第2話「偽りの家族」
「――――よし……これで傷は治ったかな」
「ええ、そうね」
「ねえ、この人大丈夫なの?」
「まあ、多分な……」
朧気ながら聞こえてきたのは家族らしき人たちの会話だった。恐らく、男性が1人、女性が1人、そして、女の子が1人…………
そんなことより、俺はまだ……生きているのか? それだけが気がかりだ。
「う、う~ん……ここは…………」
「あ! お父さん。目、覚ましたよ!!」
「おぉ……! そうかそうか」
俺はやっと目が覚め、やけに重たい体をゆっくり持ち上げた。目を開けると天井の照明の光が目に射し込んできてそれがやけに眩しかった。
そして、状況確認のために辺りを見回した後、
(ハッ! そういえば俺の傷は!?)
少年は咄嗟に自分の身体を見た。
腕がある。足がある。腹の辺りも元通りだ。
少年にあったはずの怪我は、跡形もなく綺麗になっていた。それはまさに、少年にとっては信じられない光景だった。
「ねぇ、大丈夫? どこも痛くない?」
女の子が少年の顔を覗き込みながら心配の言葉をかけてくれた。
その女の子は思わず見惚れてしまうくらい可愛いらしい女の子だった。水色の長髪、黄緑色と橙色が混じったような澄んだ瞳、整った顔立ち。
あの地獄のような光景を見てしまった後だからか、その女の子は天使、いや、女神のようにも見えた。
「…………………」
「ねぇ、大丈夫?」
「あ、あー! 大丈夫大丈夫!! どうってことないよ!! うん!」
女の子の顔に見惚れていると、逆に顔をまじまじと見られてしまった。少年は思わず焦って早口になってしまう。
(それにしても、本当に顔が綺麗だなー…………)
「いやーほんと、目が覚めて良かったよ……」
恐らく父親だろうか、大柄な金髪の男性が低い声質でゆったりとした口調で呟いた。階段から下りてくるその姿はまるで大男のようで、圧倒的な威圧感を感じた。
「あ、あの……ここは一体どこですか? というか、どうして俺は生きているんですか?」
男性に少し怯えながら少年は男性に質問した。何がなんだかわからないこの状況、質問するのは必然だった。そして男性は、次のように答えた。
「――――ここは、私たち家族の家だ。君がいたあの森からそう遠くない村のはずれにある、ただの一軒家…………私たちはここで暮らしているんだ、3人でね。君の傷は、『治癒促進』…………人にはケガを自然に治す力があって、それを促進させて回復する魔法を使ったんだ」
「魔法」……という言葉をさりげなく使いながら、男性は更に説明を続けた。
「君を喰っていた魔獣…………あれは確か……名前は何だったかな。確か、喰った相手を生かす習性があるんだよ。また後で再生した時に、会ったら再度捕食するためにね。そして何より、強い。君はかなりの重傷だったから、苦労したよ…………」
(だからあいつ……俺の内臓を喰ったりしなかったのか…………)
少年はあの魔獣が自分を生かしておいた理由に納得し、ベッドから降りて自分を助けてくれた三人に精一杯の感謝を述べた。
「あの! 俺を助けてくれて、本当にありがとうございます! 感謝してもしきれません! なんとお礼を言ったら良いか…………」
三人は笑って「お礼なんていいんだよ」と言ってくれた。少年は、この見ず知らずの三人の優しさに感動し、少し、涙が出てきた。
少年の体に残った気だるさが消えかかった時に、ふと少年は、先程から気になっていたことを質問した。
「ところで……さっき言っていた『魔法』ってなんですか?」
「魔法」。先程さりげなく言っていたが、その「魔法」とは一体何なのだろうか。
