表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪血〈呪われた転生者の血塗られた学校生活〉  作者: 上部 留津
第1章 転生、そして始まり
17/66

第15話「森林実習 Ⅲ 」


 一瞬の油断が、スパラの死を招いてしまった。


 彼らは、その絶望を突きつけられ恐怖した。


「おい! スパラ! スパラッ!!」


 マルーサが声をかけたときには既にスパラの瞳の光は消えていた。もう、息もしていない。


 スパラの言っていた通り、ギガリスの体臭は大型の魔獣(モンスター)を誘い寄せてしまった。それにもし気づいていたら、犠牲はなかったというのに。


 彼らは自分の無知を後悔した。


(クソ! スパラが言ってたことは本当だったのか……!)


 スパラを殺した当の魔獣は、まるで三人を挑発するかのように爪研ぎを見せつけている。


「おい! あの魔獣はなんだ!?」


 魔獣の名前を知らないチェリードはまたマルーサに尋ねた。が、マルーサはそれに対して呆れるも馬鹿にするもせず、ただ目の前の魔獣を見て恐れるだけであった。


「知らねえ…………」


「は? 授業でやんなかったのか――――」


「知るわけねえだろッッ! あんなバカデカイの!!」


 マルーサの反応を見る限り、目の前の魔獣がただの魔獣でないことはすぐに分かった。


 しかし、あの熊のような見た目の魔獣の存在が知られていないのかチェリードは疑問だった。


「…………もしかしてこいつ、『森の番人』じゃねえか?」


 すると、ラハークが震えた指で魔獣を差しながらポツリと呟いた。


「『森の番人』? なんだそれ?」


 チェリードが聞き返すと、ラハークはこう説明してくれた。


「昔……絵本で見たことがある。この森の奥には『森の番人』がいるから気を付けろ、みたいな…………まさかとは思っていたがな」


 説明を聞いたマルーサが何か思い出したような顔で魔獣を見た。

 

「じゃあ、その『森の番人』って……!」


「あぁ、多分その『森の番人』ってのが…………」


『ウガアアァ!!』


「あいつのことなんだろうなぁ…………!!」


 そして、痺れを切らした森の番人は爪研ぎを止め、弾丸のような速さで三人向かって突進してきた。


「うわっはっや――――はぁ!?」


 彼らは魔獣に近づかれて初めて気づいた。


 大きい。想像より遥かに大きい。


 森の番人は予想より大きかった。見た目が熊みたいだからと体長を一メートルほどと勝手に決めつけていたが、実際は違う。三メートル程の巨体があの速さで来るのだ。


 魔獣の大きさに一瞬体が固まり動きが鈍ったチェリードに、森の番人の鉄拳が降りかかる。


『ヴヴゥ!』


「やべえ!」


 攻撃にいち早く気付いたチェリードは、急いで「防御壁(プロテクター)」を展開し二人を攻撃を守った。


「チェリード! 大丈夫か!!」


 マルーサは反撃のために両手に火炎弾を生み出し、力を溜めていた。が、しかし、彼らを守っていた「防御壁」に徐々にヒビが入り始めて、やがて硝子のようにバラバラと崩れ去ってしまう。


「まじかよ……!」


 森の番人の脅威は速さだけではなかった。むしろあの巨体で非力なわけがなかったと言うべきだろうか。


 異常に発達した腕と脚からは、金属をも粉々に砕いてしまうほどの力が溢れている。


『ウガァ!』


「うわっ! こいつ……!!」


 森の番人はなんと、パンチを派生させそのままチェリードの胴体を棒を掴むように軽々と握りしめてしまった。


 チェリードは必死に抜け出そうと手足で魔獣を叩くが、びくともしない。それどころか、叩かれたことに怒ってさらに強く彼を握りしめた。


「クッソオオ……!」


 しかし、それでもチェリードは暴れるのを止めなかったためか、


『ウガアアァッ!!』


 森の番人は怒りに身を任せ、森の奥地に狙いを定め、彼の体をボールのように投げてしまった。


「グワアアァァァァァ!!」


「チェリードォォォ………!!」


 だんだんと遠ざかっていくマルーサの声を最後に、チェリードの意識もまた遠ざかっていった……



――――――――――――――――――――――――



 投げられてから少しの間気絶していたチェリードは、打ち付けられた衝撃に痛め付けながらやっと起き上がった。


「う……ここは…………?」


 場所を把握するために辺りを見回したが、どこを見ても木、木、木。東西南北なんてわかるばすもく、しばらく散策しているとどこかで戦っている音が聞こえてきた。


 マルーサとラハークが戦っているに違いない。


「こっちか……急がなきゃ!」


 おそらく太陽の位置から見て北西の辺りだろうか。チェリードは音の方向に向かって走り始めようとした。


 しかし、ある一つの疑念が彼の足を止めた。


(俺が今、仮に行ったところでちゃんと役に立つのか?)


 そう思ってしまった瞬間、彼は一歩前に踏み出すことを諦めてしまった。


(さっきの攻撃、全然防げなかったのに。俺はまたあそこに行ったら役に立つのか?)


 彼の言う通り、さっきの魔獣の攻撃を防ぎきることができなかった。付け加えるなら、いとも容易く「防御壁」は破られてしまった。


 あの時、彼の作り出した障壁は、唯一の取り柄であった防御力と共に砕け散ってしまった。


(いやいや! そんなこと考えてる場合じゃない! 早く二人のところへ戻らないと!)


