悪役令嬢の愚痴と嘘①
「あの、鍛冶師さん。『令嬢の湯』にはどう行ったらいいですか?」
石炭の袋が肩に食い込んでいた。
僕は今現在、元の肩書を伏せて、鍛冶屋の弟子として働いている。
入門して三年、半人前の僕は親方から槌を握らせてもらえる機会はまだまだ少ない。
そういうわけで、僕の仕事の大部分は研ぎ物だったり、仕事場の掃除だったりする。
中でも重労働なのが火床に使う石炭の調達だった。
石炭と言っても要するに炭化した石だ。
つまり、結構な重量がある。
それを日に何度も担いで往復するのだからたまったものではない。
汗もかくし、疲れるし、第一担いだ袋が肩に擦れて痛い。
仕事が終わる頃には顔は真っ黒になっていて、おかげで「タヌキ」という有り難くないあだ名まで頂戴することになる。
だから僕は立ち止まって、袋を肩から地面に下ろして、額の汗を煤ごと拭いて、彼女の相手をすることにした。
「『令嬢の湯』はそこの道を真っ直ぐですよ」
説明しながら、僕は彼女をしげしげと見た。
この火山地帯では珍しい、人間の少女である。
年の頃は僕よりもいくつか歳下、17~18歳ぐらいだろうか。
混血者特有の褐色の肌に、不思議な紫色の瞳。
腰まで伸ばされた黒髪。
かなりメリハリのついた持ち主の身体の凹凸を隠さない大蛇の皮製の鎧。
そして背中に担がれた、どでかい大砲。
その大砲にも、彼女の雰囲気にも、見覚えがあった。
僕はついつい言わなくてもいいことを付け加えていた。
「『魔弾の弩』だね」
「えっ?」
「君の背中の大砲だよ、久しぶりに見たな」
僕は懐かしさと共に言った。
「銃身に刻んだルーンで魔法弾を射出する武器だ。弩よりも正確で弓よりも威力が高い。そうだろう?」
「驚いたわ。弩のことを知ってる人に初めて出会ったかも」
僕の余計な指摘は彼女の好感を得たらしい。
彼女は驚いたような微笑みを浮かべた。
「あなた、冒険者だったの?」
「そりゃ、昔はね」
僕はその先を濁した。
冒険者には兎角訳アリが多い――そんな傾向を彼女も心得ていたのだろう。
それ以上の追求をしようとはせず、彼女は別の話題を口にした。
「この弩は母の形見なの。私が冒険者になるときに持たせてくれたわ」
「へぇ、凄いお母さんだな。ということはお母さんも冒険者だったのかい?」
「いえ、母は普通の主婦。元は父のものだったらしいわ」
「ってことは、お父さんが冒険者か」
ふふっ、と少女は笑った。
「わからないの」
ほう、そういうことか。
冒険者には兎角訳アリが多い――その傾向は僕も心得ていた。
悪いことを聞いてしまった詫びに、僕は言った。
「『令嬢の湯』では気をつけたほうがいい。そこの湯守の令嬢様は最近機嫌が悪いんだ。機嫌を損ねて入浴料をぼったくられないようにね。あと、貴重品は番台に預けた方がいいよ。その弩とかは特に」
「わかったわ、ありがとう」
少女は両足を揃えてきちんと礼を言い、『令嬢の湯』へ走っていった。
ちなみに、だが。
彼女は実は三十分前から同じところをぐるぐる歩き回っていた。
おかしいわねぇ、とか、このへんのはずなんだけど、とか。
僕が石炭倉庫と鍛冶場をお往復する度にそういう呟きが聞こえていた。
三十分経ったら声をかけてやろう。
そう決めていたのだが、彼女の方から話しかけてきてくれて助かった。
更にちなみに。
『令嬢の湯』はこの通りからならどこへいても見える。
オークが挽き出した一枚板のどでかい看板と、吹き上がる白煙は街の名物なのだ。
それなのに彼女の目にはそれら全てが写っていなかったらしい。
冒険者を自称する人にはなかなか珍しいレベルの方向音痴であろう。
不思議な少女だった、と思う。
人間としてはかなり珍しい褐色肌や彼女のオーラ、気配、雰囲気――。
そして何よりも、あの魔弾の弩。
普通とは何もかも違っていた。
これは後で姉さんに話さないといけないな。
『令嬢の湯』の湯守であるダニエラ姉さんは顔が広い上に情報通である。
おそらくこの街の新参についても詳しいはずだ。
ぼんやりそんなことを思いながら、僕は袋を担ぎ上げて鍛冶場へ急いだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次の話に移ります。
この話は一度短編として投稿していますが、その時は容量的に削ったエピソードが出てきます。
いずれにせよ、短編とは全く異なった話になります。
よろしくお付き合いください。