まさかファンタジーじゃあるまいし、と思いつつも、あの時出会ってしまった生き物やレンガで作られているこの家、そして、目の前にいる金髪と水色の髪の人たちを見るに、ここが現実世界ではないことが既にわかっていた。
「……………」
男性はなぜか少しの間黙り込んで、しばらくすると二階へ続く階段を上っていってしまった。その時チラリと見えた男性の顔は、少し悲しげだったように見えた。
「あれ? どこ行くんですか?」
少年が問いかけると、台所らしきところにいた女性が、
「じゃあ私が一から説明しましょうか!」
と、少年に向けて提案した。そして少年が「いいですよ」と答えて、質問に対しての解答が始まった。
そして答えるのは、父親と同じ金髪で、細身で綺麗な母親であろう女性だった。
説明はおおよそ十五分程度かかった。しかし、話が長すぎて全ての事を覚えきるのは無理があったので、女の子に頼んでペンと紙を用意してもらい、そこにメモを取った。
そうしてこの世界のことについてまとめると、次のような感じだった。
この世界、もとい今いる大陸は「アミュゼ大陸」と言い、いろんな生物や民族が暮らしている。魔獣や魔人、亜人、エルフ、更にはドラゴンまでいるらしく、少年がいた地球とは全く違うとのことだった。つまり今、少年は異世界にいるということだ。
少年はこの異世界に「転生」したようだが、この少年のような「転生者」や「転移者」も、ここではそう珍しいことではないとのことだ。この世界では1年に10人程度、この世界に転生、あるいは転移しているようだ。つまり、かつて元いた世界に存在した異世界転生系統の小説でよく見る「俺TUEEE」のような人がこの世界に十人いるということだ。それに気づいた少年は少しガッカリした様子だった。
先程言っていた「魔法」というのは、昔からこの大陸に伝えられている超能力的なものだそうで、現在では、練習すればほとんどの人が使えるそうだ。火や水を使う魔法、指定の場所に飛ぶ魔法に防御することができるエネルギー体の壁を生成できる魔法などなど、その種類は数えきれないほどだった。
魔法について更に詳しく説明すると、人は生まれた時に「魔力」と呼ばれるエネルギーを自分の体内に生成するそうだ。そしてそれの量である「魔力量」に応じて魔法を打てる回数が変わったり、また、「魔力」が強いと、その分魔法が強くなる、という仕組みだった。
この世界では魔法は一般常識として、学校で教わったり、様々な場面で当たり前のように使用されている。更なる可能性のために研究してる人も数知れず。少年は「まるでファンタジーみたいだ」と内心ワクワクしていた。
また、三人は家族ではないと言っていた。男性と女性は夫婦なのだが、女の子はなんと、少年と同じ転生者だそうだ。転生者、転移者は数多くの世界、あるいは惑星から来ているらしいが、その女の子も少年と同じ「地球」から来てると聞いた。少年は、「もしかしたら同じ世界から来たのかも」と思い、女の子にそれに聞いてみたところ、
「んー…………世界ってね! いろんな時間軸の世界があるの。『平行世界』って言うんだけど、例えば同じ地球でも同じ世界じゃないこともあるんだって! だから、多分、違うかもね…………」
と言われ、少年は同じ世界から来た人がいない孤独感に襲われ、寂しくなった。
そういえば、俺ってどんな見た目なんだろう。
少年は偶然たまたま近くにあった鏡を見てみた。
すると、
「……んなっ!!」
鏡を見るなりすぐさま目に入ってきたのは、その可愛らしげなピンク色に染まった髪だった。
「な、なんなんだこれは~!!」
(なんで、なんでよりによってピンクなんだ……!? 黒とか青じゃダメだったのかぁ……!?)
