第26話「修行、授業、訓練 Ⅴ 」
最初は炎魔法だった。手の上に浮かべた炎の球は、魔方陣の中にスッと取り込まれ、ゆっくりと円の軌道に沿って時計回りに移動していた。
次は水魔法。綺麗な水の塊を作ったデセリンは、炎の球と連なるように円の軌道に乗せた。
その次は氷魔法。凍てつく冷気を放ちながら浮いている氷の球を、またさきほどと同じように軌道上に置いた。
その次は風魔法。びゅうびゅうと音を立てながら荒ぶる風の塊のようなものを氷の球に続いて置いた。
そしてその次は雷魔法。手のひらほどの大きさの電気の塊を、また同じようにして軌道上に乗せて、四つの魔法と同じように円形に移動させた。
そして最後は岩魔法。ゴツゴツとした見た目の岩を手の上で浮かせて、また軌道上に乗せた。
そして淡く光る魔方陣には、隙間無く計六種類の魔法が円の外周に沿ってゆっくり移動していた。
「……?」
彼が魔法を並べている最中、チェリードにはこれから一体何が起こるのか見当もつかなかった。この円形に並べられた六つの魔法を見て、ただ、
(なんかとんでもないのが来そうだなー)
としか思えなかった。
「あいつの生み出した魔法は単純明快でありながら無理難題でもある。なんでもできるデセリンだからこそ成し得る魔法だとアタシは思うよ」
だんだんと魔法が連なっていく様を見ながら、師匠は彼の作った魔方陣を眺めつつ、ただ一言そう言った。
そして、準備が整ったようだ。
「先生! 始めていいですか!?」
草が生い茂る庭には、知らぬ間に強風が入り込んでいた。その風がだんだんと強さを増していくのが、今から起こる出来事を予測していたのかもしれない。
デセリンが少し苦しそうな表情をしながら師匠に尋ねると、師匠は、
「気を付けてな」
とだけ呟いて、チェリードの方へと近づいた。
「はいッ! わかりました!」
デセリンは師匠の言葉を聞いて少しホッとした顔を見せつつ、真剣な表情に顔を切り替え、目の前にある白い魔方陣を反時計回りに回し始めた。
チェリードの元に行った師匠は、先程まで見せていたニヤリとした笑顔を止め、真剣な表情で彼に語りかけた。
「デセリンが今から繰り出すのは、六種類の魔法を合体させた魔法じゃ。食らったら死ぬ。だからお前が持っている『防御壁』で防げ。いいな?」
彼にとって、この時の師匠は何やら思い詰めたような表情をしていたように見えた。
「は、はい……」
少し戸惑いながら返事をしたチェリードは、言われた通りに左手に「防御壁」を展開し始めた。
そして同時に、魔法の融合が始まった。
デセリンの目の前にある、六つの魔法が回転を続けながらゆっくりと中心に集まりだした。それはあまりにゆっくりで、目を凝らしてやっとわかるくらいの速さだった。
しかし、チェリードはここであることに気づいた。
ふと、先程と風向きが変わっていたことに気づいた。まだ白い魔方陣を作り始めた頃は、チェリードから見て右、つまり東向きの風だったというのに、いつの間にか風向きは北寄りの風に変化していった。
「………………」
そして、気づいたのはこれだけではなかった。デセリンが作り出した魔方陣に並べられた六つの魔法が、どんどん中心に集まっていくにつれ、だんだんと光始めていた。その輝きはまるでダイヤモンドのような煌めきを見せていた。
チェリードはただ、美しく重なりあうそれに見惚れることしかできなかった。
そして、六つの魔法が全て中心へと集結した。
「お、ついに来たか」
庭にポツリと置かれたガーデンチェアに座っていた師匠はゆっくりと立ち上がり、神妙な顔つきのまま家の中へと入っていってしまった。
「え……? ちょっと師匠!?」
チェリードが師匠を呼び戻そうと走り出した瞬間、デセリンが大きな声で彼の名を呼んだ。
「チェリード! しっかりしてくれよ……ッ! こっちだって大変なんだ……ッ!」
「おい! 大丈夫か!?」
「いいから! 頼むからこれを受け止めてくれよ……ッ!」
早くしてくれと言わんばかりに、デセリンは光輝く珠状の魔法を必死に抑え込んでいた。そんな様子を見たチェリードは無理をさせまいと咄嗟に構えた。
「――――なあ、その魔法は何て名前なんだ?」
ふと、思っていたことが口に出てしまっていたチェリードは申し訳ないと思い撤回しようとしたが、
「名前? ……よし、折角だし今決めよう!」
とデセリンは笑いながら答えていた。
そしてデセリンは今まで抑え込んでいたダイアモンドを天高くに持ち上げ、両手でそれを支えるような形で両腕を真上に上げた。
「そうだな……ッ、これは偶然の産物だから……よし、これでいこう!」
デセリンはまた笑って、天に掲げた腕を思いっきり振り下ろした。
「いくよッ! チェリード!」
偶然が生み出した、想像を絶する魔法が、今繰り出される……!
