第3話「初めての学校」
「学校?」
チェリードはローディに聞き返した。
「そう、学校だ。リドも学校、行ってみないか?」
学校。
それは学舎。
仲間と関わりを持ち切磋琢磨しながら、勉強に、運動に、部活に、様々な経験をしながら、大人になるために必要なことを学ぶ場所。それが、学校。
(転生する前の世界にはもちろんあったけど、まさかこの異世界にもあるなんて)
チェリードはこの世界にも学校があることを初めて知った。彼は異世界の学校について考察をしてみることにした。
(となると、やっぱり習うのは魔法なのかな? でもこの世界にも歴史とか数学はあるのかな? 体育とかは武器の練習とかになるのかな? いやそれとも……)
考えれば考える程妄想が膨らむ。「学校」という単語だけで様々なことが考えられるのだから学校はすごいな、と少年は少々おかしな観点だが感心していた。
しかし、
「いやー……いいかな」
なんとチェリードは断ってしまった。
「「え~~!?」」
ケネルとリーナは予想もしない返答に思わず声をあげてしまう。
「な、なんで!? なんで断っちゃうの!?」
「そうよ!! だって……ほ、ほら! 学校に行けば友達だってできるし、魔法とか使えるようになって楽しいわよ!?」
確かに学校に行けば友達ができるかもしれないし、「魔法」についても学べることだろう。断る理由なんてないはずだ。
だが、彼は何か引っかかっていた。まるで学校に行くのを拒むかのように。それが一体何なのか、チェリード自身よくわかっていなかったが、「学校」という言葉を聞いたときに、一瞬悪寒を感じた気がするのが忘れられない。
「うーん…………なんか、こう嫌な予感がするんだよね」
「嫌な予感?」
リーナがポカンとした顔で聞いてきた。
「うん。また何か起こるんじゃないかって」
「また?」
「………………」
自分でもなぜ「また」と言ったのかわからなくなってしまい、黙りこんでしまう。
「と、とにかく!」
場を仕切り直すようにしてケネルが手を合わせて言った。
「何か行動を起こさないと何も始まらないし、とりあえず学校に行きましょ?」
「――――うん、わかった」
チェリードは悩みながらも渋々承諾した。「行動しないと何も始まらない」というのは確かにそうだと納得した。
ケネルは笑顔で「それならよかったわ」と言った。
「まあ、とりあえず早速準備しようか」
ローディが腕を捲りながらチェリードに呼びかけると、
「あ、うん」
と返答して、ローディの元へと近づいた。
それから、ローディとケネル、そしてチェリードの三人で、学校に編入するための手続きを進めた。
この世界の学校は日本と同様義務教育らしく、彼が断ろうが断らなかろうが、結局のところ行かざるを得なかったようだ。
リーナも数ヵ月前に編入という形で学校に行っていたこともあり、編入手続きはスムーズに進み、数日で終わった。
――――一通りの編入手続きが終わって学校に行くための準備をしている最中、母はチェリードに質問した。
「ねぇ、リド君。前の世界には学校はあった?」
「うーん……あったけど……この世界の学校はどういう感じなの?」
「じゃあ、私がイチから説明するわ!」
そう言ってケネルは学校のことについて丁寧に説明してくれた。
まず、学校でやることは三つ。一つ目は勉強。二つ目は魔法。三つ目は戦闘訓練よ。
一つ目の勉強、これは主に、文字の勉強とか、歴史の勉強、計算の他にも、魔法や戦闘においての知識も勉強するわよ。
二つ目の魔法、これはやることは二種類あって、一つはさっき言った魔法の知識について。もう一つは実践練習ね。魔法は数えきれないほどあるから、その中でも一般的な魔法の名前や効果を授業を通して覚えるの。そこで覚えた魔法を実際に使えるようにするのが実践練習ね。
三つ目の戦闘訓練、これはシンプルに体術や武器の扱い方を体を使って学んでいくの。人にはそれぞれ得意な武器、苦手な武器があるから、それを確かめるのが戦闘訓練の目的でもあるの。
基本的に、午前中は勉強、お昼を挟んで午後は魔法の実践練習か戦闘訓練。まあこんなところかしらね。
ふぅ~、と一息ついてから、
「学校について、大体わかった?」
とチェリードに聞くと、
「うん。わかった」
と彼は答えた。
そして母はにっこりと笑って、
「そう! じゃあ、これから頑張ってね!」
と言って、学校に行くための準備を再開した。
「――――そういえば、二人は普段何やってるの?」
思えば彼は両親の職業やどんな仕事をしているのか知らなかった。気になった彼は二人に聞くと、
「そうだね…………まあ、ここら一体の森の管理をしているかな」
「私も同じよ。でも最近はお父さんに任せっきりなのよ~」
「…………たまには手伝ってくれてもいいんだが」
「嫌よ~。だって疲れるじゃないの~」
