第30話「次の日……? Ⅳ 」
リーナと一緒に師匠の家に帰ってきた時には、既にデセリン、メロ、ジェイルの三人は特訓の準備をしていた。
「あ……お帰り、二人とも」
「「ただいまー!」」
お帰りと言ってくれたメロに元気よく返事をした後、二人は急いで各々の部屋に戻り特訓の準備をした。
そして、準備が終わった二人が庭に行くと、既に特訓開始の五分前程であった。既に師匠も来ており、何やら準備をしている様子だった。
「お、全員揃ったかね」
師匠がそう言うと、手をはたきながらこちらに向かって歩き、五人の弟子に向かって今日の特訓の内容について話し始めた。
「今日は個人対個人で戦ってもらう。いわゆるタイマンってやつだ。これから二人一組のペアになってもらうよ」
今日の特訓はかなり実践的なものだった。昨日はただ技を受けるだけだったので、こういうしっかりとした戦いをするのは、チェリードにとっては嬉しいものだった。
(ん……? 「今日は」…………?)
チェリードは一瞬忘れかけていた。帰り道でのことが楽しすぎてうっかり忘れるところだったが、「昨日」がまた繰り返されているこの状況下で、「昨日」と違う出来事が起こるのは明らかおかしいのである。
「ん? あれ? ししょ――――」
「とりあえず……そうだね、チェリードとジェイル、リーナとデセリンで組もうかね。メロは四人の動きを見ておくれ」
しかし、チェリードがそれに気づいて師匠に聞こうとした時、運悪く師匠の言葉に遮られてしまった。
「おい、さっさと行くぞ」
「うわっ!」
更に、突然ジェイルに腕を引っ張られながらどこかに連れて行かれたため、師匠に聞き出すタイミングを失ってしまった。
「(まじかよ…… これじゃあさっきのこと聞き出せねえじゃん……)」
「何か言ったか?」
「いやー何も?」
この間、ジェイルは容赦なくチェリードの腕をがっしりと強く握っていた。
――――――――――――――――――――――――
チェリードが連れてこられた場所は、至って普通な草原だった。家からはおよそ五分ぐらいで着いたのだが、大きな木がただ一本ポツンと立っていた。そしてその木の枝には木製の看板が掛けられていた。
「えっと……『この地……私有地により……何事の……使用を……許可する』……?」
看板の文字が少し薄れていたものの、チェリードがそれを読み上げると、後ろからジェイルがやって来てこう言った。
「ここは師匠の土地だ。だから、基本何をやっても何も言われん。例え爆発が起きてもな」
「そうなのか」
「…………じゃあさっさとやるぞ」
「はいはい」
ジェイルの呼びかけにチェリードの少しだけ気だるそうに答えると、彼は苛立ちを見せながら舌打ちをした。
「………………」
チェリードはそんな彼の様子を見て、
(なんであんなに俺が嫌いなんだ?)
とただ不思議に思うだけだった。
この広大な草原の一部で、両者が互いに向き合い戦闘の準備が終わった。
「ルールは簡単だ。相手を気絶させるか瀕死にするかどっちかすれば勝ちだ。いいな?」
「わかった」
そして、静寂が草原を刹那に過ぎ去り…………
「じゃあ……始めるぞ!」
二人の戦いが今、始まった。
掛け声と共に動き始めたのはジェイルだった。
固有能力「鎖操者」によって、彼の背中から鎖が翼のように生え、その内の数本がチェリード目掛けて飛ばした。
チェリードは「防御壁」でそれらを防ぎつつ、様子見のためにジェイルから距離を取った。
(さあ……ジェイルはどう動く?)
チェリードが距離を取ったのを見て、ジェイルは右手を前に突きだし、〈初級炎魔法〉を唱えた。それと同時に、二本の鎖をバネのように使い上空へと飛び上がった。
チェリードは彼の攻撃の仕方を推測した後、自身に向かって飛んでくる火の球を「反射壁」によって真上に跳ね返した。上空に飛び上がったジェイルに当てようという至ってシンプルな考えである。
すると、ジェイルは空中で自分の体を回転し始めた。そしてその慣性によって鎖も同じく回転を始めた。鉄の鎖が渦巻き状に回転する様はまるで竜巻のようだ。
鉄の竜巻が重力に従ってだんだんと落ちてくるのを見て、チェリードが後ろに避けると、着地したジェイルは、回転する鎖に隠すように潜ませていた一本の鎖を矢のように鋭く飛ばした。
意表を突かれたチェリードは焦って「反射壁」を展開し飛んできた鎖を跳ね返そうとするが、鎖の先端は鏃のような形状をしており、その鋭利さに反射壁が反射することができなかった。
(これでも……食らえ!)
ヒビの隙間から見える彼の闘争心に怯んだチェリードは、今すぐに攻撃を防がねばという思いが強くなっていた。
(うおおおお!! 防げえええ!!)
