第12話「明日、遠足に向けて」
「で、君は何を質問するんじゃ?」
「まずは…………そうだな、じゃあ1つ目」
生きる意味を取り戻したチェリードは、神様に何を質問するのかを少し考えていた。が、しかし、質問する内容はとっくに決まっていた。
「俺が死んだ理由、教えてくれないか」
彼は、先生から逃げた後の記憶の一切を失っていた。自分が先生から逃げた後、家に帰り自分の部屋に行き、たまたま置いてあった縄を使って首吊り自殺を行ったことを、彼は未だ知らずにいた。
「なるほどの~う」
神様がウンウンと相槌を打つと、ちゃぶ台の近くに置いてあった小さな本棚から本を一冊抜き取った。取り出した本の表紙には掠れた文字で「固有能力」と書かれていた。
懐から取り出した老眼鏡をかけ、しばらく本と睨み合いをしていた神様は、パタンと本をゆっくり閉じ彼の方に目を移した。
「――――まず、君は死因が首吊り自殺だ、というのは~わかっているな?」
「え、先生に殺されたんじゃなかったのか?」
「そうか…………なるほどな」
「?」
神様は妙に納得したような表情を浮かべているが、何が「なるほど」なのか、彼には全くわからなかった。そして、
「『自殺付与』」
神様は唐突にこう言った。
「え?」
「『自殺付与』、それが君の担任の先生、ライナーズ・クルッテの固有能力じゃ。」
「ぎせるふきる……?」
チェリードは顔をポカンとしながら神様に聞き返した。
「簡単に言うと、相手の精神を乗っ取り、自殺させることができる能力じゃ」
「は!? そんなのチートじゃねえか! ふざけんなよ!!」
「まあ落ち着け。そう簡単に出せるものじゃないんじゃあれは」
神様に「ほい」と言われ手渡された緑茶を一気に飲み干して、興奮気味の気持ちを抑えつつ、神様の話を聞いた。
「この能力、条件が三つあってな。対象が精神的に追い込まれていること、対象が所有者に恐怖心を抱いていること、そして、対象が所有者から逃げている間。この時に、この能力は効果を発揮するんじゃ」
神様が言うに、この「自殺付与」という能力は、三つの条件を達成しないと発動しないそうだ。
「なんでそんな複雑なのに…………って俺全部当てはまってたのか…………」
彼の言う通り、意図的なのか偶然によるものか、彼は三つの条件に全て当てはまっていた。
虐めによって精神的に追い込まれ、先生の本性を知ったことで彼女に恐怖心を抱き、更に、彼はその場から逃げ出してしまった。
これがもし仕組まれていたことなら……と一瞬考えたが、途中で怖くなってしまい、彼は余計なことを考えるのを止めた。今、必要なのは過去を振り返ることではない。
「――――まあ、大体こんなところじゃ。あともう一つの質問はどうするんじゃ? なんでも良いぞ?」
一つ目の質問に対する答えが返ってきたところで、神様は二つ目の質問をするよう催促してきた。
「あともう一つか…………」
チェリードは最初の質問さえ聞ければ良いと思っていたので、特に二つ目の質問を考えていたなかった。
(うーん……聞きたいことはもう聞いちゃったしな…………)
しばらく熟考した後、何かが閃いたような表情を見せながら、二つ目の質問を投げかけた。
「復活した後、俺はどうすればいいんだ?」
神様は少しニヤリと笑いながら、
「まあ、そうなるだろうな」
と、わかっていたような口ぶりで言葉を返した。
神様はまた本棚から本を取り出し、今度は「時」と書かれた分厚い本を読み始めた。
大体のページに目を通した。それから今後についての話を始めた。
「うーんそうじゃな…………君が死んでから数日後に『遠足』があるのは知っているか?」
「あー…………あんまり覚えてないけど、多分あったと思う」
「遠足」、もとい「森林実習」とは、王国外にある森林に、遠足という名目で実際に魔物を倒したりする、戦闘の実践訓練が行われる学校行事のことである。
チェリードが死ぬ数日前、それについての説明会があったが、彼は先生の虜になっていたので、具体的な内容については知らないようだった。
「その『遠足』に行け。行けば何か起こる」
