。


「あんた……意外と頭悪いのね」


「お、俺が…………下から十番目!?」



 試験。学校に入ったからには、生徒はそれを必ず行わなければならない。その日のために生徒は勉強に励み、己を高みを目指すのだ。


 もちろん、チェリードも例に漏れずテストを受ける生徒の内の一人。森林実習から一ヶ月後にある初の試験のため、彼も日々の勉学に励んでいた。


 しかし、どうだろうか。


 試験が全て終わり、その個表が今返されているこの状況、彼が受け取った個表には、「順位 190位」と書かれていた。


 彼の学年、つまりこの学校の一年生は合計で二百人しかいない。そして彼の順位は190位。


 これ以上は言わなくてもわかるだろう。


「は……ハハ……ひどすぎる……だろ…………」


 もはや乾いた笑いしか出なくなった彼は自分の席に戻った途端、涙が溢れて止まらなかった。



 こんなはずではなかった。生前、彼は特段成績が悪いわけではなかった。むしろ、平均点を下回ったことがなく、数回上位に食い込むほどの学力があったはずなのだ。それなのに……


 途中から編入したために授業に付いていくのが大変だったというのもあるが、原因はそれ以外に、最初の試験を解き始めた瞬間からわかっていた。


 文字が読めないのだ。


 正確に言うなら、似たような形の文字の判別がつかなかった。この異世界の言語は、特に話言葉は日本語とほぼ変わらないのだが、書き言葉は少し違っていた。


 といっても、日本と同じように平仮名、片仮名、漢字は存在する。文法も、言葉の意味も日本と変わらない。では、何が違うのか。


 それは文字の形であった。


 一見すれば直線と点だけで構成された簡素な文字であっても、日本語特有の文字の多さが複雑化に拍車をかけていたのだ。


 彼は日本語の文字と大差ないものであれば普通に読めるのだが、日本語のものとかけ離れていたり似通った漢字を前にすると、たちまち混乱するしかなかった。


 そして今回の筆記試験、何の偶然か彼の苦手とする文字ばかりが問題用紙に組み込まれていたようだ。


「まじで……こんなことあるのか…………普通こういうのは神様がなんとかするやつだろ……」


 もしこれが通常の異世界なら、神様の力で文字なんてお茶の子さいさいで読めていたに違いない。そんなこともできない神様は一体何なんだとチェリードは内心神様にイラついていた。


「おいチェリード~、試験どうだった?」


 彼が落ち込むのを見計らったように寄って来たのはマルーサ率いる三人組だった。マルーサはニヤニヤとチェリードの項垂れている様子を見ている。


「う、マルーサか……」


「ちょっと見せてみろよ」


「あぁちょっと!?」


 マルーサは油断している彼の個表を奪い、そして爆笑した。


「う、嘘だろ~!? こんな点数取るとか脳ミソ無いんじゃねえの~??」


「っせ! 次はこうはいかねえからな!」


「あ~無理無理! バカは死んでも治らないからな~!」


 ここぞとばかりに生き生きとチェリードを馬鹿にするマルーサだったが、それを見かねたラハークとスパラが足の爪先を思いっきり踏んだ。


「そこらへんにしとけマルーサ。やりすぎだろ」


「うん、やりすぎ」


「あぁ……すまん」


 さすがのマルーサもやりすぎたと感じたのかすぐに謝ってくれた。が、二人もチェリードの個表を見ると、あまりの順位の低さに驚きを隠せていなかった。


「え? 190位? 嘘だよね?」


「いやマジ」


「んなわけねえだろ。何したらこんな結果になるんだよ」


「俺、未だに読めない文字多くてさ……」


 この言葉を聞いた時に全てを察した二人は無意識の内に憐れみの表情を浮かべていた。チェリードは、その顔を見て更に悲しくなった。



「あ、そういえば三人とも結果はどうだった?」


 しばらくして、チェリードはまだ自分の結果を受け入れられていない一方で、三人の結果が気になっていた。


 彼は密かに期待していた。もしかすると、三人の内の一人ぐらいは、彼ほどではないが順位が低いだろうと。スパラはともかく、マルーサかラハークのどちらかは順位が低いのではないかと。


