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呪血〈呪われた転生者の血塗られた学校生活〉  作者: 上部 留津
第1章 転生、そして始まり
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第10話「先生……」


 あれから、チェリードは先生に依存するようになった。


 彼は四六時中先生のことを考え、常に心は上の空だった。授業に集中しなくなり、訓練もまともにこなさず、昼休みになれば昼食も取らずにすぐに職員室に行き、先生に会っては他愛のない話をするのだった。


 見た目もどこかおかしかった。ここの学校の服装は基本自由なのだが、彼は今まで着たことのないような奇抜な服を度々着ていた。そしてそれを先生に見せつけては、「すごいかっこいいね!」と褒められ、頬を赤らめながら恥ずかしそうに照れていた。


 それと、目も何かいつもと違った色をしていた。


 それはまるで母親に甘える幼児のようだった。



「先生先生! あのね、昨日ね! 帰る時に変な虫を見つけたんだ!」


「へえ~すごいじゃない! どんな虫なの?」


「えっとえっと! 確か、こんぐらいの、青い虫だった気がする!」


「えっとその虫はね~……あった! ほらここ!」


「あ! この虫だ! 先生すごい!」


 豹変した彼の様子に、クラスメートはもちろん、他の教職員も全員驚いていた。突然幼児のような喋り方をするのだから、当然の反応である。


「(ちょっと、あの子いつも職員室(ここ)に来るけど、なんであんなに子供っぽいんですか?)」


「(知りませんよ! 確かあの子編入生ですよね!? ここに来た当初はあんなに子供っぽい印象は…………)」


「すみません、私たちに何か用があるんですか?」


 とある二人の教職員らがライナー先生にバレないようにヒソヒソ話していると、先生はそれに気づき無邪気な笑顔を振り撒きながら近寄ってきた。


「い、いえ何でも! やっぱりライナー先生は子どもたちに好かれるんだなぁと話していまして、ねえ!?」


「あ、そ、そうですよ~。ホントに~先生は素晴らしいお方だ~」


「ウフフ、そう言って頂くとありがたいです」


「先生なにしてるの?」


「あ、ごめんねチェリード君、ちょっと待っててね~!! …………ではこれで」


 先生は二人に軽くお辞儀をして、彼のいる先生の机の方へ戻っていってしまった。


「(……しばらくはあの人に近づかないでおこう)」


「(……ええ、そうですね…………)」



 思わず見たくなるような変化が起きたのはチェリードだけではなかった。


「「「………………」」」


「ねえ、最近おかしくない?」

「なんか三人とも元気ないよね」

「なんか悪い夢でも見たんじゃないのか」

「スパラは今日も来てないし、本当に大丈夫かな…………」


 チェリードが先生に甘えるようになった一方で、マルーサ、スパラ、ラハークの三人の元気が突然失われてしまった。


 かつてはあれほど仲良くしていたというのに、今ただそれぞれの席に座ってはずっと俯いている。


 それが朝であろうと昼であろうと夕方であろうと、彼らが三人で集まって話すということは、彼を離れの教室に閉じ込めてしまったあの日以降、一度もなかった。


 更に付け加えるならば、あの日を境にスパラは学校に来ていない。


 なぜ学校に来ていないのか、どうして二人は常に俯いているのか、その真相は誰にもわからなかった。


「――――ねえ、マルーサ」


「………………」


「ねえ、マルーサ!」


「!!!」


 チェリードがたまたまマルーサに話しかけると、ビクッと体が動かしながら、


「ごめん…………ごめん…………」


と、俯きながら今にも消えそうな声で謝っていた。


「?」


 チェリードはそれの意味がわからずに、


「まあいいや! 先生に会いに行こ!!」


と、懲りずにまた先生のところへ向かってしまった。


「ごめん…………ごめん…………俺が全部……悪いんだ」




 ある日、チェリードは先生に呼び出された。


 今日は一段とひどい雨が降っていた。ザーザーと窓の外から聞こえてくる、たくさんの雨粒が落ちる音を聞いて彼は感傷に浸っていた。


「チェリード君! チェリード君はいますかー?」


 先生は雨だというのに、今日も昨日と変わらずに元気だ。そんな先生の声を聞いて彼はバッと立ち上がった。


「先生!!」


「チェリード君、ちょっと来てくれるかな? 話したいことがあるんだけど」


「はーい! 今行きまーす!」


 チェリードも先生に吊られて元気になりながら教室を後にした。


 彼が去った後の教室はより一層ザワザワしていた。



 先生に連れられて来たのは普段は誰にも使われていない空き教室だった。


 あまり掃除されていないからか、机の表面は少し埃かぶっている。黒板は雑に消された跡が残っており、後ろの方にある棚にはもう使わなくなった古びた教材やプリントが適当に積まれている。


