第38話「退治、亜怪 Ⅲ 」
「さっき、君は同じ日付を繰り返してるって言ってたよね」
師匠の両腕を持ち上げながら、デセリンはチェリードの方を向いて近づいてきた。
だらだらと血が垂れ続ける腕を平然と持っているデセリンを見て戦慄したものの、チェリードはうんと頷いた。
それを見たデセリンは納得したような顔をした後、次のように言った。
「僕が推測するに、亜怪は今日にしかない『何か』を繰り返し体験したり経験したいから、こうして何回も繰り返しているんじゃないかな」
一発で説明が理解できないチェリードは頭にハテナを浮かべながら聞き返した。
「ん? 今日にしかない『何か』? どーゆーこと?」
「要するに、君たちは亜怪に巻き込まれてるだけってこと」
「はぁ? もっと意味わかんないんだけど」
デセリンが付け足して説明するが、彼はその意味が理解できないようだ。それを見かねて、デセリンはより詳細に説明し始めた。
「実は、僕は起きた時に、視覚を共有する魔法、〈眼共有〉で師匠の視界を見ていたんだ。その時に見た亜怪の行動が気になってね」
デセリンは説明をしながら彼と共に部屋を移動し、外にいる師匠が見える部屋に向かう。そして、チェリードの部屋に着いたデセリンは、割れた窓から見える師匠とメロを指差し、さらに説明を続けた。
「ほら、ああやって無防備で回復してるのに、亜怪は二人を襲わないだろ?」
「確かに……師匠がやられた時、あいつ俺を襲ったりしなかった」
「そう、亜怪はあくまで、僕たちが敵対したから攻撃しただけなんだ」
更に二人は部屋を移動し、今度は武器や防具が乱雑に仕舞われている物置に向かった。
「となれば、亜怪の目的は僕らじゃなくて、わざわざ日付を戻すほどの『何か』がそこにあるからだと思う」
そして、デセリンはおもむろに腕を置き、槍がたてかけてある棚の扉を開け、その中に入っている一つの槍を取り出した。
取り出したのは、先程まで師匠が使っていた鉄製の槍である。その証拠に、槍の所々が凍っているのが見える。
「それって、師匠の……!」
「そう。師匠の様子を見る限り、多分『昨日あった場所に戻す』というやり方で自分を邪魔するものを排除しているんだと思う」
「すげえ……急に師匠の腕とか先生が消えたように見えたのは、昨日の同じ時間にあった場所にワープさせたってことか…………やっぱデセリンは頭良いな」
デセリンの考察の深さに思わず彼は関心していた。最初こそ印象があまり良くなかったが、彼の言っていた「なんでもできる」という言葉は本当だったのだなと改めて実感していた。
早速師匠達のところへ行こうとするチェリードだったが、それに対してデセリンはどこか納得していないような様子だった。
「どうした? デセリン?」
デセリンは師匠の腕と槍を左脇に抱えたまま、右手を顎に当て考え込んでいる。
「いや、今の推測で合っていると思うんだけど…………理由がわからないんだよね。理由が」
確かに、亜怪のしたい行動はわかったがその理由がわからないままだ。デセリンはそれがどうしても気になるようで、その場から動こうとしない。
「理由? そんなのどうでもいいから早く行こうぜ」
「いや、でもそれがわかれば――――」
急かすチェリードを無視し、デセリンは座り込もうとしていた。彼には、考え事をする時に腰を落とし座り込む癖があるのだ。
しかし、そんな悠長なことをチェリードが許すわけがない。
「そういうのいいから早く外行くぞ」
「あぁちょっと待ってよ今考えてるんだか――――」
「師匠の腕治す方が先だ」
「わかったよ……」
デセリンの腕を無理やり引っ張り、なんとか彼を動かせたチェリードは、そのまま師匠達のいる庭へと向かった。
そして、庭に着くと、メロは師匠の腕の止血をしながら回復魔法を使い、落下時にできた傷を癒していた。師匠も意識を失っていただけで死んでいないようだ。
なお、依然として亜怪は空を見るばかりである。
「あ、二人とも来てくれたんですね……」
「はいこれ、師匠の腕」
そう言ってデセリンは抱えていた師匠の両腕をメロに渡した。
「あ、ありがとうございます……」
メロは両腕を受けとると、それぞれの腕を横たわった師匠の両側に置き、背中に装備していた杖を手に持ち、回復魔法を発動した。
「〈再接合〉」
彼女が唱えた魔法は、切断された体の部位を接合させるものである。
彼女が〈再接合〉を唱えると、それまで一ミリも動かなかった両腕が地面からほんの少しだけ浮き、徐々に体の方へと移動していく。
そして、肩と腕が接した時、緑色の光が辺りを包み、ゆっくりと切断面が元通りになっていき、やがて師匠の腕は傷一つ残らずに治った。
「……はい。これで元通りです」
「すげえ……」
