第14話「森林実習 Ⅱ 」
「フォーリッジ大森林」。それはオルタール王国の西側、歩いて15分程の位置に存在する大森林である。
南側にもチェリードの家の近くに森林があったが、それとは別の場所に存在している西の大森林は、弱い魔物がそこら中に住み処を作り暮らしている。ほとんど魔物がいない南と比べると、その危険性がわかるだろう。
また、フォーリッジ大森林は、奥に行けば行くほど魔物は強くなっていくことで有名だ。
無事に辿り着いたチェリードのクラスは、先生の指示で戦闘するための準備を始めた。各自が準備運動をしたり、武器を取り出して素振りをする中、
「お前はいいよな~、何も準備する必要がなくて」
と嫌味を言ってくる者もいた。彼の知らないところで色々な噂が立っているようで、魔法や武器が使えないことは既に周知の事実であった。
彼はムッとしながらも、出発前に支給された治療品や道具を、同じく支給されたウエストポーチのようなバッグに詰め込んだ。
「えーと…………とりあえず基本は自由行動。時間になったら今持ってる笛を鳴らすから、そしたらこの場所に集合ね……」
生徒の準備が終わると、先生は皆を集め、森林実習の説明を始めた。
さっきの事もあってか、先生からは恐ろしいほどに気力を感じなかった。心なしか窶れているようにも見えるし、全く覇気を感じない。
……生徒からの殺気を感じたが、それは無視することにした。
「それと……(あとなんだっけ……)あ、みんなはこの時計、持ってるかな?」
生徒が見えるように、先生は小さい体を頑張って伸ばし手を上げた。そしてその先生の手の中には丸い形をした時計が収められていた。
(なんだあれ、懐中時計?)
「この時計は魔吸時計。時計でありながら、魔力を吸収できる道具です……魔物を倒せば、それだけここに倒した魔物の魔力が溜まります」
そして、先生は更に説明を続ける。
「魔力が溜まると、紫色の液体で満たされていくの。液体が半分以上溜まった人と、一番魔力を貯めた人にはご褒美があるから、みんな、頑張ってね~……」
説明が終わった先生は、腰に付いた笛を取り出し、口元に近づけた。
「じゃあ、始めるわよ~……」
ピーーーーッ!
腑抜けた笛の音と共に、森林実習が始まった。
開始の合図がなされると同時に、クラスメートは仲の良い人達同士でグループを作り、一心不乱に森の中へと入っていった。
彼のクラスメートは既に打ち合わせていたのかすぐにグループが決まり、一グループ、また一グループと森へと消えていってしまい、最終的に残されたのが四人となってしまった。
そしてその四人とは、チェリードと、あの三人組である。
「……………………」
「「「……………………」」」
かつてぶつかり合った四人だけがこの場に取り残されてしまい、互いに切り出すことができない。
「「なあ」」
沈黙の末に口を開いた二人の声がハモった。
「「……………………」」
気まずさを感じながら二人は目を合わせ、そして反らした。
更なる沈黙を置いた後、最初に話し始めたのはマルーサだった。
「――――なあ、チェリード」
「ん? なんだ?」
「その…………ごめん」
意外だった。まさか彼が先に謝ってくると思っていなかったチェリードは、複雑な心境に陥った。
「なんで謝るんだよ。お前らが悪いってわけじゃないのに」
チェリードがそう言うと、マルーサ達は申し訳なさそうな表情をしながらこう言った。
「いや……いくら先生に脅されてたと言っても、俺らがやったことに変わりはねえからよ」
「ごめんね、チェリード君。僕たちがもっと反対してれば良かったんだけど」
「……ちょっとやりすぎた」
三人とも、自分達が行ったことを反省している様子だった。
「そっか」
チェリードは相槌を打つと、しばらく考え込んだ。
(結局、俺もお前も被害者だったんだよな。先生の復讐に付き合わされた、ただの被害者)
先生に利用された者同士、これ以上関係を壊したくない。そう考えたチェリードは、一つ、とあることを提案した。
