第40話「その後、亜怪」
亜怪を倒してからというもの、特にこれといった異変は起きず、穏やかな学校生活を送っていたチェリードだったが、いまいち納得できない部分があった。
(結局、亜怪は何だったんだ?)
天国にいる神様はかつて、亜怪は妖怪のようなものと言っていた。元は別の世界にいたらしく、ひょんなことからこちらの世界に来たとのことだが…………
(なんにもわかんないんだよな、あいつのこと。そもそもあいつはどういう生き物で……いや、生き物なのかすら怪しい)
「亜怪」という存在そのものが謎に包まれているがために、最近の彼の脳内はそればっかりを考えるようになっていた。
そんな亜怪の謎を少しでも解くため、どこかに亜怪にまつわる資料が無いかと、チェリードはとある平日の放課後、学校にある図書室を訪れた。
実は初めて図書室に行くことになった彼が室内に入った時に抱いた印象は「どこか見覚えがある景色」であった。
よく似ている。転生前、高校にあったあの図書室によく似ている。
入って右側にあるずらりと並んだ本棚、その手前に並んだ大きな長机と椅子、そして左側に見えるカウンターの奥で本に夢中になっている…………
「あ、チェリード君……」
本を読んでいたのはメロだった。チェリードに気づくと本を静かにカウンターに置き、小さく手を振り微笑んだ。
「お、メロ。図書係だったんだな」
ここで言っている「係」というのは、現実世界でいう「委員会」に当たるもので、図書係は主に図書室の本の整理や受付を行う係のようだ。
「珍しいね。ここに来るなんて……」
意外な来客にメロが不思議がっていると、チェリードは本棚の方を見ながらこう言った。
「あの日のことが気になってさ」
「亜怪……だっけ?」
「そう」
思い返せば、亜怪が現れた日から既に二週間も経過している。
散々亜怪に苦しめられたチェリードと比べれば、一日限り、それもほんの一時間にも満たない時間しか見ていない亜怪の存在をメロが忘れるのも無理はない。
「なんかこう、オカルトっぽい感じの本が置いてあるところってどこかわかる?」
神様が「亜怪は妖怪みたいなものだ」と言っていたのを思い出しながらチェリードはメロに聞くと、メロはカウンターから見て左斜めを指差した。
「確か、怪奇系の本はあそこに……ほら、部屋の一番隅にある本棚」
「怪奇系」と称されたジャンルの本が置いてあるのは、図書室を入って右奥、部屋の端に位置する本棚だった。その本棚には遠くからでもわかるくらい異質な雰囲気を放つ本が置いてあるのがわかる。
「そっか、ありがと」
チェリードはメロにお礼を言い、早速その本棚に向かった。
本棚の目の前に着いたチェリードは、亜怪に関連する本がないか上から一つずつ背表紙を確認していくと、一つ、奇妙な本を見つけた。
ボロボロになった表紙には「怪々奇典」と書かれており、その異質さに読まずにはいられなくなった彼はその本を手に取りその場で読み始めた。
その本にはこの異世界に存在する怪奇現象やおぞましい話が載っており、比較的有り得そうな話からあまりに現実離れしすぎているものもあった。
(うーん……表紙はそれっぽかったのに、内容は全然だな)
まるで都市伝説を聞かされているような気分になりながら、チェリードは一枚、また一枚とページをめくっていった。
ついに終盤に差し掛かった二九三頁、次のページとその次のページが無理矢理くっついているのに気づいたチェリードは、破らないようにそのページをゆっくり剥がした。
そしてチェリードが剥がしたページを開こうと本に触れた時、彼の背筋に冷たい風が通った。
「……!」
本能が、「今すぐやめろ」と言っている。
ページを開く手が固まって動かない。これから見ようとしているそれを警戒しているのか、氷のように固まって動かない。
本を取った時から感じていた嫌な予感がより一層強まったのを感じた彼は本を元に戻そうとした。
しかし、そんなチェリードを引き戻す一つの力が、本棚に戻そうとする彼の手を止めてしまった。
(ちくしょう……なんか逆に見たくなってきた)
好奇心が、ページの中身を見せようとしてきたのだ。
人は好奇心を前に無力である。それがたとえどんな危険を冒していようと、好奇心はその危険を無視し、人の心を突き動かすのだ。
そして、彼もまあ好奇心に突き動かされた一人となった。
「は………………」
目に入ってきた、五体の異形。その中には、あの時の化け物がページの左上に載っている。
ページの見出しには、「亜怪」と書かれていた。
「亜怪……『かつて、幽霊と関わりがある人物がこの地にもたらした災いの怪異。数百年ほど前に全ての亜怪を封印されたらしいが、それが今もなお続いているかは定かではない』…………どういうことだよこれ!」
ここで明かされた衝撃の事実にチェリードはただ唖然とする他なかった。続きが気になった彼は更に読み続ける。
「『狂日無史』……『特定の日にしかない特別な事柄を好む亜怪。主に星空や祭などの行事を好み、もし狂日無史に巻き込まれると同じ日を永遠に繰り返すこととなる』……これってやっぱあいつのことか……」
左上に描かれた亜怪の説明文を読んでみると、やはりあの時チェリード達を苦しめた亜怪に違いなかった。
そして他の四体の亜怪の情報を読み終えた後、ページの隅っこで見つけた一つの文章がチェリードを絶望に打ち付けた。
『※なお、もし一体でも亜怪に遭遇した場合、その他の全て亜怪も含め、遭遇した人は亜怪を消滅しない限りその災いに苦しめられるだろう……』
「見つかりましたか……?」
「うわっ!」
突然後ろから話しかけれてびっくりしたチェリードは咄嗟に本を閉じた。話しかけてきたのはメロのようだ。
「チェリード君……どう、だった?」
「いや~やっぱ見つかんないかな~、あはは」
もしメロもあのページを見たら大変だと思ったチェリードは嘘をつくことにした。
「やっぱ謎が多すぎるから手がかりがなくて……」
そう言って本を本棚にそっと戻したチェリードは、本からメロを離すようにカウンターの方へ向かいながら歩いた。
「そっか……それは、残念だったね……」
「まあ……いいってことよ! それよりさ、怪奇系? だっけ? 結構面白いね」
「あ、わかります……!?そうなんですよ。意外と読むと面白いのが多くて…………」
それから、二人はオカルト系の本について少し話し合った。
(メロがあの本を読まないといいんだけど……)
そんな不安を抱えながら話していると、だんだん外の景色が暗くなり始めた。
そういえば図書室にかなりの時間いたんだなと、本を読む時の自分の集中力に驚かされる。
「――――あっ、もうこんな時間」
「そろそろ帰るか」
「はっ、はい!」
こうしてチェリードとメロは二人で帰ることにした。
(最後のあの文章。あれは本当なんだろうか……)
メロと帰っている間もそれだけが気になって、彼女との会話をまともにできなかった。
そんな様子を見たメロが心配して声をかけるが、他の人に迷惑をかけたくない彼は作り笑顔で「大丈夫」と答えた。
この事は、自分だけの秘密にしよう。
彼女との会話を交わしながらそう誓った彼は、しばらく亜怪のことについて言及するのを止めようと決意した。
纏わりついた悪寒は、まだ消えない。




