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呪血〈呪われた転生者の血塗られた学校生活〉  作者: 上部 琉津
第1章 転生、そして始まり
12/66

番外編「ライナーズ・クルッテ」

※このお話は過激な表現が含まれております。このお話を飛ばしても本編に支障をきたさないので、苦手な方は飛ばして第11話をお読みください。


 私は、元々転生者が憎かった。


 いや、少し違うかもしれない。


 私は、()()転生者が憎かった。


 何の努力も重ねていないというのに、彼らは、いわゆる「チート」な能力をその身に引っ提げ、この地に降りてくるのだ。そして、降り立った勇者は軽々と魔物(モンスター)を薙ぎ倒していった。


 私は、それが気に入らなかった。


 憎しみはやがて心の内に留まることを許さない。もう、この憎悪は、彼だけにぶつけるのだけでは済まない程に増幅していた。


 私は、心底彼ら転生者を憎んでいた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 あれはかつて、私が冒険者だった頃。あの学校を卒業してから、私はずっとひとりぼっちだった。誰の力も借りずに、ただ独りで依頼をこなしていく毎日を過ごしていた。


『グルルルルゥ……』


「………………」


 ザシュッ


『クゥ……………』


「ふぅ……今日の『ケラナミ』の討伐はこれでいっか」


 私はいつも通り魔物討伐の依頼をこなしていた。


 今日は、高地に出現する「ケラナミ」という鳥型の魔獣(モンスター)の討伐にオルタール王国の西南の地域に来ていた。


 ケラナミは鳩や雀より一回り大きい緑色の鳥で、高地に大量に生息する魔獣だが、倒すことはまだ容易な方なので、女の私にとって、この討伐依頼は丁度良い感じの難易度だった。



 ケラナミの討伐が終わった私はさっさと依頼完了の報告をして帰ろうと思っていた矢先、ばったり別の冒険者のパーティーと遭遇した。


「お? アンタ、一人か?」


 うざい。第一印象はそれだった。


 私に声をかけたのは自分より若そうな青年だった。黒髪に黒い瞳、そして、黒いコート…………いわゆる、典型的な転生者のような身なりだった。


 確か、昔叔母から聞いたことがある。「全身に黒を纏った転生者には気を付けろ」って言っていたような気がする。


 いや、そんなことより、私はそんなことより気になっていることがあった。


「ぁ…………えーと……………」


「ねぇどうしたの~ユウマ~」


「そぅよ~こんな女に構ってないでさ~」


「ユウマ」という男の両腕に自身の腕を絡めている女が両側に付いていた。一人は赤髪の童顔で元気そうで、もう一人は金髪のナイスボディ。どっちも髪色と同じワンピースを着ていたような…………いや、あんまり覚えてない。


 私はそれを見て、ただただ嫌悪感が体を這いつくばる気持ち悪さに吐きそうになった。


「いいじゃん二人とも。それよりさぁ~お姉さん、オレたちとパーティ組まね?」


 この男、思ったよりもチャラチャラしていた。男はまるでナンパをするかのような口調で私に勧誘してきた。いや、これはもはやナンパか。


「悪いけど、私は一人がいいから」


 そう断って私は王国の方へ戻ろうとした。


「え? なにお前、オレに逆らおうってんの?」


 私の答えが気に入らない男は私の腕をガシッと掴んだ。


「ちょっと何よ、やめて――――」


 私は掴まれた手を振りほどこうとしたが、


 パチン!


 頬に、痛みが。


「…………?」


「逆らうんじゃねーよ、このアマが」


 一瞬訳がわからなかった。ただ断っただけで、私は頬を叩かれた。右の頬が赤くなっている。


 徐々に憤りが増すその男はかなり短気だった。


「いいか? オレはなぁ、あっちの国じゃあ、『国で一番の勇者』だって評判なんだよ」


 怒りが顔から抜けていき、男は自慢げにオルタール王国とは反対方向を指差した。


(あっちの国は確か…………)


「オレの頼みを断るだなんて、どんな神経してんだか」


 きっと私が小柄だからだろうか、男は私に顔を近づけながらケラケラと嘲笑っている。


「……チッ」


 パチン!


 さすがの私もこの態度は気に入らなかったので、ビンタの仕返しをした。


「…………」


「あなたが『国で一番の勇者』だなんて、その国が可哀想ね」


 そう言い捨てて、私はやっぱり王国の方へ戻ろうとした。



 しかし、それで引き下がるほど男は甘くなかった。



「いっ!!」


 足に刺さるような痛みが走る。いや、刺さっていた。刃渡り二十センチメートルぐらいの短剣が、ふくらはぎを貫通しながら刺さっていた。


 ゆっくり後ろを振り返ると、女二人がこちらを敵意を剥き出しにして睨み付けていた。金髪の方が足に刺さったのと同じ短剣を持っていたので、それを投げたのが彼女だとすぐにわかった。


「まじありえないんだけど。折角ユウマが誘ってんのに、なんなの?」


「そうよ~ほんと失礼よね~キャハハ!」


 頭にふと、「類は友を呼ぶ」という言葉がよぎった。女二人は忌々しい声で笑いながらこちらを見下していた。とても腹立たしかった。


「大体、ユウマに逆らおうだなんて、アナタバカじゃないの?」


「そうよ、勝てるはずがないのよ、こんな弱者が」


「……ふざけないでよ…………」


「まあまあ二人とも落ち着いて~そんな怖い顔は似合わないよ」


 随分気の抜けた声を出しながら男は女二人を宥めた。彼女らは目をハートにして「ユウマ様~♡」と、あざとさ全開だ。


 とても、不快だった。



 男が痛みに悶える私の前に立ちはだかった。不気味な笑顔でこちらを見ている。


「まあそうだな…………とりあえずッ!」



 ブシャアアアア…………



 男は突然、顔色を変えて背中に納めてあった黒い剣を取り出して私の胸に突き刺した。思いっきりふりかぶったその剣は、肋骨の隙間を掻い潜り心臓部を貫いた。そしてその貫いた剣を体内でぐるりと回転してから剣を抜いた。