「なあ、マルーサ。一つ、提案があるんだ」
「なんだよ」
「ここは一つ、先生を見返したくはないか?」
チェリードは握手を求めるように手を前に差し出した。
「あ? そりゃあ見返したいけどよ……どうするんだ?」
「至って単純、この時計にたくさん魔力を集めるだけ。それで、クラスで一番になるんだ」
チェリードが提案したことは、本当に単純だった。ただ誰よりも魔物を倒し、一番になる。ただ、それだけ。
「……それでどうすんだよ」
提案してきた意図を汲み取れなかったマルーサが聞くと、真っ直ぐな眼差しを向けながら彼は言った。
「俺たちは先生に利用されるほど弱くないんだ、っていう意思表示になる」
「で、でも、それじゃあなにも解決しないんじゃ……」
根本的な解決になっていないことをスパラが指摘すると、チェリードはそれに頷いた。
「その通り。何も解決しない」
「じゃあ何のためにやるんだよ……」
ラハークが心底気に入らない様子で呟くと、チェリードは下を向きながら話し始めた。
「俺は、転生する前、たくさん虐められた」
「ッ……」
「たくさん、殴られたし、たくさん、悪口言われた。物を隠されたり、泥水を頭から被ったことだってあった」
「チェリード……君……」
「……前の世界じゃ、仕返しなんて夢のまた夢だった…………だから、だから俺は……!」
チェリードは一歩前に踏み出し、三人に向かって強く言い放った。
「この屈辱を、少しでも晴らしたいんだ……!」
彼は燃えていた。今まで成せなかった仕返しができること、僅かながらの復讐ができることに。そして、復讐を共にできる仲間が今、目の前にいることに。
話を聞いていた三人は、その彼の気迫に圧倒された。前のチェリードからは感じられない、その力強さに少しの感動すら覚えていた。
「だから、マルーサ、スパラ、ラハーク」
チェリードは三人の目を順番に見ながら、
「俺と一緒に、戦おう」
と、手をさっきよりも前に差し出した。
三人の答えは、自然と一つにまとまっていた。
ガシッ
「いいぜ。俺らもヤラレっぱなしは嫌だからよ。一緒に戦おうぜ、チェリード」
二人は力強い握手を交わし、共に戦うことを決めた。
――――――――――――――――――――――――
早速森に蔓延る魔物を倒すため、四人は走って森の中へ向かった。
「――――で、何か作戦とかあるのか?」
「うーん……特に決まってねえ。マルーサの固有能力で攻撃を防ぎながら隙を突いて、俺らが攻撃する感じでいいんじゃね?」
「俺は?」
「ラハークは『隠密』で頑張ってくれ」
「さ、、三人とも待って~~!!」
一方、ライナー先生やその他のクラスメートは、比較的森の外側の方で弱い魔物達を狩っていた。
「ねえ先生、あの四人奥に行っちゃったけど大丈夫かな?」
「……そうね。どうせ途中で大怪我追いながら帰ってくるわよ」
「あ! 先生! あそこにスライム!」
先生や他の生徒がいる場所は、スライムなどを始めとした弱い魔物がよく出現するようだ。スライム以外にも、草木の形をした魔物や、蝶のような魔物もいるようで、四人も走っている最中に確認することができた。
そして走り続けた四人は、ついに魔物に遭遇することになる。
『チュイ!! チュチチュイ!!』
現れたのは、人間の背丈ほどのリスのような魔獣だった。鋭い爪に、複眼のような目、尖った前歯には光沢がある。尻尾をビタン! と地面を叩きながらこちらを威嚇している。
「おお……なあ、あいつはなんだ?」
なんだかんだ人生二回目の魔獣遭遇に、チェリードは密かに喜んでいるようだ。そんな様子を見て、マルーサは少し呆れている。
「お前学校で習ったろ……こいつは『ギガリス』。持ち前の爪と前歯で相手を切り裂く魔獣だ」
「ギガリス」と呼ばれる目の前の魔獣は、警戒しながらこちらにのそのそと近づいてきた。
「へえ~……こいつって強い?」
「そんなこと言ってる場合じゃないと思うぞ」
『チュイチュイチューーイ!!!』