 雨の音がより鮮明に聞こえるこの教室で、先生は笑顔を崩さないまま真剣な口調で話し始めた。


「チェリード君、君は君を虐めていた三人についてどう思う?」


「ん? 先生なんでそんなこと聞くの――――」


「どう思う?」


 言葉を遮るように、先生は強調するかのように再度彼に聞いた


「うーん……あんまり嬉しくなかった」


 チェリードがそう答えると、


「そうだよね!? やっぱりそうだよね!?」


と、食い気味に同調してきた。突然顔を近づけてきた先生に、思わず彼はドキッとしてしまう。


「先生……顔近いよう…………」


「あら、ごめんなさい!」


 先生は話を再開した。


「だからね、あの三人については、私からキチンと叱っておきたいなって思うんだけど、いいかな?」


 先生は彼に同意を促した。なぜそんなことをするのか分からないまま、彼は「いいよ」と答えた。彼が先生の要求に同意した時、先生は恍惚の表情を浮かべていた。


「でも、なんでそんなことを俺に聞くの?」


「君は何も気にしなくていいんだよ」


 チェリードは素直な疑問を投げかけると、先生は彼の頭を撫でながら優しい声で言った。彼はその手ちそっと触れながら、


「えへへ……」


と、嬉しそうに笑っていた。




          ~次の日~


「え? 三人が死んだの?」



 チェリードは学校に着いて早々、クラスの異様な雰囲気に気づいた。クラスメートは皆暗い顔をしている。


 チェリードがとある生徒に事情を聞くと、どうやら、


「なんか二人が帰ってる時に変な人に殺されたらしいよ」


「え? なんで?」


「…………そんなの知るわけないじゃん」


「あっ…………」


 マルーサとラハークの二人は下校中に謎の人物に殺されたらしい。しかもスパラに限っては学校に来なくなった日に死んだらしいとの情報も彼の盗み聞きで判明した。


 怖くなった彼は、急いで先生の元へ行った。


「先生先生!!」


 彼が職員室に着くと、そこにはいつも通りの先生が仕事をしていた。


「んー? どうしたのかな?」


「知ってる!? マルーサとラハークが誰かに殺されたって!!」


「へえ~そうなんだ! 大変だね~」


「…………え?」


 彼は耳を疑った。彼は「もしかしたら聞き逃したのかもしれない」と、もう一度同じ説明をした。


「あのね! マルーサとラハークが帰ってる時に誰かに殺されたって…………」


「そうなんだ、大変だね~」


 それでも、先生の返答は変わらなかった。


「――――先生は俺たちのクラスの担任の先生だよね?」


 急に怖くなったチェリードは、当たり前のことを先生に聞いた。


「うん、そうだよ?」


「なんでそんな普段通りにできるの?」


 きっと普通の先生なら、落ち込んだり、悲しそうにしたり、きっとネガティブになるはずだ。


 しかしこの先生は、いつも通りだった。いつも通りの笑みを浮かべていた。チェリードはそれがとても怖かった。


「あ! そういえば、昨日放課後、二人を叱ってあげたなー。それで帰りが遅くなったんだった」


「え? そうなの?」


「だから、もし説教してなかったら、きっと殺されなかったんだろうなー」


 この言葉を聞いた瞬間、彼は背筋に寒い風が吹いた気がした。


「もし君があの時『叱らないであげて』って言ってたら、二人は死んでなかったかもね」


 記憶に新しい昨日、先生は彼に「二人を叱っていいか」ということを聞いてきた。そしてそれを彼は了承した。


(もし、俺があの時嫌だって言ってたら)