 私は、もし、男の言うことを聞いていたら、これを避けることができたのだろうか。


「あ…………あ…………」


「じゃ、とりあえず、殺されてくれる?」


 突き刺された部分を恐る恐る見てみると、やっぱり血が噴き出していた。なんか、それを見たら急に力が抜けていく気がした。


 男のその言葉を聞きながら、私は意識が朦朧としていくのをゆっくりと感じながら、私はその場に倒れ込んだ。


 そして最後に見たのは、男の下衆な笑顔だった。


「――――で、こいつはどう遊ぼ~かな~」


「とりあえずソレっぽい演技でこの子助けたってことにしよ~!」


「お、いいじゃんその案、賛成!」


「ねえユウマ~、疲れたおんぶして~」


「はいはい、わかったよ……」



 あの男に殺された後、私はとある施設の治療室の、真っ白なベッドの上で目覚めた。まだ意識がしっかりしていなかったこともあり体を起こすことができなかったが、周りに目をやると戦いで負傷した冒険者が治療を受けているのが見えた。


「あ、お目覚めになりましたか?」


「はい…………」


「とりあえず処置は完了してますので、しばらくは安静にしておいてくださいね」


「はぁ…………」


 重い。やっぱり()()の復活魔法はあんまり上手くないな。


 しばらくは起き上がることができなかったので、首をどうにか動かして辺りを見渡してみると、近くにあの男たちがいたことに気がついた。


 どうやら女性の従業員と話しているようだ。従業員は嬉しそうにあの男と話していた。



「いやーほんと、助けてくれたのがあの人たちで良かったですね」


 突然、頭の上の方から声が聞こえた。男と話している人とは違う女性の従業員が声をかけていた。


 いや、しかし、「助けてくれた」とは……?


「え? 助けられたってどういう…………」


「知らないんですか? あなたが魔物に襲われているところを、あの勇者様が助けてくれたんですよ」


「は……? 嘘……」


「おーい、大丈夫か~」


 私が勝手に作られた嘘のストーリーに驚いていると、あの男が私が目覚めたことに気づいてこちらに近づいてきた。


「あ、勇者様! ふふ、こちらの方は無事でしたよ。まだ起き上がれないそうなので、それが回復するまではお待ちください」


「おう、ありがとな。この人を助けてくれて」


「いえいえそんなぁ!」


 その女の従業員も色目を使っていた。


(くっ……どうしてあいつはあんなことをしながら平然としてられるのよ……)


 あんな残酷なことをさせておいて勇者を気取っている男のことが心底気に入らなかった。


 一刻も早く仕返しがしたい。沸々と沸き上がる殺意を抑えつつ、私はようやく体を持ち上げることができた。


「お! ついに起き上がったか!」


「うぅ…………」


 頭が痛い。そういえば目覚めた時から頭痛と、それから思うように体が動かせなかった。その時はただ男への怒りで気づかなかったけれど。


「大丈夫か? お前」


 男は心配そうな目でこちらを覗いている。私はすぐにでもあなたを殴りたいというのに。


 しかし、私から発した言葉は、全く違った。


「はい、大丈夫です。この度は助けて頂いてありがとうございます」


(は、え? なんで私こんなこと言ってるの?)


 全く感謝などしていないというのに、私の口から発せられた言葉は、男に助けてもらったことへの感謝だった。そして、私はいつの間にかベッドの上で正座をしながらお辞儀をしていた。


「いや~そんな! オレはただ倒れている人を助けたまでよ!」


「ほんとうに、ありがとうございます」


 勝手に動く私の口は、無機質に感謝を述べている。どうしてこうなったのか、私は全くわからなかった。


(嘘……なんで体が思い通りに動かないの……?)


 まるで体と心が乖離(かいり)したかのように体は私のいうことを聞いてはくれなかった。


「あ、そうだ! もし良かったらオレらのパーティに入らない?」


「はい。では、よろしくおねがいします」


(なんでよ! なんでいうこと聞いてくれないのよ……!)


 どうして体がいうことを聞かないのかわからない。しかも私の体は男の勧誘を勝手に承諾していた。


(もしかして、〈洗脳(ファナテイクド)〉?)


 そういえば〈洗脳〉という魔法があったのをその時思い出した。確か、効果は戦闘不能の相手の身体を使用者の意のままに操るというものだった。


(いや、でもそしたら私の心も操られているはず…………)


 しかし、この魔法を使うと体だけでなく心をも操ってしまうはずだ。今のこの状況とは噛み合わない。


「よし! じゃあ一緒に行こうぜ」


 屈託のない笑顔を見せながら男は私の手を引いた。手を握った時に感じたのは手の皮膚が少しだけ厚いことと、やけに冷たかったことだった。



 こうして私はしばらく男のパーティの一員となり、しばらくはパーティのメンバーとして活動することとなった。転生者のユウマ、赤髪のエリーゼ、金髪のヨーネと共に、私たちは数々の依頼をこなしていった。


 しかし、


「きゃあっ!」



 そこでは、私は人として扱われることは一切なかった。



「おい豚! さっさとやっつけろよ!」


 あの日以降、私の〈洗脳〉は解けたが、依然として私への暴力や暴言、態度などが変わることはなかった。


「は、はい……すみません……」


 寧ろ初めてあった時よりもひどくなっていたと思う。戦闘中に倒れた私を蹴り飛ばしたり、殴ったり、少しでも上手くいかないとその度に私を貶したり、罵ったり。


「お前をメンバーに入れたことを感謝しながら行動しろ!!」


 もちろん、町の中や人がいる所ではそういう事ほ行わなかった。なぜなら彼らには「とある国の勇者」という肩書きがあるからだ。


「そうよ、早く片付けないと殴るわよ!」


 けれど、四人きりになった途端に、私を「豚」呼ばわりするのが日常茶飯事となり、エリーゼとヨーネに陰口やら罵倒やらを食らうのが毎日続いた。私の心は既にボロボロだった。