「二人でやれば疲れないと思うんだがな」
「フフフ、確かにそうね」
両親の仕事は森の管理人だった。恐らく森の魔獣の討伐や見回りを行っているのだろうと彼は考えた。
それにしても、二人は楽しそうに話していた。それを見て彼は、
(二人とも仲良さそうだな~)
と微笑みながら、学校の準備を続けた。
~数日後~
――――ついに、ついにこの日がやってきた。
ついに登校する日が来てしまった。胸の高鳴りが抑えられないのをひしひしと感じながら、玄関のドアをゆっくり開けた。
父と母が手を振りながら
「いってらっしゃい」
と見送ってくれた。チェリードは、
「いってきます」
と言い、それから学校へ向かう道を一歩一歩、踏みしめながら歩いていった。
新しい世界での勉強、新しい世界での友達、そして「魔法」……彼にとって新しいものがたくさんあり、それらは彼の期待を高めていた。
そして同時に、あの時感じていた悪寒が忘れられなかった。あの時の嫌な予感が頭をよぎり、一瞬足が止まった。
だが、今さら引き返すわけにはいかない。複雑な心境のまま歩みを進めていった。
「――――ふう、やっと……ついた!」
途中で迷いながらも学校へと向かっていき、塀の上から見えたのは、チェリードが目指していた学校だった。
ついに、学校に着いた。
奥の方に見える校門に向かって歩いていると、校門近くには、快活元気な女性が大きく両手を振りながら待っていた。どうやら先生のようだ。
「お~~~い!!」
先生が大きく手を振りながら大声で呼んでいたので、彼も手を振って返した。
「あなたが編入生のチェリード君ね! 私はライナーズ・クルッテ。ライナー先生って呼んでね!」
彼が先生の元へ駆け寄ると、先生は明るく自己紹介をした。第一印象は「元気ハツラツ!」といった感じで、明るくて楽しそうな先生だ。
先生の名前はライナーズ・クルッテ。黄色い髪色のショートヘアーに童顔、身長も相まって高校生ぐらいに見える小柄な人だ。
「チェリード・ドブライです。これからよろしくお願いします」
彼も名前を名乗った後に丁寧にお辞儀をし、
「こちらこそ!」
と握手をして、彼女との挨拶を交わした。
「オルタール王国立学童教育校」。
チェリードはこの世界に来たとき、異世界の人と会話をすることはできたが、字は全く読めなかった。だが準備の時に、父が出していた学校名がそれだったので、きっとそう読むんだろうと解釈した。
校門に刻まれた文字を横目に、彼は挨拶をした後、校内へと連れていかれた。
異世界の学校と言っても、彼が思っている程そうガラリと見た目が変わるわけではなかった。外装はレンガ造りの綺麗な外装に、道沿いにはビシッと整った花壇、校門まで続く道の途中には校長であろう人の銅像…………どれも異世界らしくないものだと感じた。彼は予想とは違う学校の有り様に味気ないと感じていた。きっと「異世界らしいもの」を期待していたのだろう…………
校内に入ると早々、先生が彼の手を引っ張りながら教室に向かった。先生の話によると、これから行く教室でみんなに挨拶してから、一緒に校内を案内してくれるそうだ。
(ああどうしよう……大丈夫かな。心の準備がまだなんだけど…………)
教室に近づくにつれ、繋がっている手のひらから汗がじんわりと染み出しているのがわかる。そして同時に鼓動が速くなっていく。
教室が迫ってくる。コツコツとなる足音がより大きく、より鮮明に聞こえる気がした。
「じゃあ、ここで待っててね。」
そうチェリードに告げて、先生は勢い良く扉をバタンと開け、中に入っていった。
…………
…………
先生の喋っている声が聞こえる…………
…………
…………
…………
ガラガラッ!
「うわあっ!!」
(ビ、ビックリしたぁ……)
急にドアの勢いよく引く音が聞こえてきて、思わず声が裏返ってしまった。
「はいっ! じゃあ入ってきて!」
「は、はい!」
チェリードは裏返ったままの変な声で返事をし、一歩一歩慎重に歩き教室に入っていった。
「――――はいっ!! じゃあ早速自己紹介してもらおうか!!」
(あー!! 緊張する……!!)
高鳴る気持ちを抑えるために一度深呼吸をした。そして、
「チェリード……ドブライです。リドって呼んでください。これからよろしくおねがいします」
とごくごく普通な自己紹介をした。
ヒソヒソ……ヒソヒソ…………
クラスメートのヒソヒソ話がとても怖く感じつつも、先生が、
「はい!ありがとね!!」
と言ってくれた。先生の声で少しざわついていたクラスがシーンとなったのを見て、チェリードはこの先生の信頼度がどれほど高いのかがわかった。
「と、いうわけで! 私とチェリード君は学校案内するから、みんな静かに待っててね~!!」
「「「はーい!!」」」
みんなの揃った声を背中で聞きながら、先生とチェリードは教室を後にした。