 しかし、とやかく言っている場合ではない。事態は一刻を争っているのだ。今行かなければ、彼らはいずれ、スパラと同じように死んでしまう。


 そうは思っていても、自分の無力さがどうしても頭から離れなかった。


「クソ、ダメだ…………早く行かなきゃ……! 早く行かなきゃあいつらが!」


 思いは強まれど、足は動かない。こんな葛藤をしているうちにも、二人は戦っている。


「いや、なんで動かないんだよ! おい!」


 自分の足を何度も叩いて動かそうとするが、セメントで固められたように足は一向に動こうとしない。


「ハッ!」


 しかし、彼の中にあったとある感情が足を固めていたことに気づいた。それは至って当たり前で、誰しもが抱く感情…………


「そうか……俺、怖かったんだ」


 恐怖である。


 彼は怖かったのだ。ただ恐怖で体が動かないだけだった。それに気付いた瞬間、彼の目には涙が浮かび上がってきた。


(俺は怖かったんだ。何もできない俺が、何の力にもなれない俺が……怖かったんだ……)



 彼の気持ちも知らず、太陽は何一つ変わらずゆっくりと天を仰いで行く。木々とただ風に任せ揺れているだけで、恐怖なんて感情を知ることはないだろう。


 チェリードは膝から崩れ落ち、地に手を付け、泣いた。


 自分の非力に、自分の弱さに改めて気づき、項垂れるように首を縦に落とした。涙もだんだん止まらなくなってきた。


 無力さだけが、心に刺さるばかりだった。


(俺に力があれば……()()()()()でくじけることなんて無かったのに……!!)


 チェリードは呪った。自分の弱さを、自分の情けなさを。


(守るだけじゃダメなんだ……守るだけじゃダメなんだ…………二人を助けるには『力』が必要なのに…………)


 魔法は使えない。武器も使えない。唯一使える能力は、ただ「守る」だけ。


 呪われた彼が、力を求めるは必然であった。


「クソ…………」


 自分の境遇を考えると、それはだんだん怒りへと変わっていく……


「クッソオオオオオオ!!!!」


 怒りに任せ地面に殴った、その時だった。


「!?」


 鼓膜が破れそうな程の強い爆音と共に、地面に衝撃波が発生した。


 翡翠色の瞳が熱く燃えているのを感じながら、涙に埋もれた眼を開けると、彼が殴った地面から衝撃が伝わっているのが確認できた。


「これって…………」


(俺が……俺がやったのか……?)


 確かに、殴ったその一瞬、間違いなくその拳の衝撃が伝わっていた。


「どういうことだ…………?」


 しかし、わからなかった。なぜ自分にあんな力が秘められていたのか、彼は理解できなかった。彼は別に怪力でも、特別な力を持っているわけでもないのに。


「なんでさっきはあんな力が…………」


 彼は長考した後、以前にも同じような体験をしたことを思い出した。


(そういえば、決闘の時にも目が熱くなったような感覚が……)


 それはかつて、チェリードとマルーサが決闘にて戦った時にも起きた現象だった。あの時のことを振り替えると、防御するための「防御壁」で相手を凪ぎ払っていたのを思い出した。


 「防御壁」は左手から展開できる、正方形の形をした緑色の障壁。しかし、今回地面を殴ったのは右手だった。ということは……


「『反射壁(リフレクター)』……いつの間に発動してたのか?」


 そこで、チェリードは一つの仮説を立て、「反射壁」を展開しながら、そこら中に生えている木のうちの一本に向かって、障壁をぶつけるようにしながら勢い良く手を前に突き出した。


「!!」


 結果、「反射壁」と木がぶつかり合った瞬間、先程の同じような衝撃波が小規模ながら起こり、彼の仮説通り木は衝突した箇所から折れて後ろに倒れてしまった。


「そうか……『反射壁』と物がぶつかる時に発生する衝撃を反射したってことか……」


 チェリードは自分の能力の可能性に気づくと、そこに希望を見い出した。


「これなら二人を助けられるかもしれない!」


 自分に可能性がある。それだけで、チェリードは救われた気分になれた。


 今なら、怖くない。そう思えた彼は、急いで二人の元へ向かった。


「待ってろ、二人とも! 助けに行くからな!」



 が、しかしその時、()()()()()()()()が語りかけてきた。


『戦え』


 頭がかち割れそうな程の耳鳴りと共に、激しい頭痛がチェリードを襲う。


『戦え、血に飢えた若人よ』


「くっ! なんだこいつ……! 頭の中に言葉が…………!!」


『戦わぬなら……』


「ぐあああぁぁ!!!」


 身体中に切り傷のようなものができると同時に、たくさんの血が底から吹き出した。そして抵抗する間もなく、彼は貧血で倒れてしまった。


「くっそおおぉ…………何を、する気……だ……」


 血にまみれた視界の奥に見えた人影を睨みながら、チェリードは気を失ってしまった…………



***



「ヨシ、どうやら上手くいったようだな」


 突如として彼の身体を奪った■■は、闘争を求めていた。今まで晴らすに晴らせなかった無念や、戦うことのできなかった数十年間の鬱憤が詰まっている■■の魂に、今、何が見えているのか。


「さて、大暴れするか……」


 血に飢えた指先は争いを求め疼いている。その疼きを鎮めるため、地面を蹴飛ばしながら二人の元へと向かった。


 瞳は自然と、擦れた紅色に染まり出した。

・ギガリスについて


 体長1.8メートル、体重200キログラムの巨大なリスの魔獣(モンスター)


 鋭く尖った前歯と腕と同様短い爪が特徴で、接近した者をそれらを振り回して攻撃する。また蛇のような尻尾も持ち合わせており、怒るとぶんぶんと無造作に振り回す。たまに自分に当たる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