「は~まじ使えね。この豚は置いてさっさと行こうよユウマ~」


 …………この最悪な生活が、多分、一ヶ月以上は続いたと思う。元からあんまりなかった感情の起伏が更に失くなっていった気がした。


「………………」


 この時に私はきっと精神に異常をきたしていた。いや、そうであってほしい。そうでなかったら、()()()()()()()()()()()()()()()()



 そして、私に対する仕打ちは月日を経てより残虐なものへと化していった。



 おおよそ一ヶ月くらい、私は何もしていないというのに、食料を恵んでくれなかった時期があった。


「ねえ…………私のご飯は……?」


「は? んなのねぇよ。そこらへんに落ちてるゴミでも食ってろ」


「ん~~!! このお肉チョー美味しいんだけど!」


「ホント!? 私にもチョーダイ!」


「おいおい二人とも、そんなにがっつくなって!」


「………………」


 こんな扱いをする奴等が、本当に「とある国の勇者」を任されていると思う度に吐き気がする。三人は仲良く高級なお肉をさぞ美味しそうに頬張っているというのに、私に与えられたのはゴミ箱に捨てられた残飯だった。


 理性はこのゴミを食べることを拒んだが、それを上回るほどの飢餓が私を苦しめていた。私は生きるため、生き延びるためにそれを食した。


 クソまずかった。味なんてもう無いに等しい。人が食べちゃいけないやつだと思いながらも、私は飢えを凌ぐために食べ続けた。


 あの時の三人の嘲笑には殺意が沸いたが、逆らえばどうなるのか知っていたので、ただ黙々とそれを食した。


 こんな生活、もう、やめたかった。



 そしてついに、今起きているこの惨状を止める出来事が起きた。


 身も心も廃人寸前にまで到達した私を見て、男は欲情するようになった。多分、男はそういうのが好みだったんだろう。


 そしてまもなく、性欲に飢えた男は私を性奴隷のように扱うようになり…………



 朝になって雀が鳴き始めた頃、疲れはててベッドに寝むりこけてしまった男を見て、私は思った。


(なんでこいつばっかり楽しんでるんだろう)


 男の残虐な行為な数々が、私は許せなかった。


 私は考えるよりも先に、立て掛けてあった男の剣をギュッと握った。そして流れるような手付きで男の心臓部に憎しみを込めた剣を突き刺した。


「うぎゃあああああああああああ!!!」


 部屋中に男の汚い叫びが響く。同時に刺した所から多量の血がまるで噴水のように吹き出している。



 私は剣を突き刺したその刹那、思い出がフラッシュバックした。


 初めて会った時の記憶、無理矢理パーティに入れられた記憶、パーティの一員として扱われていない普段の風景…………全てが不快で死ぬほど気持ち悪かった。


 でも、それも今日で終わる。私が男を剣で殺し、散々だった地獄からの日々から解放される。


 そう思う度に、私は溢れ出す喜びを隠すことはできなかった。


「キャハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


 絶望のドン底から最高の快楽に変貌した瞬間だった。人を殺すことなこれほどまでに楽しいものになるとは思ってもみなかった。


「うぎゃあああ!!! 誰かああああああ!!!」


 花のように散る血飛沫は色鮮やかに舞い、聞くに堪えない男の絶叫が心地よく思えた。だんだんと床に溜まっていく血を見て、私はなぜだか可笑しく思えてしまった。


「キャハハハハハハハハハハハ!!!」


 剣を突いては抜いて、突いては抜いて、突いては抜いて……………


 今、何回刺したんだっけ?



 この時もう既に男は死んでいた。醜い顔を晒ながら呆気なく死んでいった。


 しかし、まだ足りない。こんなものじゃ私は報われない。そう思った私は、男の(はらわた)を裂いては内臓を一つずつ切り刻んだ。


「内臓ってこんなに柔らかいんだ…………!」


 部屋でただ一人、ザシュ、ザシュッと切る音だけが聞こえる。内臓を見つけたら、すぐ微塵切りにしていくのがただただ快感でたまらなかった。


「ふぅ…………」


 謎の幸福感に満ちたまま、私の復讐はひとまずの終わりを告げる。ベッドの傍には、二度と起き上がることがない男の忌々しい死体だけ。


 返り血をできるだけ拭き取って、死臭が充満する部屋を後にした。とても爽やかな気分だった。


 