その時、チェリードの目が一瞬燃えたような橙色に染まった。
彼は、咄嗟の必死で「防御壁」を二枚重ねて展開した。今まで出来なかった壁の重ね置きに互い驚いた表情を見せつつも、ジェイルは「防御壁」を横に避け回り込もうとした。
しかし、チェリードはこのチャンスを見逃さなかった。ジェイルが彼から右に出てきたのを確認して、一気に接近した後、「反射壁」を展開しながらジェイルの腹を狙って殴りにかかった。
「オラァッ!!」
ジェイルは自身を覆うように鎖で防いだが、勢いの乗った「反射壁」は彼を大きく後ろへ吹っ飛ばした。
「くっ……!!」
吹っ飛ばされた先にあった木に衝突したジェイルは悔しそうな顔を浮かべていた。
ジェイルより先に一撃を入れたチェリードは、その勢いのままにもう一撃を叩き込もうと、姿勢を崩したジェイルに向かって走った。
(くそ……押されてたまるかッ!)
ジェイルは迎撃しようと〈初級炎魔法〉を打ったが、チェリードが元々展開していた「防御壁」に呆気なく防がれてしまい、二人の戦いは接近戦へと持ち込んだ。
「なあっ! なんでそんな俺のこと嫌ってるわけ!?」
両者譲らぬ激しい鬩ぎ合いの中、戦闘中なのにも関わらず、チェリードは今まで気になっていたことを質問した。彼は、なぜジェイルがあそこまで自分を嫌っているのか、まだ理解してなかった。
「ッ! 忘れたとは言わせないぞ!」
ジェイルは驚愕した様子で聞き返した。
「はぁ!?」
とチェリードが言うと、ジェイルは鎖での攻撃を強めながら、気迫に満ちた口調でこう言った。
「森林実習の時! わけもなくお前は仲間に攻撃してたじゃないかッ……」
「はぁ? だから! あれは俺じゃ――――」
「そんな言い訳は要らない」
チェリードの弁解を聞かず、ジェイルは怒りに満ちた表情で言い放った。その凄みにチェリードは一瞬怯みそうになった。
「俺は……人を傷つけたお前が、何の反省もせずにのうのうとしているのが気に食わないんだ!」
ジェイルは苛立ちを露にしたままそう言い切ると、一本の鎖を別の鎖で断ち切り、その鎖を魔法で剣へと変化させた。
網目状になっている刃が目の前に振りかかる。チェリードはそれを「防御壁」で防ごうとするが、その威力は想像以上のものだった。怒りのこもった剣は、いとも容易く壁をバラバラにしてしまった。
そして、刃の先はチェリードの服を微かに掠り、あと一センチ深ければ胸に傷を負うところまで来ていた。
「ぐっ……!!」
間髪入れず斬りかかってくるジェイルに多少の恐怖を覚えつつ、咄嗟の判断で倒れたフリをして、大きく振りかぶったところに、鳩尾の辺りを蹴った。
よろけたところに「反射壁」で叩こうとしたチェリードだが、背中の六本の鎖に守られてしまった。
更に、鎖に守られて見えなくなったジェイルの手のひらには、稲妻走る電気の塊が浮いていた。〈中級雷魔法〉だ。
「!?」
(まずい……!!)
「いけっ! 〈中級雷魔法〉だ!!」
壁を展開する暇も無く、雷の魔法弾は彼の体に命中した。
「はあ…………はあ…………」
おおよそ一万ボルトに及ぶ電圧を受け、チェリードの体は麻痺していた。服の前側は体の守る代わりに焼失し、手足は麻痺のせいで動かすことができなかった。
王手をかけられたチェリードに、ジェイルがとどめの一撃を刺そうとしたところで、
「終わりだよ」
何処からともなく師匠が現れ、鎖の剣を素手で止めた。
「「!?」」
突然の登場に二人が驚いていると、師匠は今の試合内容について話し始めた。
「今回の対決はジェイルの勝ちだね。序盤はチェリードが押していたとはいえ、とどめを刺されちゃおしまいよ」
「は、はぁ…………てか、どこで俺らのこと見てたんですか?」
チェリードが師匠に聞くと、師匠は空中を指差した。指を差した先には宙に浮いたメロがいた。彼女は後ろを見ているようだ。
「あそこで観戦してたんだよ。ここの反対側にはリーナとデセリンがやり合っててね」
どうやら、ここからは見えないところで二人が対決していたようだ。大木の存在もあって、反対側の様子がより見えなくなっていた。
後ろを向いていたメロがこちらに気づくと、ふわふわと浮遊しながら降りてきた。
「二人とも……お疲れさま……」
「フン」
チェリードが気づいた時には、既にジェイルはいつも通りのクールな振る舞いをしていた。さっきまでの激昂した様子が嘘みたいだった。
「とりあえず今日の特訓は終わりだから、後は自由に過ごしな」
師匠はそう言うと、「買い出しに行く」と言い残してもの凄い早さで走り去ってしまった。
その後、対決が終わったリーナとデセリンと合流し、残りの時間を普通に過ごしたチェリードだったが、やはり師匠の言った特訓内容に疑問が残ったままだった。
(結局、なんで特訓内容が変わったか聞き出せなかったし、明日はどうするか…………)
今日の事を振り返っていたら、もう既に太陽は落ちきっていた。そしてもう寝る時間だ。
布団からはみ出した足先の冷たさを感じながら、
(明日は今日と変わったところに注目して生活しよう)
心にそう決め、眠りにつくのだった。