現実ではありえないような光景を目の前で見せられたチェリードは、接着した腕を見ながら感嘆の声を漏らした。
そして同時に、師匠の意識も戻ったようだ。
「……どうやら情けない姿を見せちまったようだね」
師匠は三人の顔を見てから、苦笑いしながら頭を掻いた。
「「「師匠!」」」
三人は師匠の復活を喜び、思わず笑顔が溢れる。それを見た師匠もまた、笑顔になっていた。
「よーし」
全快した師匠は元気よく飛び起き、隣にあった槍を取って、今にも戦いだしそうな態勢で亜怪と対峙した。
「さっきは油断したけど、次は負けないよ!」
そして、師匠は魔法で生み出した電気を槍を纏わせ、力強く踏み込んで構えの姿勢を取った。その構えからは、先程、亜怪に負けた悔しさと怒りを感じる。
「待ってください」
今にも亜怪に向かって飛び出しそうな師匠の真ん前に立って止めようとしたのはデセリンだった。
「どうしたデセリン! 早くそこをどきな!」
突然行く手を阻んだ彼に苛立ちを覚える師匠であったが、
「ダメです! 亜怪は普通の敵じゃありません!」
何かを察し、彼のその言葉を聞いた後構えを解き、槍を地面に地面に突き刺した。
「何か理由があるんだね」
「はい」
「よし、説明してみな」
そうして、少し前にチェリードに話した説明をもう一度、わかりやすく二人に説明した。
説明を聞いた二人はすぐに理解できたようで、チェリードは内心(自分にもそのわかりやすい説明を最初にしろ)と思っていた。
「――――大体わかったよ。つまり、下手に手を出すと殺られるから攻撃するなって言いたいんだろ?」
「そうです」
頷いたデセリンを見て、四人は一斉に亜怪の方を向いた。
チェリードを吹き飛ばしてから現在に至るまで、空で静止する亜怪。チェリードは自然とその亜怪の様子を眺めていた。
デセリンが悩んでいた「亜怪が『今日』に拘る理由」が何か、彼自身も不思議でたまらなかったのだ。
「結局、亜怪のしたいことはわからないまま。それさえわかれば解決方法が見えてくるんだけど……」
地面を見ながら座り込んで熟考するデセリンとは対称的に、チェリードはただ真っ直ぐ亜怪を見つめていた。
すると、ふとメロがこんなことを言い出した。
「今日って、こんなに星が綺麗に見えるんだね……」
そう言われて改めて空を見ると、それはそれは綺麗な満天星空が広がっていた。雲一つない夜空には、煌めく星々が無数に散らばっており、それはあまりに美しく、全てがちっぽけに見えるほど壮大な景色だった。
「ほんとだ……」
都会育ちの彼は今までこれほど素晴らしい星空を見たことがなく、感動して涙が出そうになるほどだった。
「すげえきれいだ…………」
「こんなに見えるのはあんまり見たことないな」
そして、しばらく星空を眺めていると、チェリードはあることに気づいた。
「もしかして、あいつも……」
「ん? どうした、チェリード」
ボソッと呟いたチェリードにデセリンが聞くと、何かを確信したような口調で彼に言った。
「あいつも! あいつも星が綺麗だって思ってんじゃないか?」
「えぇ? あれが? いやそんなわけ……」
全く信じてないデセリンを納得させるため、チェリードは亜怪の目を指差した。
「ほら! 見てるじゃん、星!」
「まあ確かに見てるけど…………そんな単純な理由じゃないよ」
呆れた顔をする彼は信じようとする気配がない。自分の考えを否定された気分になったチェリードはムッとなりつつ、こう提案した。
「とりあえず、星が見えなくなるような……天気を変える魔法を試してくれないか?」
「そういうのは自分で――――」
「いや、俺魔法一切使えないから」
「そういえばそうだったね……」
どこか諦めた様子なデセリンは溜め息をついた後、チェリードに言われた通り、天候を変える魔法を繰り出した。
「〈曇天〉」
魔法を唱えると、満天の星空が瞬く間に雲に覆われ、月明かりに照らされていた地上は一瞬にして暗闇へと変貌した。
亜怪はそれでも尚、空を見続けていた。
「……ほら、やっぱり何も」
何も起こらないことに対してデセリンがまた溜め息をついたが、何かを察知した師匠が突然構え始めた。
「待て、何かおかしい」
亜怪の方を見てみると、まだ空を見ていたが様子がおかしい。それは空を見ているというより、まるで星が見れなくなったことにショックを受けて固まっているようにも見える。
それだけではない。暗がりで良く見えないが、微かに震えている。これもまた、星が見れなくなったことに対する怒りからだろうか。
そして、体の震えはだんだんと激しさを増し、ついに、
『アアアアアアアアアア!!』
亜怪は咆哮を上げ始め、怒りに狂いながら荒ぶった腕を鞭のように伸ばしながら四人に向かって放った。
チェリードの予想は、たった今、確実なものへと変わった。