 宿を出ると、入り口には取り巻きの女が二人、あの男のことを待っていた。しかしその男はもういない。


「あ、ねえ! ユウマは起きてこな――――」


 金髪の女が私に気づいて振り返りながら声をかけようとしたが、私を見るなりまるで殺人鬼に出会ってしまったかのような怖い顔で私を見ていた。いや、私の手を見ていた。


「…………あ」


 そういえば、あいつの剣を置いてくるのを忘れてた。


「キャアアアアアアアアアア!!」


 金髪が絶叫したことに驚いた赤髪の女も後ろを振り返ると、その女もまた絶叫。


「な、ななななななんでその剣をアンタが!!?」


「………………アハ」


 そうだ。良いこと思い付いちゃった。



 私の固有能力は正直使いものにならなかった。使う場面がいまいち分からなかったし、条件が厳しいし、それに人にしか効かないし。


 でも、今、丁度今。ついに使える場面が来たかもしれない。


 ヒュン


「キャッ!!」


 私はとりあえず男の剣を赤髪の足首に刺した。あの時と同じように。


「ちょっと……何……すんのよ…………!! 豚のくせに…………!!」


「……『豚のくせに』?」


「ヒッ!?」


「その豚に飼い主は殺されたのに、まだそんな口が聞けるんだね。面白いね」


「え!? ころ…………」


「エリーゼ、ごめん!! 私、逃げるから!」


「はぁぁ!? ふざけんじゃないわよアンタ!! 私を置いてくつもり!?」


「フン、豚に捕まる方が悪いんだから」


「〈中級氷魔法(フリーガル)〉」


 金髪が赤髪を置いて逃げようとしたので、私は氷魔法で金髪を氷付けにした。随分と躍動感のある固まり方で少し笑える。


「ヨーネ!」


「ア…………ア…………」


 良かった。まだ息はあるみたいだ。


「…………アハ、じゃあ、試してみようかな」


 ちゃんと魔法が当たるように、私は二人にゆっくりと近づいた。


「ねえやめて! ホントに悪かったって思ってるから!」


 そんな言葉で、私は許すと本気で思っているのだろうか。


 そして、足を引きずりながら私から逃げようとするの赤髪の女の真ん前に立って進行方向を塞いだ。


「じゃあ、ちゃんと当たってね、えーと……あ、エリーゼさん」


「やめて! ホントにやめて! おねがい!!」


「『自殺付与(ギセルフキル)』」


 私はニッコリ笑顔で魔法を唱えると、紫色の妖しい人魂が、女の体の中に入っていった。


「……………………」


 完全に喋らなくなった赤髪の女は、フラッとどっかへ去ってしまった。


 そしたら次は、金髪の女だ。


「ア…………! ア…………!」


 私が女の前に立った時に何か言っている様子だったが、私には何も聞こえなかった。


「じゃあいくよ、えっと……名前なんだっけ。アハ、忘れちゃった」


 ヒンヤリとした氷に手をそっと触れさせながら、私は唱えた。


「『自殺付与』」


 同じようにして女の体には紫色の人魂が入っていき、氷の魔法が解けるとたちまちどこかへ消えていった。



 私の固有能力「自殺付与(ギセルフキル)」は、ある条件を揃えれば対象者を自殺させることができる魔法だ。ただし人限定。


 魔法が成功すると、対象者は生気が無くなり、しばらくして何かしらの方法で自殺する。


 まさかこんな場面で役に立つとは思わなかった。生まれてから二十年、今まで要らないとさえ思っていたこの固有能力をついに使うことができた。


「アハ……アハハ……アハハハハハハハ!!」


 なんか、色々起こりすぎて笑いが止まらなかった。恐らく、三十分くらいは笑い続けていたと思う。幸い人気の無いところだったので、他人に見られることはなかった。


 最高の気分だ。今まで苦しめられてきた悪の元凶をついに倒し、その取り巻きでさえも自分の手を汚さずして勝った。まるでヒーローみたいだ。


 ――――でも、


「まだ、足りない」


 まだ、足りない。今まで味わってきた屈辱を晴らすためには、まだこの程度じゃ足りない。


 私の憎しみは留まるところを知らなかった。もう復讐は終わったというのに、まだ心が殺したがっている。


「――――やっぱり」


 私は、転生者がとても憎い。




 とりあえず、私は冒険者を辞めた。まともに転生者とやりあったところで、完敗するのは目に見えていたからだ。


 だから、私は考えた。どうやって転生者を殺すかを。


 そして閃いた。


「アハ、子供なら簡単に殺せそうじゃん!」


 子供なら殺れる。子供相手なら、簡単に復讐の続きができるじゃないか。我ながら名案だと思った。



 こうして私は教師になることを決め、あの男を殺してから二年後、無事に教師になることができた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 さて、私はどこから話せば良いだろうか。



 私はたまに、転校や編入をしてきた転生者を固有能力で殺していたのだが、今はあまり関係ないだろう。


 ではまず、彼がここに編入してきたあたりから。



 私はその年、「オルタール王国立学童教育校」に配属され、そこの一年生の担任をすることになった。まだ年端もいかない生徒たちを扱いきれるどうか不安だったが、意外にもみんな素直で最初の一ヶ月は楽に過ごすことができた。


 特に、藍色髪のマルーサ、銀髪のスパラ、金髪のラハーク。この子たち三人は随分前から仲が良いようで、配布物を一緒に配ってくれたり、黒板を消してくれたりと、中々気の効く子達だった。



 そして、一ヶ月半が過ぎたある日、


「こんにちは、リーナ・ドブライです! これからよろしくおねがいします!」


 編入生としてこの学校に入ってきたのは、転生者のリーナ・ドブライという女子生徒だった。


 サラサラとした水色の髪が特徴的で、見たところ「明るく元気な良生徒」というのが第一印象だった。



 というわけで、早速この子を殺すことにした。


 生憎、女より男を殺す方が好きなのだが、転生者であれば、誰でもいい。


 私は入念に研究、準備を進めてから、リーナという生徒を殺すことを計画した。



 結果的に、私は彼女を殺すことはできなかった。


 私は、彼女にだけ当たりを強くしてから最終的に恐怖を植え付けて殺す、という今までと同じ方法を取ったが、彼女は全く物怖じしなかった。


 もちろん、彼女が元いた世界ではもう少し年齢かが上だったことを考慮して色々工夫したはずだったが、全て、


「はい! ごめんなさい! 次から気を付けます!」


と笑顔で受け流してしまう始末だ。


 完全に予想外だった。いや、もしかしから予め予測できていたかもしれないと思うと苛立ってきた。


 てっきりああいう性格の人はかなりキツく叱れば萎縮するはずなのに、全く恐れず、むしろ常に笑顔だった。彼女は私が思っていたより精神的に強かった。



 彼女を殺すことができなかったと苛立っていた矢先、また新しく編入生が入ってきた。


「チェリード……ドブライです。リドって呼んでください。これからよろしくおねがいします」


 チェリード・ドブライ。彼女……リーナ・ドブライと同じ家の人らしかった。男なのにピンク色の髪の毛を生やしている。「気の弱そうな男子生徒」、それが第一印象だった。



 私はかなり内心苛立っていたので、すぐに殺すための計画や準備をした。もちろん、彼女にやったように強く当たって精神をすり減らす方法も考えたが、ふと脳内に一つの名案が浮かんだ。