 チェリードは自分がしたことの重大さに気づいてしまった。思わず泣き崩れてしまった彼を見て、そっと先生は抱き締めた。


「あぁ…………!! 俺が……ヒッグ……あんなこと言ったからぁ……!!」


「ヨシヨシ、怖くないよ~」


 朝の会が始まるまで、彼は先生の胸の中で泣き続けた。



 チェリードはその日、常に憂鬱な状態だった。結果的に自分が二人を殺してしまったんだということに、ひどく気持ちを落としていた。そして同時に、先生に対する恐怖も生まれ、彼は学校が終わると、すぐに家に直行してしまった。



「…………ただいま」


「あら、おかえり……」


 チェリードが家に帰ると、母親のケネルが帰りを待っていた。彼女は洗濯物を畳んでいる最中だった。


「…………」


「ねえ、チェリード」


 様子がおかしいことに気づいたケネルはチェリードを引き留めた。


「最近、様子がおかしいわよ?」


「えっと、そうかな?」


「そうよ! だって前はひどく落ち込んでたし、最近は元気になったなあ、って思ってたら今日は元気無さそうだし…………」


「そんなことないよ」


「ねえ、私に教えてくれない? 学校で何があったの?」


「いいよ、もう」 


「よくありません! ちゃんと話してよ、リド」


「……嫌だ」


「ねえ、リドったら、ちゃんと話し――――」


「あぁもううるさいなあ!!!」


 チェリードが今までにないくらいの大きな声で怒鳴った。


「ただいまー……って、リドはもう帰ってたんだ」 


 間が悪く、リーナが帰ってきてしまった。


「!! くっ!!」


 チェリードは耐えきれなくなって急いで階段を上っていってしまった。


「ちょっと、リド!?」


 母親の驚きつつも少し悲しそうな声を聞いて、彼は悲しくなった。


 そして自分の部屋に着いたチェリードは泣きながらベッドに寝転んだ。


(なんで俺…………あんなこと言っちゃったんだろう…………俺、ホントは話したくて話したくてたまらないのに…………)


 自分でもわからないのに、彼はなぜか学校での出来事を話したがらなかった。学校に編入してからずっとそうだった。母親が執拗に聞いてきても、彼が話すことは一切なかった。


(なんで…………俺はいっつもこうやって不幸なことばかりにあっちゃうんだろう…………)


「もう……俺……耐えきれないよ。こんな生活」



          ~次の日~


 彼は放課後、また空き教室に呼び出された。


 その日はひどく気分が落ち込んでいたので、早く家に帰りたかったのだが、「先生の言うことなら仕方ない」と、彼は先生の指示通りに空き教室へ行った。


 教室に着くと、先生が膝を着いて待っていた。


「チェリード君」


「先生…………」


 先生は彼の名を呼んで、腕をバッと広げた。


「おいで」


 とても優しい声だった。きっと彼が落ち込んでいるのを見て、先生も気遣ってくれたんだろう。


 彼は先生の優しさに甘えることにした。


「先生!!」


「アハハ、ヨシヨシ。君は良い子だね」


「先生! 俺、ずっと辛くて……誰にも相談できなくって……」


「へえ~、そっかそっか……」


 先生は突然、声のトーンを下げながら相槌を打った。


 そして次の瞬間、


「ぐはっ!!」


 左腕に痛みを感じた。そして恐る恐る見ると、地面に落ちている自分の左腕と、血がドバドバと溢れている肩、そして……


「…………アハァ……!」


 右手に短剣を持った、返り血を浴びた先生の姿が。



「先……生…………?」


 ゆっくりと顔を上げていった先には、今までに見せたことのない笑顔をした先生の顔があった。


「アハ……アハハ……アハハハハハハハハ!!」


 狂喜を露にしながら笑う姿は、まるで殺すことに快感を覚えた殺人鬼のようだった。


「アハァ……! 君ってほんっとうに最高!」


「そんな……嘘……ですよね…………ハハ……」


 未だに状況が飲み込めていない彼は、信じたくもない現実を見せられ思わず乾いた笑い声を出している。


「ん~~?? そんなわけないじゃん! 私はあなたが殺したくてたまらないわ!!」


「!!!」


 やっとこの状況を理解した彼は咄嗟に先生から離れようとした。だが、先生は彼の右腕を掴んで離さない。


 そして、狂ったような笑顔をこちらに向けながら、語り始めた。


「私はね、転生者を殺すのが大好きなの。だって、転生者ってズルいじゃん? 何の努力もしないで、ただ与えられた能力だけで、この世界で好き放題しちゃってさ、ホントにズルいって思わない?」