ついに痺れを切らしたギガリスが、チェリード目掛けて猛突進してきた。チェリードは咄嗟に「防御壁」で防ぐも、丸々と太った巨体がチェリードを吹っ飛ばした。
「ぐっ……!! こいつ思ったより力が……」
「大丈夫か、チェリード!」
今の一撃で魔物の強さを確認したマルーサは、両手に火炎弾を生成し、連続でそれらを投げ放った。
「〈初級炎魔法〉!!」
『チュイッ!?』
彼が繰り出した魔法は二球とも命中し、ギガリスの腹にに多少のダメージを負わせることができた。
『チュッチュイッ!!』
しかし、それに対して怒り始めたギガリスは、その逞しい尻尾を鞭のようにしならせ、横からマルーサとチェリードを巻き込みながら一回転させた。
「ぐはぁ!」
「くっ!!」
尻尾に巻き込まれた二人は横腹を思いっきり撃たれながら倒れてしまう。怒る魔物に怯えるスパラは、この状況に怖じ気ついてしまった。
「ヒイィ! やっぱり怖い……!」
しかし、そんな様子を見かねてか、気合いを入れるためにラハークがスパラの背中をパチンと叩いた。
「グズグズすんな! おいスパラ! 俺たちも攻撃するぞ!」
「う、うん!」
後方で待機していたスパラとラハークは、二人に負けていられないと反撃を始めた。
「スパラ! 俺が足止めするからアレ頼んだ!」
「うん! わかった」
ラハークはスパラに指示した後、背中に装備していた杖を取りだし、次のように唱えた。
「〈拘束〉!!」
すると、地面から現れた魔力の鎖が、ギガリスの体を封じ込めた。
「今だ!!」
彼の合図とともに、スパラは自分の固有能力を発動させた。
「わかった! 『罠:トラバサミ』!」
体を動けなくさせている間に、スパラが懐に潜り込み、罠を設置。拘束を取り払おうとするギガリスは、この罠に引っ掛かった。
『チュイーーッ!!?』
足に刺さったトラバサミをなんとかしようとギガリスはもがき始めるが、トラバサミは一向に外れる気配がない。
そして魔獣の動きを封じているこの隙に、二人はすぐさまマルーサとチェリードの元へ向かった。
「大丈夫? 二人とも!」
「あぁ…………当たる寸前、『防御壁』が展開できてなんとか」
幸い、二人は尻尾に当たる寸前、チェリードの「防御壁」によって軽い傷を負うだけで済んだ。
「だが、あいつはかなりのパワー持ってるのが今のでわかった。俺の〈上級闇魔法〉で一気にカタをつけるぞ」
「あの技か…………わかった」
〈上級闇魔法〉…………それはかつてチェリードを倒すために使われたマルーサの固有能力。それを直に食らった彼は、魔獣への脅威に成りうることは既にわかりきっていた。
「じゃあ、技が放たれるまで僕らが足止めしよっか」
「「おう!」」
全てを無に帰す暗黒の魔球。あれをガリスに当てることで早期決着を目論んだ四人は早速行動に出た。
『チュイチュイー!』
自慢の爪で拘束を切り裂いたギガリスは怒り狂いながら暴れている。よっぽど怒っているのか、そこら中の木々を尻尾で薙ぎ倒しながら、その場でただジダバタとしている。
怒ると前が見えなくなるタイプなのだろうか。
「闇よ。深き闇よ。聖なる物に染まらんとする悪魔に私の力を捧ぐ。大地の………」
そしてついに、マルーサが詠唱を始めた。それに続くように、ラハークとスパラが魔法を続いて繰り出した。
「よし! いくぞ! 〈麻痺付与〉!!」
「じゃあ僕も! 〈池沼〉!」
ラハークが繰り出した〈麻痺付与〉によって、ギガリスの全身は電気に覆われ感電し、スパラの繰り出した〈池沼〉によって、ギガリスが立っている地面一帯が沼地のようなぬかるんだ地面に変わり、魔獣の足元を吸着していく。
『チュッチュッ!?』
しかし、完全に行動を制限されたことに気づいたギガリスは、ふと冷静になって攻撃を止めたかと思えば、今度は尻尾を風車のようにに回し始めた。
あの風の舞いカタは、風魔法の一種であることに気づいたのはその直後であった。
「やば!」
何重にも重なった風の刃がマルーサを襲う。チェリードは「防御壁」を展開しながら、大地を蹴りあげながらマルーサに近づいていった。
(間に合えーーー!!!)