「…………アハ、そうだ。あの子たちを利用しよっ」



 チェリードが魔法や武器のテストが終わった後、「この後用事があるから」と、彼に片付けを無理矢理押し付け、私はあの三人に会いに行った。


 しかし、まさか彼に魔法と武器の才能が一つも無いとは思ってもいなかった。しかも固有能力も防御系だから活躍もたかが知れている。これは中々期待できる……笑みが溢れそうになるのを我慢しながら、教室のドアをガラガラと開けた。


「みんなごめん! マルーサ君たちってここにいる?」


(――――やっぱり、このテンションでやるのはキツいなぁ)


 学校にいる時のいつものテンションで声をかけ、教室内を見回すと、三人が談笑しているのを見つけた。彼らはいつも昼休みになると窓際の席で喋っているのだ。


「ん? 先生どうかした?」


 私に気づいた……えーと、あ、ラハークだ。ラハークが不良ぶった口調で私に尋ねた。


「ちょっと三人来てくれる? 話したいことがあるんだけど?」


 私は三人を誰も使っていない空き教室に呼び出すことに成功した。


(あ、そういえばどうやって言うこと聞かせるか考えてなかった)


 しまった。ここに呼び出しのは良いが、肝心の最初をどうするべきかを考えてなかった。


「で、先生、俺たちに用って――――」


 とりあえず、マルーサの腕を殴って骨折させた。


 バキィ!


「うわあああ!!!」


 マルーサは呻き声を上げながら地面をのたうち回っている。


「マ、マルーサ君!」

「てめえ! 何してんだよ!!」


 銀髪の……銀髪の子がマルーサの心配をしていると、金髪の子が私に殴りかかってきた。


 まあ、子供の力なんて大したものじゃないけど。


「〈攻撃上昇(アタップ)〉!」


「!? 〈拘束(バインダ)〉」


「くっ!?」


 意外にも、金髪の子は結構本気だったらしい。しっかり能力上昇魔法もかけていた。


 でもそれでもやはり、たかが知れている。


「いい? 私は君たちにお願いがあるの」


 私は()()()()テンションで、少年三人に語りかけた。その声を聞いた三人は不安げな表情を浮かべていた。


「チェリード・ドブライ。彼のことを虐めてほしいの」


「…………あの、さっき編入してきた、あの子を?」


 銀髪の子が恐る恐る訊いてくるのを、私は大きく頷いて話を続けた。


「そうよ。それであの子を自殺を追い込みたいの」


「くっ……こいつ!! 教師の風上にも置けねえやつだなぁおい!」


「黙って」


 金髪の子が煩わしかったので、口封じに腹に膝蹴りを一発お見舞いした。


「ラハーク! うっ……!」


「私に逆らったらどうなるか、あなたたちもわかったよね?」


「………………」


 そうよ、それでいいのよ、少年たち。


「じゃあ、今から言う説明をよく聞いて、ちゃんと実行しなさい、わかった?」


「「「………………はい」」」


 三人はなんとか納得してくれた様子だったので、私が計画した方法の一連の流れを三人に説明した。



「――――じゃ、細かいところは私がサポートするから、後は頼んだわね~!」


 ついに計画が始まると思うとウキウキが止まらなくなって、最後の方は嬉々としながら説明していた私を見て三人はドン引きしていた。


 さて、私は溜まってる仕事を消化するとしますか。



 私が教師をやり始めてから一年経った時に、狂ったように洗脳魔法に打ち込んでいた時期があった。


 王国の図書館にある魔法についての本を読み漁っていると、洗脳魔法には三種類あるらしく、それぞれ強さの段階で分けられていた。


 一種類目は、かなり効果の弱いもの。対象者は特に操られている感覚は無いが、行動や言動が一部、知らず知らずのうちに使用者が思った通りになるというものだった。煙や薬など、物に魔法をかける場合が多い。


 次に二種類目、そこそこ効果のあるもの。自分の意思はあるものの、行動や言葉が全て使用者の思いのままになるというものだった。私がかつてあの男に殺された時に使用されたものだった。二種類目の魔法は、『適性がある人なら誰でも使用可』と本に書かれていた。


 そして最後、三種類目。こちらはかなり効果があり、行動や言葉はもちろん、対象者の意思でさえも使用者の思い通りになるというおぞましいものだった。あまりに効果が強すぎるため、大陸に存在するほとんどの国や地域では、この三種類目の魔法の使用禁止がされている。



「そういえば、まだ在庫あったっけ」


 学校での仕事が終わった後、家に帰った私は自分の部屋にある棚を漁った。


 そして見つけたのは、自作した発煙筒。もちろん洗脳魔法がかけられている。私はこれを手に取り、すぐさま学校へと向かった。そして学校に着いたら教室に行き、発煙筒から煙を出した。


(クラスのみんながチェリードを虐めますように)


 洗脳魔法は使用した瞬間に思っていたことが反映されるという特徴がある。もちろんそれは物にかけられた洗脳魔法も例外ではない。


 私の思い通りになるように、と強く思いながら発煙筒のゴミを回収して、急いで家に帰った。



 というわけで結果的に、チェリードへの虐めは成功した。というのも、私が三人に話をした翌日に、教室に洗脳効果がある煙を巻いたのが一番効いていると思うが。


 まるで虐めのテンプレートを見ているような気分だった。彼への無視、陰口はもちろん、三人に至っては、よっぽど私が怖いのかとうとう暴行まで加え始めるようになった。


 私はそこまでしろって言ってないんだけどなぁ。



 しかし、計画に予測不能な事態はつきもの。三人が彼を殺そうとしていたことが発覚した。


 私が盗み聞きした情報だが、マルーサは「必殺魔法の練習」と称して、彼の固有能力である〈上級闇魔法(シャドレーア)〉をチェリードに向かって放とうとしたらしいのだ。でも残念ながら、その魔法を打とうとする寸前、ジェイルという私のクラスにいる男子生徒に止められたらしい。


 計画に無い行動をした三人が気に入らなかったので、放課後呼び出しては彼らにお説教をしてやった。


「ねえ、なんであんな真似をしたの……?」


「あ、そ、それは、いや、あの」


 焦ってる焦ってる。


「ごめん先生、なんだか気分がアガっちまってさ、調子に乗ってたんだ。本当にごめんなさい」


 驚いたことに、金髪の子は冷静に言い訳をしながら謝っていた。不良っぽいなと思っていたが、意外と肝が座ってる……?