 なお、その期待はすぐに打ち砕かれた。


「まあ普通かな」


 マルーサ・ケルセン、56位。


「僕もまあ……」


 スパラ・チビャス、21位。


「ちょっと低いが、最初だしこんなもんだ」


 ラハーク・ハート、72位…………


「あっ…………」


 粉々になった期待に押し潰され涙を流すチェリードには、余裕そうな三人の姿がより大きく感じたのだった…………




 このままでは勉強も魔法もできない凡人になってしまうと感じたチェリードは、師匠に頼み込んで特訓をやる日数を減らす代わりに勉強する時間を増やした。


 元から編入生だったチェリードはそもそも授業の内容に追い付いていなかったので、寮の仲間に頼んで時々勉強を教えてくれた。


 この時チェリードが驚いたのは、同じ転生者であるリーナがかなり勉強ができたことだった。試験でも、学年最上位にいるデセリンと並べる程順位が高い。


 そんな彼女に異世界の文字について教えてもらう時だけは多少の劣等感を抱いていたが、教えてもらうだけありがたいと彼は考えることにし、必死に皆に追い付けるように勉学に努めた。


「文字に慣れるなら読書とかどうかな? 色んな文字見れるからいいと思う!」


 チェリードがまだ文字の判別ができていなかった頃、彼はリーナの助言を受けて時々学校の図書室に行くようにした。


 読書が苦手な彼は最初こそ本を読むことに乗り気ではなかったが、様々な本を目に通していくうちに、転生前とは見ることができなかった表現技法や言い回しを発見していくうちにだんだん本の面白さを理解し、同時に文字の見分けも自然とわかるようになっていた。



 やっと本格的に授業でやった内容に取り組めるようになったチェリードは、それからは寮仲間に頼らず図書室で一人黙々と勉強し始めた。


 しかし、中学生レベルに匹敵する内容と計九科目分の勉強量にだんだん疲弊していく。質より量を重視していた勉強法を続けた結果、ろくな成果も出ないまま次の試験まで残り一週間を切ってしまった。


(まずい……また試験でひどい点数を取ったらホントに終わってしまう……)


