第18話「森林実習 Ⅵ 」
「どうして……こんな…………」
体を取り戻して思い上がっていたのも束の間、森の番人に致命傷を負わされたチェリードは痛みに耐えながら匍匐前進し、死んだ三人の死体を目指した。
謎の存在、■■によって森の番人との戦いは優勢に思われたが、よくよく考えればそんなことは全くもってなかったのだ。頭の中には「全滅」の文字が彼を弱気にさせていく。
彼が三人の元へ向かっている間にも、森の番人がゆっくりとこちらへ近づいてくる。あれほどのダメージを受けながら生き永らえているあの魔獣の生存力に彼は絶望感を覚えた。
(結局……俺らは全滅か……)
とうとう森の番人が彼に追い付いた時、雄叫びを上げながら腕を振り上げた。
チェリードにはもう、死を覚悟する以外の道がない。
そして、天まであげた拳を振り下ろし、森の番人が最後の一撃を食らわすその瞬間……
キイイイイン!!
突如鳴り響くは、鈍い金属音。そして、微かに見えたのは、鉄の鎖。
「!?」
咄嗟に辺りを見回すと、右の方から一人の男子がこちらに向かって来るのがわかった。
夕焼けに染まったような朱色の瞳、全身を黒く包む服、そして忘れもしない、赤いメッシュの入った黒髪……
「ジェイ……ル……なの……か…………?」
その姿は紛れもない、ジェイル・チェーンゾナーその人だった。きっとチェリード達を助けに来たに違いない。
ジェイルに感謝を何とか伝えようと余力を振り絞って立ち上がった彼は、疲弊した体を必死に動かしながらジェイルに話しかけた。
「ジェイル……。ありがとう、助けてもらって…………ジェイルがいなかったら俺たちは――――」
「何を言っている、この悪魔が」
「え…………?」
チェリードを「悪魔」呼ばわりするジェイルは、それこそ悪魔を見るような目で彼を見ていた。
「『え?』じゃないだろ。なぜ仲間に危害を加えた?」
「え……いや、あれは――――!」
「どうして仲間を殴った、どうして蹴った、どうして仲直りしたはずのあいつらを殺そうとした……!」
「あれは俺じゃない!! 俺がやったんじゃない!」
事情を知らない彼に言っても無駄と薄々感じながらも、チェリードは必死に否定しようとした。
「……あの時お前を助けた俺が馬鹿だったと気づかされた」
だが、その言葉を聞いた途端、彼は心がぎゅっと締め付けられる気持ちになった。
「ち、違うんだジェイル……これは――――」
「言い訳しても、ただ見苦しいだけだ。もう喋るな、クソ悪魔が」
「っ…………」
(違うんだジェイル……! あれは俺じゃない! 俺の体を乗っ取った奴のせいなんだ!)
結局誤解が解かれないまま、ジェイルは肩を掴もうとする彼の手を乱暴に振りほどき、森の番人の方へと歩きだした。
「あ、おい……! 待ってくれ…………よ…………」
再度ジェイルに向かって手を伸ばしたところで、瀕死だったチェリードの意識はついに途絶えてしまう。
体を乗っ取った謎の存在によって、チェリードは全てを狂わされてしまった。
「――――しかし、あいつらは本当に運が悪かったな」
今、目の前にいる森の番人を見ながら、ジェイルは死体を横目にポツリと呟いた。そして彼は、目の前の魔獣の情報をあらかた洗い出した。
「ラピズリー」、通称「森の番人」。それはフォーリッジ大森林に生息する魔物の中で、最も強いとされている熊型の魔獣。
その異常なまでに発達した腕と脚は、並大抵な人間では追い付けないほどの速さと力強さを生み出すことができると言う。また、強靭な腕から繰り出されるパンチの威力は、岩をも貫くようだ。
森の魔獣ことラピズリーは、体の刻み込まれた無数の傷を気にするほど柔な存在ではない。その生命力は全魔獣の中でも上位に君臨するほどだ。
「こんな奴に勝とうとするなど、あいつらは本当のバカなんだな」
『ウガアアアアアゥゥ!!』
ジェイルは雄叫びを上げる森の番人を見て咄嗟に戦闘体勢を取った。
(しかし、なぜこいつはこんなに凶暴になっている。普段は大人しいはずだが…………)
目の前を警戒しつつ、辺りを見回すと、少し遠くの方にギガリスの死体があることに気づいた。
「そうか…………『地雷』を踏んだな、あいつら」
『ウガアアアア!!!』
ジェイルがそれに気づいたと同時に、猪突猛進に森の番人は走った。凄まじい脚力によって飛び上がり、空中からドロップキックを食らわそうとする。
しかし、それに屈するほど彼は臆病ではない。
キィィィィン!!
