第27話「次の日……? Ⅰ 」
次の日、彼は目が覚めると朝に鳴っていた。
そして同時に、あのうるさくてカラフルな鳥が騒がしく鳴いていた。
『アサアアアァァ!! アサアアアァァ!!』
「あぁ……おはよう」
『ネルナアア!! ネルナアア!!』
「いや寝てねえから!」
昨日は気絶した後そのまま眠ってしまったので、今日の目覚めはとても気分が良いものとなった。
寝過ぎで逆に眠くならないか心配しながら、チェリードはいつも通り階段を下りていって、一階のダイニングに行った。
「あ、リド、おはよう!」
ダイニングに着くと、リーナがニコニコしながら朝食のクロワッサンを頬張っていた。
「おはよう、リーナ」
チェリードも自分の席に座り、小さく「いただきます」と両手を合わせ、目の前のサラダを食べ始めた。
「三人は朝のランニングに行ったよ~」
「そっか、じゃあ食べ終わったらさっさと行こうぜ」
(三人ともよくそんな早く起きれるよな~)
チェリードが三人の早起きに感心していると、玄関のドアが開く音がした。振り返った先に見えたのは、木の実が山盛りに入っている木製の器を持った師匠だった。
「お、チェリード今日は早かったね」
「あ、おはようございまーす」
「師匠おはようございます!!」
「食べ終わったらさっさと走りに行くんだよ、いいね?」
「「はーい!」」
そして、二人はいつもの走り込みに向かった。朝食を食べ終わった後、急いで準備を整え、一刻も早く先で走っている三人に追い付こうと素早く玄関のドアを開けた。
「リーナ~! 早くしろよ~!」
「ええぇぇ!? ちょっと待ってよ~!」
昨日は丁度折り返そうとした時、あの巨大な魔物に襲われてしまった二人。
さすがに今日は出ないだろうと信じたかったチェリードだが、もしかしたらまたあるかも……と考える度に、一刻も早く終わらせたいという気持ちが沸き上がり、リーナを待たずに先に行こうとしていた。
「なんでそんな早く行こうとするの!? 急がなくてもいいじゃん!」
「だって昨日は散々だったじゃないか! 俺先に行っちゃうからな!」
「ああちょっと――――」
バタン
リーナが何か言い出そうとしたところで、チェリードは玄関のドアを閉めてそのまま行ってしまった。
――――――――――――――――――――――――
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
リーナを置き去りにしていったチェリードは、昨日より少し早いスピードで走り込みのコースを走っていた。
まず最初に通過する、あまり光が射し込んでこない森林だが、彼はいとも容易く木々の隙間を掻い潜っていた。彼は記憶力が良いらしい。
(よし、いい感じだ)
森を抜け出したチェリードは、先の方に見える川を眺めながら少し考え事をしていた。
(うーん……どうにかあそこを早く渡れないかな…………)
少し草の禿げた土の上を走りながら、彼はあの川の効率的な渡り方に頭を悩ませていた。彼は泳ぐことはあまり得意ではなかったため、昨日は渡りきるのに二十分以上の時間を消費していた。
このままでは川を渡るだけでもそこそこの体力を持っていかれ、川の向こうに広がる、魔物の住み着く草原を突破するのに時間がかかってしまう。
無論、草原の魔物は気を付けないと死んでしまうほど狂暴なものもいるので、素早くそこを走り去るためにも、川を効率的に渡る工夫が必要だった。
(しかしなぁ……俺の能力じゃあ、どう足掻いても無理なんだよなぁ…………)
そして、結局何も思い付かないまま、彼は川の河川敷まで着いてしまった。
「はぁ……しょうがない、今日は普通に渡るか」
チェリードはしょうがないと思いつつ、たまたま偶然見つけた木の板をビート版代わりに、対岸まで頑張って泳いでいった。
ようやく川を渡りきったチェリードは、体の水気を払って草原の方へ向かおうとしたが、何やら後ろから声が聞こえた。
そして振り向くと、そこには丁度川を泳ごうとしているリーナの姿があった。
「おーーい!!」
「お! リーナ!」
「ねえ! 一緒に行こーよー! 先に行くなんてずるいよー!」
「いいじゃねえか別にー!」
「でも私は一緒に行きたいのー!」
リーナは不安そうな顔で訴えかけるが、さすがにここまで距離が離れていると相手の顔が見えないので、彼女の切実な願いは彼には届かなかった。
――――――――――――――――――――――――
草原を通り過ぎ、折り返し地点に存在する古びた山小屋に着いたチェリードは、近くの切り株の上に座って休憩していた。
そしてふと、あの時のことを思い出してしまった。
(そういえば…………初めて異世界に来た時もこうやって切り株に座ったっけ…………)