神様は力強く言った。しかし、「何か起こる」という言葉の曖昧さが目立って、彼は気になって仕方がなかった。
「ああ、わかったけど…………何かって何?」
「まあ、いろいろじゃよ~」
「随分適当だなぁ…………」
結局神様が彼の疑問に答えることはなかった。
「じゃが、そこに行けば転機があるのは事実。『遠足』の前日に起こすから、いろいろ準備しとくんじゃぞ。」
「『転機』か…………とりあえず神様の言うこと聞けばいいんだな? ……わかった」
不安な要素がいくつか残っているが、とやかく言っている暇も無いので、彼は渋々了承した。
「じゃ、早速復活するぞ~」
神様は間髪入れず、スッと立ち上がってササッと何かを準備し始めた。
「あ、そうだ。言い忘れたことが」
「ん? 何?」
神様は急に手を止め、コホンと咳払いをしては突然真剣な顔をチェリードに向けた。彼はその迫力に圧倒されかけた。
「チェリード・ドブライ。君のこれからの人生、長いようで短い旅のようだろう。くれぐれも、『後悔』しないように」
「…………あー……えーと、これは」
「あ、一応神様っぽいこと言っておこうかな~ってな!!ガーハッハッハ!」
真剣な表情から一変、大きな口を開けながら大笑いをしている神様を見て、
(このおじいさん、前から思ってたけど可笑しな人だよな……)
と、今さらながら思った。
「じゃ、復活するぞ~」
仕切り直して、神様は復活の準備を再開した。
「うわ!? なんだこれ!?」
神様が準備している間に、既に復活は始まっていたようだ。
「うわっ! 体がなんか透けてるんだけど」
「じゃ、頑張るんじゃぞ~、それ!」
神様が手に持った杖を振りかざしたのを最後に、チェリードは視界が光で覆われ何も見えなくなった。
……
………
…………
次に見た光景は見慣れた天井だった。
「…………」
彼は腹に力を入れて思いっきり体を起こした。辺りを見渡すと、机の上にはロープと、地面には恐らく自殺した時に使った椅子が雑に置かれていた。
部屋のカーテンを開けると、とっくに月は沈みきっていた。太陽が部屋を優しく照らしているのを感じながら、彼は血の拭いた跡が残る部屋を後にした。
部屋から出て、すぐ近くの階段を降りると、三人が朝食を摂っていた。
「あ……リド、おはよう」
「おはよう。リド君」
「おっはよー!……」
三人はまるで何もなかったかのように振る舞っていた。まるであの日のことを綺麗さっぱり忘れているみたいだった。
「おはよう、みんな」
そしてチェリードもまた、何もなかったかのように振る舞うことにした。
自分のいつも座っている席に着き、目の前に出された朝食を食べた。
(今日はサラダがいつもより多いな)
そんな呑気なことを考えながら、彼は朝食という一時の平和を味わうことにした。
「なあ、なんで俺は生き返ったんだ?」
チェリードは三人に向かって質問した。彼は、こちらの世界ではどうやって復活したのかが気になっていた。彼の質問に答えたのは母のケネルだった。
「私が復活魔法で生き返らせたのよ。死んだことに早く気づけたから、早く復活して良かったわ」
「そっか。ありがとね、お母さん」
彼は微笑みながら感謝を述べた。
すると、ローディが何かに気づいたようで、チェリードの方を見ながら不思議に思っていそうな顔をしていた。
「――――そういえばリド、口調が随分変わったんじゃないか……?」
ローディがそう言うと、チェリードは少し表情を曇らせた。
彼は天国で起きたことを話そうとしていたが、何だか後になって面倒くさいことが起きると思ったのか、適当に嘘をでっち上げた。
「ああ……何かさ、目覚めた時に全部思い出したんだ。俺の転生前の記憶とか、まあ……いろいろね」
「そうか……それは、よかったな」
ローディは適当に相槌を打ちながら、テーブルに置かれたパンにかぶりついた。彼はそれを見て少しだけホッとした。
それからは、家族の団欒を楽しんだ。異世界のことについて聞いたり、逆に転生する前の世界のことを話したり、リーナのいた世界の話もしたり…………