「あら、そうなの? それならしょうがないわね」


 私は金髪の子に免じて許すことにした。所詮子供、一度や二度間違いはある。今までの教師生活の中でしっかりとそれは体感してきたつもりだ。


「じゃあとりあえず、今後は勝手なことはしないように、わかったわね」


「「「(は、)はい!」」」


(フフ、この子たちもだんだん「犬」になってきたかもね、アハハ)


 その日はなんだか気分が良かったので、帰りにちょっと高めのクッキーを衝動で買ってしまった。ちなみに味はもう一度食べたいと思うくらいには美味しかった。



 数日後、またも予想外の出来事が起こってしまった。


「チェリードが、『決闘?』」


 三人が助けを欲しがっている表情をしながら私の元へ駆けつけた昼過ぎ、三人は「俺たちはどうすればいいのか」と私に尋ねてきたのだ。


「う~んそうね~……とりあえず場所を移動しましょうか」


 三人が駆けつけてきたのは職員室。さすがにここで話をするのは不味いと思ったので、三人と一緒にいつも行っているあの空き教室へ移動した。


「――――で、どうしよっか」


「はい…………」


「ていうか、なんでそんなの引き受けちゃったの? 勝手な行動はしないでって言ったじゃないの」


「え、えっとそれは――――」


「別に、あなたを殺しても良いのよ? 私は」


 私がたまたま持っていたナイフを取り出すと、マルーサは慌てた様子で頭を下げた。


「ほ、ホントにごめんなさい! 全部、俺が悪いんです……」


 マルーサ君は随分真面目な生徒だ。ヤンチャな坊主だと思っていた入学初日が懐かしくなる。


「まあいいわ。それで、どうする? やるからには完全に負かしてチェリードの気力を無くしたいところだけど」


「じゃあ、俺の能力使おうよ」


 そう言ったのは金髪のラハークだ。


「確か、あなたの固有能力は……」


「『隠密(ステルス)』だ。この力があれば、マルーサを透明にすることができる」


「へえ~。てか、あなたは意外と積極的なのね」


 そういえば、マルーサとスパラは虐めることに多少抵抗があった様子だったが、ラハークはそうでもない様子だった。


「…………そうかよ」


 いや、やっぱり積極的ではないらしい。ラハークはただ「不良っぽい行為に憧れている」と見た。


「………………」


 おっと、スパラが何か言いたげな様子だ。


「んん? どうしたのかな? スパラ君?」


 スパラ君は相変わらず可愛いな~。私はこういう気の弱いのが好きなのかもな~。だって痛め付けても抵抗しなさそうだし。


「あの……」


「ん? 何かな?」


「もう、やめませんか……?」


 ――――やっぱり、そう思っちゃったか。


「もうやめませんか!? こんなこと……こ、こんなことやったって、誰も救われないじゃないですか! どんな理由があっても、や、やっぱりこんなことって――――」


 やはりスパラは優しい心の持ち主だった。第一印象はそうだったし、実際に学校生活での様子を見ても、彼の優しさには目を見張るものがあった。


 ――――でも、


「〈洗脳(ファナテイクド)〉」


 やっぱりこの子、嫌いだわ。


「あぁ…………あっあっ…………」


「私に逆らわなければこんなことにはならなかったのにね、あーあ、残念」


 洗脳されていくスパラを見て、二人は驚愕している。


「ス、スパラッ!」


「嘘だろ…………」


 それもそのはず、私が唱えた魔法は〈洗脳 Ⅲ〉。本当は長い詠唱が必要なんだけど、私には適性があったらしく、魔法名を唱えるだけで発動するのだ。


「あ、そうだ。確か君の固有能力って『(トラップ):トラバサミ』だったよね?」


「…………ハイ」


 どうやら魔法はしっかり聞いているらしい。


「じゃあそれを予め設置しておいて、ここぞ! って時に発動させようよ。 それでいいよね? 二人とも」


 私は笑顔で二人に確認した。


「…………はい」

「…………あぁ」


 良かった。これで反対されたらどうしようかと、私、ヒヤヒヤしちゃった。


「じゃ、後は…………あ、聞くの忘れてた。この決闘って一対一だよね?」


「いや、それはまだ決めてないですけど…………」


 マルーサはオドオドしながら答えた。ちょっと怖がらせすぎちゃったかな?