 危機感を覚えたチェリードは何とか打開策を出そうと頭を捻るが、そう簡単に出てしまったら今ごろ苦労していない。


 半ば諦めていたチェリードだったが、結局試験があることに変わりないので、いつも通り勉強した。



 そんな彼の元に、ある少女がやって来た。


「ねえ。あなたは図書室にある本の中で何が好き?」


 彼が振り向いた先に立っていたのは、薄紫色のロングヘアーが特徴的な大人しそうな少女だった。


 落ち着いたハスキーボイスと髪色より濃い紫色の瞳が美しい、儚げな様子が印象的な彼女は、チェリードが図書室に行くと決まって一番奥の席に座って同じ本を読んでいた。


「ねえ、何かな?」


 試験一週間前になって初めて声をかけられたことに驚きつつ、彼は立って本棚の方に向かい、とある一冊の本を本棚を取り出しながら少女に言った。


「これ。『揺らぐ緋色』」


 彼が取り出したのは、図書室で初めて読んだ本だった。


「どうして?」


「ええと……終盤に出てきた『血を数えて人は痛みを知る』っていう言葉が印象的で」


「そうなんだ」


 少女は澄ました顔で彼の顔を見ながら一歩、また一歩と近づいてきた。


 そして、互いの息をする音が聞こえるまで近づいてから、彼が持っていた本をそっと取った。


「私も好きよ」


「っ……そう、なんだ」


「うん、大好き」


 彼女の本をぎゅっと抱き締める様子や「好き」という言葉に顔を赤らめながらも、彼女も同じ本を好いてくれていることが嬉しかった。


「ねえ」


 少し間を置いてから少女が言う。


「……何?」


 チェリードが視線を逸らしながら聞くと、少女は一歩下がって前屈みになりながらこう答えた。


「勉強、教えてあげる」



 それから一週間、ほとんど生徒がいない放課後の図書室、彼は付きっ切りで勉強を教えてもらった。


 可憐な少女の名前はハーネム・ウェディン。どこか掴み所のない彼女からは不思議な印象を受ける。


「ここ、公式を使わないとだめよ?」


「そ、そっか。この問題はこれじゃないと解けないな」


「そう、それでいいの。フフ」


 ハーネムは見た目からは想像できないほど勉強ができ、それでいて教えるのも上手だった。一日二時間程の勉強で、一週間分の授業を完璧に理解させるほどの学力を彼女は持っていた。


「いい? 攻撃できる魔法が攻撃魔法。攻撃できない代わりに種類が豊富なのが特殊魔法」


「あ、あぁ……さすがにそれぐらいは」


「じゃあ〈衝撃波(クレッシャート)〉は?」


「えーと……攻撃魔法か?」


「ざんねーん。特殊魔法だよ」


 ただ一つ、チェリードが困っていたことがあるとするなら、やけにボディタッチが多いことだろうか。ハーネムはことあるごとに顔や体をくっつけてきたり腕を絡めたりする癖があり、それのせいで時々集中できなかったことがあった。


 それでもなお、彼女の教え方の上手さは感服するほどのものだった。結果的に、この一週間で彼は次の試験の範囲を全て網羅することができたのだ。


 まさかここまで順調に勉強ができるとは思ってもみなかったチェリードは、テスト前日伝えきれないほど感謝をハーネムに伝えた。


「ハーネム、一週間本当にありがとう! おかげで次の試験は頑張れそうだ」


「それならよかった」


「ほんとに、感謝してもしきれない」


「試験、頑張ってね」


「あぁ!」


 そう言ってチェリードは真っ暗になりそうな図書室を出ようとした。


 ここで彼は一つ聞きそびれたことのを思い出し、振り向きながら彼女の名を呼んだ。


「あ、ハーネム? 俺一つ聞きたかったことが――――」


 しかし、図書室にはもう誰もいなかった。


「あれ? ハーネム?」


 一応図書室をくまなく探したが、人の気配が一つない図書室にはもう誰もいなかった。


「おーい! かくれんぼでもするつもりかー?」


 不思議な雰囲気を醸し出すハーネムなら試験前日に遊ぶかもしれないという勝手な予想を立てたチェリードは冗談ぽく喋るが、そこにはもう誰もいなかった。


「おーい! ハー…………」


 またチェリードが彼女の名前を言おうとした時、頭の中から何かが零れ落ちた。


「あれ? あの子……誰だっけ?」


 さっきまで覚えていたはずなのに、彼はもう彼女の名前を忘れていた。


 まるで彼女の名前を覚えていた記憶が誰かに抜き取られた気分になった彼は、勉強を教えてくれた少女の名を必死に思い出そうと頭を捻るも、抜き取られた記憶を探すのは不可能である。


 更にチェリードは、絶対に忘れてはいけなかったことも記憶から剥がれ落ちてしまった。


「あれ…………この一週間何してたっけ」


 ついに彼は一週間の出来事も忘れてしまった。また記憶を抜き取られてしまった気分に陥るも、結局何を思って振り向いたのかさえわからないまま、日が沈みきった帰り道を一人寂しく歩いた。



 …………明日は待ちに待った試験。なぜか記憶に刻み込まれた試験勉強の内容を頭の中で復習しながら、チェリードは明日に向けて早めに寝ることにした。

 ハーネム・ウェディン

 固有能力「?????」

 図書室によくいる可憐な少女。紫色の髪と目が特徴的で、ハスキーボイスも相まって不思議な印象を植え付けている。普段は口数が少ないが、気に入った相手にはよくボディータッチをしてくるなど、あざとい一面がある。

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