第0話「試練は失敗した」
――彼は夢を見た。
血の気が引いていくような夢を見た。
――彼は悪夢を見た。
斬首、火炙り、溺死、串刺し、圧死、めった刺し。
大切な人が次々と残虐に殺される夢を見た。
見るに耐えない残酷な光景を目にして、彼は何もすることができなかった。突如としてこの地で目覚めた彼に待っていたのは、朽ち果てたような漆黒の空間と今までに味わうことのなかった地獄の苦しみだった。
闇より暗いこの場所で彼の心は蝕まれていく。失った人の絶望に呑まれ、もはや自我すら失いかけるほどに。
「虚空」の闇が迫ってくる……
――――逃げなきゃ…………早く、早く早く早く早く早く!!!
本能が逃げ切らなければいけないと感じた。ただ無我夢中で、一心不乱に、闇とは真逆に走るしかなかった。
無限に落ち続けるこの重苦しい空気に押し潰されてしまいそうだ。足もどんどん後ろに遠ざかっていく。
覚めることのないこの悪夢の中、希望は…………あるのかな。それともない…………のかな。
前に進まなきゃ。何かあるかもしれない。
「逃げるが勝ち」、この言葉がふと頭を横切ったような気がする。でも、『立ち向かわなきゃ何も始まらない』という言葉も聞こえるような気がする。
その時、目に入ってきたものは、
「あ………………」
光だ…………!
光が見えた…………!
「――――ハッ! ハッ! ハッ! ハッ!!」
希望だ。ついに希望が見えた。
足よ動けと自分にむち打ち、一筋の光へ進む。体力の続く限り、足を止めるのは許されない。ただただ、その光に向かってただ進むのみ。
たった1つの光が、彼にここまでの気力を与えたのだ。
パッ。
突然、光が消えた。
――――希望の光は、絶望への標識だった。
「あ…………」
ダメだ、もう、走れない。
「ハハハ…………なんで…………こうなっちゃったのかな…………」
無慈悲な闇は、容赦なく彼を襲った。
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『光を求めてはいけない。
光とは、諦めだ。諦めた先にあるものだ』
「光」を求めた時、人はその光に縋ってしまう。自分一人で立つことを諦めてしまうのだ。たとえどんなに辛くても、死にたくても、一人で生きなくてはいけない。それがこれから生きるこの世界の心理なのだから。
彼は、光に手を伸ばそうとした。希望を求めた。救われたいと願った。
――――いや、違う、そうじゃない。
自分で立つことを諦めた。そして、希望が絶望に変わり、願いは叶わなかった。
希望と絶望は常に紙一重だ。彼はそれを理解しようとしなかった。だから、希望が自分を救ってくれると思い込んでいた。
――――思えば彼は、知らず知らずの内に試練を受けていた。「苦難や絶望に立ち向かえるか」の試練だ。
しかし彼は逃げてしまった。「虚空」の闇に、立ち向かうことはしなかった。
よって、
【■■ ■ 試練[失敗]】
――――こうして彼、■■ ■は、異世界に転生した。