「じゃあ一対一にしよう! あ! それから、まだ君の固有能力はバレてないはずだから、お互いの固有能力は明かさないようにしよう! あと、名目上彼と君以外の手出しは禁止ってことにして、彼に完全なタイマンだって思い込ませて…………」


 なぜかどんどんアイデアが思い浮かんできて、気づけばルールや作戦が完全に飽和しきっていた。二人はスパラが洗脳されたのがよほどショックだったのか、途中から全くついていけていない様子。


 とりあえず大事なところだけかいつまんで説明し、私は職員室へと戻った。


「…………あ、ライナー先生。あの三人と何を話していたんですか?」


 私が職員室へ帰ってくると、隣に座っている先生が話しかけてきた。確か今年入ってきた…………えーと、誰だっけ? 結構真面目な人だった気がする。でもあんまり覚えていない。


「あぁ、ちょっとね。やっぱり年端も行かない子どもたちの面倒見るのって大変ですよねー」


「あぁ確かにそうですよね! うちのクラスも中々手に負えない生徒が多くて大変ですよ」


「うふふ……そうなんですね」


 他愛もない雑談をしながら、昼休みは終わった。



 そして放課後。


 私は三人に早めに校庭に来いと言って、開始時刻の三十分前に来させた。


 まず私が円形のフィールドを白線で描いて、次にスパラが円の真ん中にトラバサミを仕掛けて、更にラハークがトラバサミに「隠密」の魔法をかけた。


 そして、マルーサに「隠密」の魔法をかける練習を何回かしているところに、


「あれ? 先生たち何やってるの?」


 噂を聞き付けた生徒たちがぞろぞろと校庭に集まってきた。


(うーん……この作戦がバレるとまずいかな)


「じゃ、私は校舎から見てるから、頑張ってね~」


「あ、ちょっと!」


 マルーサが引き留めようとしていたが、私の意図を察して、それ以上は追いかけてこなかった。



 さて、あとは作戦が完璧に進むだけ。


 私は校舎の中から、三人の様子を伺うことにした。




 そして、


「チェリード君!!!」


 マルーサが作戦通りに、最後のとどめ、〈上級闇魔法(シャドレーア)〉を撃ち込んだところで、タイミングを見計らってチェリードのところへ駆けつけようとした。


 しかし、


「!?」


(嘘……!? なんでよ……! 絶対当たったと思ったのに!!)


 彼は、無傷だった。あの魔法を受けてなお、一切の外傷を負っていなかった。むしろ、戦いの中で受けたダメージも回復しているとさえ思った。


「チェリード君!! チェリード君!!」


(なんで!? なんでなの!? なんであなたは無傷なの!?)


「――――――――ハッッ!」


 彼はどうやら意識を失っていたらしい。私の呼びかけで起きることができたようだ。



 とりあえず私はチェリードに早く帰るように伝えつつも、彼と三人を呼び出して、形だけの説教を行った。正直彼に作戦がバレないようにするための演技だったが、三人はその意外な行動に頭をこんがらせていた。



 色々あって次の日。


「え? チェリードとまた決闘?」


 いつものように三人を空き教室に連れてきて、私は彼らにそう告げた。


「ええ、しかも今回は三対一に持ち込むの。それで相手の戦意を喪失させて、相手の心も壊す。できるわよね?」


 少し強めの口調で三人に聞いた。


 最近は、あまり転生者を殺していないこともあってかなりイライラしていた。事実、私は一年も転生者を殺していない。


 一年も、だ。数年前は一年に三人程殺すのが普通だったが、今の運の巡りが悪いのか、中々殺すことのできない生活を送っている。正直もううんざりだ。


 だから、一刻も早くチェリードを殺さなければならなかった。私のため、そう、私の快楽のために彼の死は絶対に必要なのだ。


「………………」


 しかし、三人からの「はい」の声が聞こえない。普段なら素直に「はい」と言うはずだが…………


「ねえ? どうしたの? 早く『はい』って言いなさいよ」


「…………嫌だ」


 マルーサがボソっと呟いた。他の二人も黙りこくっている。


「はぁ? なに? 聞こえなかったんだけど」


「嫌だって言ってるんだ!!」


 ふーん、そういうこと言っちゃうんだ。


「俺らはお前の犬じゃない!! ただ素直に言うことを聞くと思うな!!」


 そう言い捨てて三人はどっかに行ってしまった。


(――――これは面倒なことになりそうね)


 実を言うなら、もう直三人は私に反抗してくるなと感じていた。ここのところ三人はあまり積極的でなかったし、素直でなかった。


 しかし、なんと間が悪いことか。折角計画も大詰めのところまで来たというのに、三人がまさかここで匙を投げ出すとは。


(もう、いっか。あいつらを利用するのはもう止めよう)


 私は密かに決心し、ひとまず仕事に戻るとした。



 さて、特に何も起きないまま放課後になってしまった。


 今日は私が学校の見回りをする係だった。


 とりあえず、本校舎の一階から二階までをゆっくり巡回し、その後離れにある校舎をささっと巡回する。それが私がいつもやっている見回りの仕方だ。


 本校舎の一階と二階の見回りが終わり、中庭から離れにある校舎へ向かうと、丁度校舎に入ろうとしたところで、あの三人に出くわした。


 なるほど、そういうことか。


 あらかた三人のした行動は予想づいたので、とりあえず〈初級氷魔法(フリガル)〉で、三人の足を凍らせた。


「うわっ!」

「ヒィィ!」

「くそがっ!」


「あーあ、一体君たちは何をやったのかな~?」


「教えるわけねえよ!」


「そうだ! 俺たちはもうお前の言うことなんざ聞かねえ!」


 随分と舐めた口を利く奴らになってしまっなあ、とか思いながら、私は身動きの取れない三人に近づいてこう言った。


「いい? あなたは私のためだけに動いていれば良かったのよ?」


「うるせえ! 俺たちはこんなことしたくなかったんだ!」


「あっそう、そんなこと言っちゃうんだ」


 私はスパラの前に行きながら、ゆっくりと腰に刺してあるナイフに手を忍ばせる。


 そして、


 ブシャアアア!!!