今からおおよそ一ヶ月前、彼は転生した。記憶喪失になった状態でこの地に降り立った彼は、やむ無くしてあの魔物に…………
今でも、吐き気がするほどの苦痛だったことは覚えているようだ。
彼は、あの青い魔物に少なからずの憎しみを抱いていた。自分をあの惨劇に巻き込んだ、毒々しい青の皮膚が特徴的なあの魔物にやられたことが悔しかった。
(――――もう、あんなのには負けたくねえ……)
自分の握りこぶしを見つめながら、彼は強くそう思った。
「あ! いたいた!」
どうやらこの切り株の上でそこそこの時間を費やしたらしい。坂道を登っていくリーナの姿が見えた。
「も~う! なんで私を置いてっちゃうの!?」
「だって昨日も走ったんだからいいだろ? 自分のペースで走りたいんだよ、俺は」
少し呆れた表情を見せる彼女を横目に、チェリードは今にも走りだそうとしていた。
「じゃ、俺先行くからな」
「え!? 嘘!?」
「じゃ」
「え! 待って! なんで!? やっと追い付いたと思ったのにぃ~!!」
よっぽど彼と一緒に走りたかったのか、リーナ大袈裟に悔しがるポーズを取った。そんな彼女に目もくれず、チェリードは勢い良く走り出した。
彼は走っている最中、引き返す時の道は行きよりも楽に感じていた。やはり、さきほどまで走っていた道のりなので、この走り込みの最適なルートが少しずつわかってきたのだ。
例えば、魔物の蔓延る草原は少しだけ左右に蛇行しながら走ることで一部の魔物を撒くことができたり、広幅の川は川原にある木の板をビート板代わりに使うことで泳ぐことが容易になったり、入り組んだ森林は右に少し移動してから左斜め方向に走ることで木に遮られずに突破することができる。
何回か同じことをしていると、自然と攻略方法が見つかる。その結果、チェリードは行きよりも短い時間で家に帰ることができたのだ。
「――――あれ、チェリード、早かったね」
既に鞄を持ったデセリンが庭の花の水やりをやっていた。
「まあ昨日今日と走ってたらなぁ。他の二人は?」
「ああ、学校に行く準備をしているよ」
「そっか」
庭の花壇に植えられていた花の方に目をやると、その花たちは水をたっぷり浴びて、太陽光の反射でやけに光っていた。その花の名前も知らないチェリードは、思わずその美しさに惹かれていた。
「花、好きなのかい?」
デセリンが彼に質問をすると、彼は懐かしむような表情のままこう答えた。
「母さん……転生する前の、俺の母さんがさ。昔、花屋をやっててさ。この花見たら、すげえビックリするんだろーなって……」
彼が見ていた花は、花壇に植えられた花の中でも、特に色が鮮やかで綺麗な花だった。
「――――多分、俺が死んだこと、今でも悲しんでるんだろうな」
「………………」
デセリンはチェリードの話を黙って聞いていた。
そして、
「ねえ、君のお母さんって――――」
何か思い出したかのような素振りを見せた後、彼に話しかけようとしたが、
「お~~い!! 二人とも~!!……」
リーナの到着が言葉を遮ってしまった。
「はあ……はあ……疲れた~~」
「お疲れ様」
デセリンがリーナに近寄って声をかけたのと同時に、ジェイルとメロが玄関からやってきた。
「あ、リーナちゃん。お帰り」
「メロちゃ~んただいま~」
フラフラになったリーナはメロの胸に飛び込んだ。それに驚いたメロが姿勢を崩して二人とも後ろに倒れ込んでしまった。
「………………」
そして相変わらず、ジェイルは何も喋ることなくこちらの方を見ていた。
「じゃあ全員揃ったし、行くか」
周りを見渡してデセリンが一言そう言うと、四人はうんと頷いた。そしてチェリードとリーナが準備が終わるの待ってから、五人は学校へと向かった。
「はぁ~疲れた~」
「さっきからずっとそればっかだな」
「だってリドが置いてくからじゃん!」
「はあ~!? 関係無いだろ!?」
「関係あるよ! だってリドがいないと魔物から狙われるんだもん!」
「いや俺は囮じゃねえからっ!」
「――――二人って、仲が良いんだね……」
二人の掛け合いを見ていたメロが、微笑みながら二人に聞いてきた。
「え! そうかな~」
「まあなんだろーな……俺らってなんか気が合うんだよな」
「そうそう! 話してて楽しいんだよね!」
「へぇー……そうなんだ、フフ」
二人の言葉を聞いてメロは少し嬉しそうにしていた。それに釣られて二人も笑った。
「おい、話してないでさっさと行くぞ」
いつも真顔のジェイルは、前を向いたまま三人にそう告げた。走り込みをしてから登校するとなると、やはり時間的にも厳しいのだ。
「「「はーい……」」」
会話を遮られた三人はしょんぼりとしつつも、少し早足になりながらいつも通り学校へと向かった。
(…………ん?)
道中、チェリードは謎の違和感を覚えた。