ジェイルは瞬時に鎖で壁を作成し、攻撃を受け止めた。
ジェイルの背中から生成される鉄の鎖は自由自在に操ることができ、攻守両方をこなすことができる。
ジェイルの固有能力「鎖操者」は、その名の通り鎖を操る能力である。
「さて、一気にいくとするか」
そう言ってジェイルは肩を鳴らしながら、矢の形状をした鎖をいくつか体の周りに生成した。
『ウゥ……ウガアアア!!』
起き上がり、走り出すラピズリーは目の前に夢中なあまり、地面に隠された罠に気づくことができなかった。
ボゴォォンッッ!!
強烈な爆発音が森中に響く。ジェイルは生み出した鎖の矢を囮に、別の鎖を地面に潜り込ませ、ラピズリーが通過した瞬間に爆発魔法を放ったのだ。
自慢の両足をやられた森の番人は腕を振り回している。先程まで見せていた強者の威厳はもつそこにない。
「よし。チェックメイトだ」
指をパチンと鳴らすと、鎖の矢に炎が纏い始めた。そしてジェイルが合図をすると、森の番人に向かって十本の矢がきりもみ回転しながら発射された。
炎の矢は交差しながらラピズリーを射抜き、一発、また一発と、順番に森の番人を貫いていった。その間ジェイルは更なる攻撃のため、今度は槍のようなものを鎖で作り出し、そしてそれにも炎を纏わりつかせた。
『ウガアアアァァ……!!』
「これで決まりだ」
そして全ての矢が刺さった時、炎の槍は空を切り裂きながら解き放たれた。
「必殺、『炎槍・ブレイズストライク』」
地面に生える草花を焼き払いながら、炎槍は瀕死の森の番人を貫き、爆散した。
『ウガアァァ…………』
森の番人の最後の断末魔が聞こえながら、焼け焦げた肉片が辺りに散乱した。
ジェイルは自分が持っている魔吸時計に魔力が溜まっていることを確認した後、チェリードを含めた四人の死体をそのままに、その場を後にした。
――――――――――――――――――――――――
その後死体となった四人は、ジェイルが森の番人を倒してから数分後、駆けつけてくれた他のクラスの先生たちによって復活した。
「…………う、うーん」
「おい君! 聞こえるか!」
チェリードは男性の声が聞こえたことでやっと目を覚ました。
恐らく他のクラスの先生と思われる人が声をかけてくれたようだ。まだ意識がはっきりしないまま、チェリードはその先生に「ありがとうございます」と伝えた。
「良かった……とりあえず復活魔法は成功したみたいだな、メロ」
「あ、はいぃ……」
先生の近くにいた女の子は、「メロ」というようだ。ベレー帽を被っているのが印象的である。
しばらくしてから、意識が完全に戻ったチェリードは妙な気だるさが残る体をぐっと持ち上げた。そして同時に、スパラ、ラハーク、マルーサの三人もすぐ傍にいることに気づいた。
マルーサは既に生き返っており、ライナー先生と話していたが、ラハークとスパラはまだ復活している最中だった。
三人の様子が気になるチェリードだったが、先に復活魔法をかけてくれたというメロにお礼を言うことにした。
「ねえ」
「は、はい、何でしょうか?」
「俺のこと復活してくれてありがとう」
「い、いえ! これは命令なので…………」
「命令?」
「あ、いえ! 気にしなくて大丈夫ですぅ……」
高級そうな大きめのモノクルとは裏腹に、メロは体を小さくしながらおどおどした様子で話していた。
しばらくすると、スパラとラハークの二人も復活し終わった。そして、全員が復活し終わると、四人はさっきまでの戦いについて語り合った。
「――――じゃあ四人揃ったことだし、みんなのところへ行こうぜ」
そしてしばらく語りあった後、皆が待っている所とは少し離れた場所にいた四人はそちらに向かおうとしたのだが、そこに三人の先生が立ちはだかった。
三人とも、険しい顔をしている。
「おい、待て」
「ん? なんですか先生」
「ちょっと話がある」
「え? いやちょっとま――――痛てて!!」
実習中の行いに問題があるとして、四人は三人の先生に半ば強引に別の場所へと連れていかれた。
このまま何事もなく終われると思っていた四人はひどく落ち込んだが、今までの行動を振り返れば叱られて当然だったために、四人は反省せざるを得なかった。
「なんで勝手に奥の方まで行ったんだ!!」
「あなたたち! なんで助けを呼ばなかったのよ!」
「もしこれで君たちが本当に死んだらどう責任を取るんだ!!」
「「「「す、すみませんでした…………」」」」
……激怒した先生達によるありがたい説教は三十分近く続いた。
ジェイル・チェーンゾナー
固有能力「鎖操者」
自由自在に鎖を生成でき、操ることができる能力
・ラピズリーについて
通称「森の番人」。フォーリッジ大森林で確認される最も強い魔獣で、その強さはベテランの冒険者でも苦戦を強いられるほど。
体長2.3メートル、体重300キログラムで、二足歩行をする熊のような見た目である。しかしその腕や足は非常に発達しており、丸太のように太くなっている。
さらに体力も無尽蔵と疑うほど多く、致命傷も成りうる攻撃十発喰らっても生存したという報告があるほどだ。