 私はスパラの心臓に穴を開けてやった。


「あ…………あ…………」


「ス、スパラ…………?」


「はは…………」


 マルーサに微笑みながら、彼は立ったまま息の根が止まってしまったようだ。もうちょっと耐えると思ってたんだけどなー。


「アハ……やっぱ人間って脆いわ! 胸に一突き、それで終わり。なんでこんな簡単に殺せてしまうんだろうね、人間って」


「ッ! お前……!!」


「あなたも殺してもらいたいの? ラハーク」


 激怒しているラハークに、血に塗れたナイフを目の先に置いた。いくら抗おうとさすがに子供、私は刃を向けた途端に彼は大人しくなった。


「じゃ、さっきまで何をしてたのか、教えて?」


 私がニコッと笑いながら尋ねると、マルーサは怯えながら正直に話し始めた。


「――――チェリードを、部屋に閉じ込めた。一番奥から二番目の物置になってる教室。鍵は今俺が持ってる…………こんなこと聞いて一体どうす――――」


 その時、私に閃きの神が舞い降りた。


「アハ! 良いこと思い付いちゃった!」


「!?」


「鍵を置いて君たちは帰っていいわよ。私がスパラ(この子)を処理しておくから」


 とりあえず今は二人が邪魔になってくるので、拘束している足元の氷を炎の魔法で溶かしてあげた。突然の慈悲ある行為に二人はキョトンとしている。


「は…………いやちょっと待って! スパラは俺らが持って帰るから!」


「あぁそう? アハハ……死体処理頑張れ~」


 軽いノリで二人に別れの挨拶をして、私は服についた血を拭き取りながら校舎へ入った。



 私が思い付いた案というのは、単純明快。ただ息を殺して待つだけ。それだけ、それだけで私の計画は良い方向に行く。


 というわけで、おおよそ五時間程度、チェリードのいる教室の前で待ち続けた。


 幸運なことに、三人もまた、洗脳効果のある発煙筒を使っていたらしい。それも幻聴が聞こえるタイプのようだ。「こっちに来るな!」とか、「俺を殺さないでくれ」とか、その部屋には何もいないはずなのに、発狂しながら叫んでいるのは滑稽だった。


 そして、五時間が経過したので、「家族から連絡を受けて急いで探しに来た」という体で、適当に走っている感が出るような足音を出しつつ、マルーサから貰った鍵を開け、チェリードの元へ駆け寄った。


 ちなみに鍵を開ける前、召喚魔法で人形の魔物(モンスター)を召喚したら、チェリードが結構ビビってた。面白かった。まあその後サクッと倒したけどね。



 そこからは本当に簡単な作業だった。三人がチェリードをあそこに監禁したことが功を奏し、精神がおかしくなってしまった彼は私にベッタリとくっつくようになった。まるで母親に甘える子供のようでちょっと可愛さを感じた。


 あともうちょっとで、こいつを殺せる。


 そう思うだけで、彼の幼稚な発言やら行動やらは全てかき消すことができた。


 あと、マルーサとラハークはもう要らないから殺した。


 そして、後は…………まあ、わかるよね?


「アハァ…………!!」


 手始めに左腕を切り落としたら、チェリードは物凄い顔をしてた。希望から絶望に変わる瞬間が見れて、思わず笑ってしまった。


「私はね、転生者を殺すのが大好きなの。だって、転生者ってズルいじゃん? 何の努力もしないで、ただ与えられた能力だけで、この世界で好き放題しちゃってさ、ホントにズルいって思わない?」


 私が過去のお話を聞かせてあげると、どんどん呼吸が早くなっていく彼を見て、舞い上がってしまいそうな気分になった。


 人が死にそうになる瞬間が一番見応えがあるものだ。


「だからね、私は憎かったの!! 転生者が! ()()転生者が!! 私をあんな目に遭わせたあいつが憎かったの!! あいつのせいで、私の人生はクルッテしまったから……」


 アハ、名字の「クルッテ」と、人生が「狂って」でダジャレになっちゃった。まあそんなことに気づかないか、今さら。


「だからね! 私は決めたの!! 忌々しい転生者を殺すって!! そうじゃなきゃ、私の憎しみは無くならないから!! 今まで合計で十人殺してきた!!」


 気分が上がりすぎて、思わず今まで殺してきた人の数を喋ってしまった。まあそれに驚いた彼は恐ろしすぎて開いた口が塞がらない状態だった。



 なんか、その後はハイテンションになりすぎてあんまり覚えていない。けど、ちゃんとチェリードは固有能力で殺したのは覚えている。


自殺付与(ギセルフキル)」が成功をしたのを見ながら、私は高らかに笑った。


「アハハハハハハハハハ!!」


 やっぱり、やっぱり…………


「やっぱり殺すのって楽しいわ~~!!」



 これで十一人目。私が転生者を殺したのは、これで十一人目。多分、今までで一番楽しかった気がする。色々予想外の出来事もあったけど、これが一番、やりがいがあったと自分では思ってる。



「…………さて!」


 私は教室に戻って、辺り一面に広がる血の海を掃除した。切り落としたはずの左腕がどっかに行ってしまったが…………って、そういえばチェリードが逃げる時に持っていってたっけ。


 十分ぐらい掃除をして、大体綺麗になったので、


「さて、帰りましょうか」


 独り言を言いながら、ルンルン気分でお家に帰宅した。


 やっぱり、転生者を殺すのは、楽しい。


 でも、やっぱりまだ足りない。


 だから、私は、これからも転生者殺しを続けようと思う。



 私はライナーズ・クルッテ。転生者を世界で一番憎く思っている女。

ライナーズ・クルッテ


 固有能力「自殺付与(ギセルフキル)

 次の三つの条件を満たした時、魔法をかけられた対象者は本人の意思に関係なく自殺させられる。


 ①相手が精神的に追い込まれてる

 ②所有者に恐怖を抱いている

 ③所有者から逃げようとした瞬間

 

 オルタール王国立学童教育校の教師をしている二十代の女性。低い身長と橙色のショートヘアがチャームポイント。普段は明るく振る舞っており、生徒からの評判も良い。毎日元気一杯で可憐な彼女の姿を見て、元気を貰う生徒も少なくない。



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[一言] こういう、実は裏でこういうことがありました的なストーリー構成好きです( ̄ー ̄)bグッ!
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