「〈融合魔法弾〉!!」
デセリンによって命名されたその魔法弾は、太陽のように輝きながらチェリードの方へ放たれた。
その魔法弾からは、炎のパチパチと燃える音、水が激しく打ち付けられる音、氷の割れていく音、風がビュービューと吹く音、雷のバチバチと鳴る音、そして、岩のゴツゴツと削れ合う音…………
それぞれの魔法が競り合っているかのように聞こえる多種多様な音は、魔法弾が近づいてくれば近づいてくるほど主張が強くなっていった。
(さあ…………来るぞ…………!)
そしてついに、防御壁と魔法弾の衝突が始まった。
ガキイイイイ!!
衝突して早々、防御壁から聞いたこともないような衝突音が鳴ひ響いた。チェリードは一瞬戸惑ったが、そんな音などどうでもよかった。
「くっ…………!!」
魔法を食らった時の衝撃は、想像を絶するものだった。以前戦った森の番人などとは比べ物にならないほどの重圧と覇気が彼に襲いかかる。
チェリードは左腕を右手で押さえ、腰を低くして足を開き、攻撃を受けるのに最適な姿勢で光輝く融合魔法を受け止めた。
しかし、六種の攻撃魔法が融合されたその魔法は、そう簡単にいなせるような代物ではなかった。
どうにか食い止めようと足を踏ん張っていても、あまりの強力すぎる攻撃力に、精一杯の力が入った足は地面を削りながらわずかに後退していた。
(なんだよこれ……!)
徐々に曇っていく空の下で、相対的に輝きを増す宝石は時間と共に威力を増していた。
「お~い、チェリード大丈夫?」
魔法を打ち終わったデセリンは、ものすごく安心したような顔をしていた。そして、今のチェリードの状況が見えていないのかそうでないのか、彼は転んだ人を心配するかのような調子でチェリードに声をかけたのだ。
「大丈夫なわけねえ! ふざけてんのか!」
彼の発言に苛立ちを覚えたチェリードは強い口調で返した。されど魔法の威力は衰退を一切見せない。
(ぐ…………! そろそろまずい……ッ!)
同じ姿勢で耐え続けることに限界を迎えそうになったチェリード。さすがにこれ以上耐えられないと思った彼は、受け止めていた魔法の威力を逃がすような形で真上に跳ね上げてしまった。
「「!?」」
彼の様子を見ていたデセリンと、近くで特訓をしていたリーナとメロは、雲を掻き分けながら真上に打ち上げられる魔法弾を見ながら唖然としていた。
「はぁ…………はぁ…………マジ、やばかった…………」
本当に死にそうになっていたチェリードは、まさに九死に一生を得たような安堵に襲われ、そのまま気が抜けて倒れてしまった。
そして、彼が次に目覚めるのは朝だった…………
・融合魔法について
デセリンが放った融合魔法は、六つの初級魔法を融合させて作り上げた魔法である。
以下は、六つの初級魔法の一覧である。
初級炎魔法
初級水魔法
初級氷魔法
初級風魔法
初級雷魔法
初級岩魔法