ザシュッ!!
当たった衝撃で砂煙が舞っている中、聞こえたのは風魔法が当たったような斬撃のような音だった。
「マルーサ君!!」
「おいチェリードぉぉ! 何やって――――」
マルーサを守れなかったことに対して激怒するラハークだったが、煙から現れたのは無傷な二人だった。
「大丈夫だぜ! ラハーク!」
ニヤリと口角を上げる二人に、ラハークとスパラはホッとした表情を見せた。
「よし、行け! マルーサ!」
「おう!!」
見事ギガリスの魔法を防ぎきった三人。そしてついに、満を持してマルーサの詠唱が終わった。
「食らえ、〈上級闇魔法〉!」
『チュチュチュ!?』
魔獣を優に超える大きさを誇る暗黒の魔球が、地面を抉り取りながらギガリスの飲み込み、黒い雷を纏いながら爆発。その時の重厚な爆発音は、森の端から端まで聞こえたという。
「よし! 確認だ!」
「「わかった!」」
「うん!」
魔獣の生死を確認するため、四人はゆっくりとギガリスに近づいた。
『………………』
スパラがゆっくりギガリスの体の上に登って確認すると、息の根は完全に止まっていた。
「止まってる……」
「てことは……」
「俺たちの……」
「「「俺たちの勝利だーー!!」」」
まさに、「昨日の敵は今日の友」。四人で力を合わし、初めて魔物を討伐することができたのだ。
「やったな!」
「よっしゃあ!!!」
「や、やったね!」
「俺ら強いんじゃね!?」
初めての魔物討伐に一同大喜びである。
「よし! この調子でどんどん倒していくぞ!」
調子付いて浮かれている三人とは裏腹に、スパラだけは何かを思い出したのか、ギガリスの死体に近寄っては不安そうな顔をしていた。
「……………」
「ん? どうしたスパラ? 早く次の魔物倒そーぜ」
マルーサが不安がるスパラを引っ張っていこうとしたが、それでもスパラは頑なにここから動こうとしなかった。
「いや…………ギガリスって死ぬと体臭が出るのって知ってる?」
「そうなのか。全然匂わないけど」
「人間にはわからない臭いなんだ! 確か、大型の魔獣だけ引き寄せる…………」
「――――なあ、それって」
それに気づいたラハークが恐る恐るスパラの後ろ側を指差す。
「こいつのことか?」
「? …………え――――」
次の瞬間、四人が見ていた希望が絶望に切り替わった。
「あ…………あぁ…………」
次に瞬きをした時、彼らの目に映ったのは、魔獣によって腹を貫かれたスパラの遺体だった。
「ス、スパラアアァァァァ!!!」
「魔物」と「魔獣」について
この異世界における「魔物」は、人間に敵対している、あるいは、魔王の手下になっている生物のことを指すが、その中でも最も割合の多い動物の「魔物」は「魔獣」としている。
どちらも「モンスター」と読むが、現在では、動物の魔物の種族を「魔獣」と認識している人が多く、それが一般的となっている。