 先生は語るのを止めない。


「だからね、私は憎かったの!! 転生者が! ()()転生者が!! 私をあんな目に遭わせたあいつが憎かったの!! あいつのせいで、私の人生はクルッテしまったから……」


「あいつ」が誰なのかわからぬまま、先生はまだ語るのを止めない。


「だからね! 私は決めたの!! 忌々しい転生者を殺すって!! そうじゃなきゃ、私の憎しみは無くならないから!! 今まで合計で十人殺してきた!!」


「!? 十人も……!?」


「そうよ! だからあなたで十一人目! しかも今回はサイコーに良いシチュエーションで殺せる!! アハハハハハ!! ホントサイコーに良い気分だわ!!」


 先生の目は人を意図も容易く殺してしまうギラギラとした猟奇的な目をしていた。チェリードはもはや恐怖で立てなくなりそうなほどだった。


「ねぇ!!!!」


 急に顔を近づける先生。ただただ彼は、先生の狂気を前に体を固めることしかできなかった。


「あなたはなんで転生してきたの? もし転生してなかったら」


 突然顔を横に持ってきて、こう囁いた。


「あなたのこと、食べてたかもしれないのに」


 恐怖の声が彼の心を蝕んでいく。


 恐怖よりもおぞましい何かを感じた彼は、思考回路が一瞬止まっていた。


「あぁ……ああぁ……!!!!」


 バタンッッッ!!


 考えるより先に、体が動いていた。


 彼は勢いよくドアを開け、死ぬ気で昇降口へ走った。後ろを振り返ることなんてできなかった。


 先生の本性を知ってしまった今、もはや逃げることだけが彼に残された道だった。


「ハァ…………ハァ…………」


「アハハハハハ!!」


 死ぬ気で逃げているチェリードを、先生は笑いながら追いかけてきた。


 そして彼が一瞬後ろの方を振り返ると、先生の周りに紫色の人魂のようなものが漂っているのが一瞬見えた。


(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!! 逃げないと……!!! 逃げないと……!!!)


 さっきまでいた教室から昇降口までの距離は、かなり長かった。もはやこういう状態になることを見越して、昇降口から一番遠いあの教室を選んだのではないかと彼は走りながらふと思った。


「アハハハ!! もう逃がさないわ!!」


「ヒィ……!! ヒィ……!! あっ!」


 あろうことかチェリードは、階段を下りている最中に踏み外して転んでしまった。


 そして先生は情けもかけず、倒れ込んだ彼の体に馬乗りになった。


「アハハハ!! こんなに楽しいのは初めて……!! ありがとね! チェリード君!! アハ!」


「くっ……!! 離せ!!!」


「じゃ、じゃあね」


 そして、目の前が真っ暗になった。






 ヒタ……ヒタ……ヒタ……


「……………………」


 月は雲に隠れている。カーテンを閉めることにした。


 ギュイ……ギュイ……グッ………………


 縄を天井に設置した。部屋の照明は付けなかった。


 ガタッ


「………………」


 椅子を部屋の真ん中に置いた。真っ暗だけれど、多分真ん中に置いた。




 ガタンッッッ!!


「…………!! …………!! …………!!!」


 苦しみに悶える声が部屋に静かに響く。


「………………」



 そして、暗闇の中、絶望から解放された。

 ライナーズ・クルッテ

 固有能力「???」


 オルタール王国立学童教育校の教師をしている二十代の女性。低い身長と橙色のショートヘアがチャームポイント。普段は明るく振る舞っており、生徒からの評判も良い。毎日元気一杯で可憐な彼女の姿を見て、元気を貰う生徒も少なくない。

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[一言] おお!!予想外の急展開!!
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