(こんな時間が一生続けばいいなぁ)
家族との会話を楽しみながら、チェリードは切実にそう思っていた。
「なあ、父さん」
「ん? なにかな?」
「明日『遠足』があるよね? 俺、行きたいんだ、遠足。ダメかな?」
神様に言われたとおり、チェリードは遠足に行きたい旨を伝えた。
遠足と言えど中身はただの実践訓練。父親のローディは顔をしかめながら、ゆったりとした声でこう答えた。
「…………確か、参加同意書が無いと、遠足に行けないんだよ」
「あれ? そうだったっけ? ちょっと探してくる」
遠足に行くためには参加同意書が無いといけないらしい。ローディに言われてそのことに気づいた彼は、急いで自分の部屋に戻った。
『遠足に参加する人は、当日に参加同意書、持ってきてねー!!』
数日前にあった説明会にて、ライナー先生は確かに言っていたことを思い出した彼は、自分の部屋に着き、急いで鞄を漁った。
(あれ? 同意書って普通に貰ってた気が……)
自分の鞄を漁っていると、思いの外同意書はすぐに見つかった。
「あ、あったよ。これでしょ?」
そう言いながら、チェリードは早足で階段を駆け下りて、父親に見せつけながら同意書の紙を渡した。
「これだよ、これ。でも、本当に遠足に行きたいのかい?」
「ああ」
「そうか…………わかった。くれぐれも気を付けるようにな」
ローディは一瞬怪訝そうな顔を見せたが、彼の真っ直ぐな眼差しを見て、あっさりと快諾してくれた。
同意書の保護者氏名の欄に名前を書き終わると、
「いいかい? もし何かあったら、逃げるんだよ」
と、忠告の言葉と一緒に同意書を返してくれた。
(さて、今日はどうしようか…………)
彼が自殺した日から復活した今日まで、たった数日しか経っていなかった。加えて、彼が起きたのは朝。今から準備しても学校には余裕で間に合ってしまう時間だった。
しかし、あの日のこともあるので、彼は何としても休みたかった。二度とあの顔を見たくはなかった彼は、今日をどうやって過ごすかをベッドに横たわりながらぼんやり考えていた。
(――――あ、そうだ)
何かを思い付いた彼は、家を出て、外にいたローディに話しかけた。
「父さん。 俺に戦い方教えてくれない?」
ローディは特に似合ってもいない麦わら帽子を被って庭の草刈りをしていた。チェリードの言葉に少し驚いたローディは、彼が学校に行かないことを心配していた。
「ああ……いいけど、リドは学校に行かなくていいのか? リーナはもう行ってしまったけど」
リーナは彼が考え事をしている間に学校に登校していたようだった。しかし、絶対に学校に行きたくない彼は、
「いいんだ、別に。明日の遠足行けばいいだけだし」
と言った。
「そうか…………わかった。じゃあ今日は格闘術でも教えようか」
「ホント!? ありがと」
こうして、チェリードは一日中、ローディから格闘を教えてもらった。
ローディのその強靭な体から繰り出されたパンチで、何百年と生きているであろう大木が豆腐のように崩れ落ちたのがあまりに印象的すぎて、途中からそのことが頭にこびりついて稽古に集中できなかった彼は、ローディに投げ飛ばされるのだった…………
おおよそ七時間に渡る稽古の末、格闘の基礎基本を身に付けることができた。
「はぁ…………はぁ…………マジで疲れた…………」
「お疲れ……さ、夕飯食べようか」
「オ、オッス…………」
フラフラになりながら、彼は何とか家の中まで体を持っていった。
家の中に入った彼は、今日覚えたことを忘れないようにと、部屋に置いてあったよく使うノートにメモを取った後、夕食を喉に流し込み、そのまま疲弊した体を休めることにした。
(明日は森林実習…………絶対に乗りきってみせる)
決意を胸に、その日は死んだように眠った。
ライナーズ・クルッテ(先生)
固有能力「自殺付与」
以下の条件を満たした時、対象者の体を乗っ取り、自殺させることができる(自殺以外の行動は不可能)
①対象者が精神的に追い込まれている
②対象者が所有者に恐怖心を抱いている
③対象者が所有者から逃げるように走り出した瞬間