少年、髪の毛の色に絶望。
説明が一段落したところで、女性は名前を教えてくれた。
「そういえばまだ私たちの名前を言ってなかったわね。私は妻のケネル・ドブライ。二階に行ったのはローディ・ドブライ。私の夫よ」
妻の方はケネル、夫の方はローディという名前だと教えてくれた。そして「ドブライ」が名字のようだ。
中々聞かない名前だな、ぼんやり考えていると、女の子も名前を教えてくれた。
「わたしリーナ!リーナ・ドブライ!」
女の子の名前はリーナと言うそうだ。
──リーナ…………いかにも彼が好きそうな名前だ。
「ところで、あなたの名前を教えてくれるかな?」
そして自分が名乗る番が来てしまった。リーナに突然、顔を近づけながら質問してきたことにびっくりしていたが、生憎自分が記憶喪失で名前や記憶が思い出せない。そのことを三人に説明した。
「実は……今記憶喪失で、自分の名前とかこの世界に来る前の記憶とか、一切思い出せないんです。以前いた世界のことはほとんど覚えているんですけど、自分に関することだけ覚えてないというか……なんというか…………」
「――――そうか、やはりか……」
二階から下りてきたローディは階段を下りながらボソッと呟いた。
「ん? どうかしました?」
しかし、その声は少年には届かなかったようだ。
「いやー……なんでもない。それなら名前を決めないとな」
「そうですね」と少年が相槌を打って、それから少年の名前を決める流れになった。
ただ、そう簡単に決まるわけでもなく、名前決めは難航した。あれだこれだと候補を出すも中々しっくり来ない。違和感が常に纏わりついているようで、正直、気持ち悪ささえ感じていた。
そして、考え始めて三十分。
「――――チェリード」
リーナが、何かを閃いたような顔でそう言った。
「チェリードってどうかな!? なんか急にパッと思い浮かんできたんだけど!」
チェリード…………チェリード…………
「チェリード……!! いいですね!!その名前!!」
少年はこの名前が気に入った。なぜそんな名前が思い付いたのか不明だが、この名前が一番しっくり来ると感じた。寧ろ本人には「この名前しかない」という確信があった。
「――――なら……そうだな、あだ名は『リド』にしようか。これからよろしくな、リド」
「はい!!」
こうして少年は、チェリードという名前を貰った。「とてもいい名前を貰った!!」と、少年はとても満足気な表情で笑っていた。
「ところで……リド君はこれから行く宛はあるの?」
台所で作業している母親のケネルがチェリードに尋ねた。
「ないですけど…………」
(どうしよう……確かにこれからどうやって生活しよう…………)
そう悩んでいるのを見透かしていたかのように、ケネルは次のように提案した。
「それなら私たちと一緒に暮らさない? 家族として!」
「え!? 家族!?」
まさかの提案だった。初対面、しかもこちらには助けてもらった恩があるというのに。そこまでしてもらって良いのだろうかと、少し不安になる。
「いいん……ですか……?」
チェリードは恐る恐る聞いた。申し訳ない気持ちと少し嬉しい気持ちが混ざり合いながら。
「いいのよ~! 私たちは家族は増えた方が楽しいでしょ~! それにほら、あなただってどこか泊まれる所も無いでしょうし!」
「――――と、いうわけだ。これからよろしくな、リド」
「よろしく!! リド君!!」
「ッッ……!! はいっ! よろしくおねがいします!!」
感銘を受けて思わず涙目になりながら、チェリードは挨拶をした。
こうして、少年、改めチェリード・ドブライは、ドブライ家の「家族」となった。
「ところでリド」
父親のローディがチェリードに話かける。
「はい?」
「その……ほら、家族なんだから敬語はやめないか? あと、私達のことはお父さん、お母さんと呼んでくれ。」
父親となったローディが彼に最初にお願いしたのは、「敬語をやめ、お父さん、お母さんと呼ぶこと」だった。
(そうだもんな、もう俺はドブライ家の家族になったんだ)
自分にそう言い聞かせるチェリードだったが、
(――――でもやっぱり恥ずかしい!)
突然家族になれと言われ、しかもその上で「お父さん」と呼ぶ。それは彼にとって厳しいものがあっただろう。
しかし、たった今、俺たちは家族になったんだ。と、自分に言い聞かせ、躊躇いながらも、ゆっくり口に出した。
「――――なに? お父さん?」
少し照れながら返答したチェリードの
顔を見ながら、ローディは次のように言った。
「『学校』に行く気は、ないかね?」
「学校?」
チェリード・ドブライ
ドブライ家の息子になった少年。転生者。現在は記憶喪失で転生前の名前や転生時の記憶を覚えていない。また、あの生き物に襲われた影響で、臆病になっている。
リーナ・ドブライ
ドブライ家の娘になった少女。チェリードと同じく転生者。明るく元気な性格が取り柄で、その可愛らしい水色の髪と二色混じった瞳はまるで天使のようだ。
ローディ・ドブライ
ドブライ家の父親に当たる男性。妻のケネルと長年町の外れにある一軒家に住んでいる。金髪で体はかなり大きく、普段の寡黙な表情や低い声質も相まって怖がられることも多いが、性格は優しい。
ケネル・ドブライ
ドブライ家の母親に当たる女性。夫のローディと一緒に住んでいる。父親と同じ金髪で、細い体型をしている。常にニコっとしている一方、怒るとすごく怖いらしい……