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されど悪役令嬢はタヌキに愚痴る・終

俺は瓦礫の山と化した道を前に、一人岩に腰掛けてぼんやりしていた。




いくらなんでも、やりすぎたなぁ……。


崖はえぐれ、木々はぐちゃぐちゃになり、崩れてきた大岩が道を塞いでいる。

これではたとえ折り重なる死体を片付けたところで、復旧まで一ヶ月はかかるだろう。




俺の視線の先には、さっきまでディートリッヒだった血袋が転がっていた。




最期、ディートリッヒは俺の目を恐怖の目で見つめながら、全身から血を吹き出して、死んだ。




『ニーベル兄ちゃん! 僕も将来は兄ちゃんみたいな勇者になる!』




俺が魔王退治に出発する前。

ディートリッヒは輝く目で俺を見つめながらそう言った。


俺が王都を旅立つ時には、俺の足に縋り付いて泣きわめいた。

僕も旅に連れていくって言ったじゃないか――と。


天真爛漫で、気まぐれで、誰からも可愛がられる王子。

彼は――間違いなく猫のような愛らしい少年だった。

いつ、彼は化け猫になったのだろう。

一体誰が、彼を化け猫にしてしまったのだろう。


王国には彼以外に王子や王女はいない。

彼が死んだことで、この国の王統は途切れることになる。


『魔王のいない世界に勇者など用済みだ』――。

そう言って俺を辺境へ追放した彼の父王にも、まぁ、これで復讐出来たと言っていいだろう。




「猫じゃなくてさ、タヌキに生まれた方よかったかもな、お前」




俺はもう物言わぬディートリッヒに呟いた。


もし、彼がタヌキだったら――。

日の当たる場所も知らずに。

人から撫でられることもなく。

狭くて、汚くて、散らかってる穴蔵の中で育っていたら。


こういう風にならないで。

ゆっくり湯に浸かって。

野原を駆け回って。

木から果物が落ちてくるのを日がな一日待ったりして。

そういう風に暮らしていけたかも知れなかった。

だけどそれは今こうなった以上――考えても仕方がないことだった。




俺は立ち上がった。

これで俺はこの国の大逆人だ。

いずれ追っ手がやってくるだろう。

勇者である俺ならそいつらを追い返すことは造作もないことだ。


だけど――タヌキは人殺しなんかしない。

ましてやお互いに殺し合ったりはしない。

タヌキは呑気で引きこもり症だ。


俺は瓦礫道を歩きながら考えた。

さて、どこへ行こう。

いっそのこと、この国を飛び出そうか。

誰もいない南の島に住み着いて。

フリチンのまま一日中走り回って。

草と木で掘っ立て小屋を建てて。

世界で唯一、バナナで育ったトロピカルなタヌキになるのもいいかもな――。




「こら」




不意に。

俺の背後に、聞き覚えのある声が聞こえた。


「あれほど言ったのに大暴れしやがって。馬鹿」


俺は後ろを振り返った。

ダサいハッピ姿のまま、ダニエラ姉さんは俺を咎める視線で見ていた。


「誰が喋ったの?」

「朝イチでドワーフのおっさんが来たわよ。あいつを迎えに行ってやれって。おかげで足も痛いし腹も減ったわ、どうしてくれんの」


親方――俺は内心舌打ちした。

何が『ドワーフが気の利いた嘘なんかつけるか』だ。

俺にはしっかり嘘ついてるじゃないか。

しかも全く気づけないぐらい上手に。


俺はしばらく迷ってから、結局冴えない事を言うことにした。


「俺は勇者ニーベルとして、人々を苦しめる暴君を成敗しただけだぜ。これも勇者の仕事なんだよ、お嬢さん」

「そんな言葉で――ごまかせるか、阿呆ダヌキ!」


ダニエラ姉さんの声は震えていた。

鼻を真っ赤にして。

まるで子ダヌキが威嚇するように。

ダニエラ姉さんは全身に力を入れて言った。


「あんた、そんな頭から血まみれでどこ行くのよ。またあの時みたいに行き倒れるわよ、とっとと帰ってきて風呂入りなさいよ」

「悪いけどな、勇者ってのはひとところに留まらないもんさ。また魔王を倒す旅に出るとするよ」

「その魔王は倒された。今はエンディングの最中よ」


姉さんが負けじと反論してくる。


「魔王は復活するものと相場が決まってる」

「まだ復活しないわ」

「でもいずれ復活する」

「今日や明日のことじゃない」

「かつて英雄だった男が魔王になることもよくある展開だったり――」

「あんたが英雄? 思い上がんなボケ」




ダニエラ姉さんは言った。




「アンタはただのタヌキじゃない。毎日毎日鍛冶屋で石炭相手に真っ黒になってる、顔の煤けたタヌキでしょ。勇者なんか――どこにいるのよ」




その言葉に、僕は空を仰いだ。




参ったなぁ。

僕は気づかれないように嘆息した。


ずっと長い間穴ぐらの中にいると思っていた。

光の明るさがわからなくなっているとばかり思っていた。


自分は――かつて猫だったことがあったとばかり思っていた。


でも結局、どう頑張っても、猫はタヌキにはなれない。

タヌキはやっぱり、タヌキでしかない。

どんなに木の葉を乗せて化けてみても。

どんなに恐ろしい怪物になってみても。

タヌキは、日向の温かさよりも、穴ぐらの温かさの方が心地よいタヌキでしかない。


ダニエラ姉さんは、僕をまた、あの狭くて汚くて散らかってる穴ぐらに引きずり込もうとしていた。




僕はちょっと迷ってから、踵を返した。




ダニエラ姉さんの前に立つと、ずい、と姉さんがタオルを押し付けてきた。


『令嬢の湯』――そう書かれた薄いタオルだった。


「この間、あんたのチンポに被せてやったタオルよ。それで顔拭きな」

「――わざわざ、これ選んで持ってきたのかい?」

「当然よ。アンタみたいなバカチンポにはチンポタオルがお似合いよ」

「これ掴んで走ってくる間、抵抗なかった?」


バシッ! と、姉さんがタオルを顔に叩きつけた。


「抵抗ないし走ってきてないしとどめにアンタの心配もしてない」

「抵抗はないんだ」

「そこクローズアップすんな」

「まぁまぁ怒んないでよ姉さん。帰ったらフルーツ牛乳2本おごるから」

「3本よ。それとアンタだけは今後、一年間入湯料10Gね」

「ばっ、倍!? 頼むよ、赦してよ!」

「赦さない」


ぷい、とダニエラ姉さんはそっぽを向いてしまった。

絶対振り返らないぞ、その意志を全身から立ち上らせて。

そっぽを向いた時、ぐすっ、と洟をすする音が聞こえたのも。

やっぱりそれも――空耳だっただろう。


でも、それは困る。

街に帰るまでになんとかご機嫌を取らないと破産する羽目になる。




「姉さん、待ってよ!」




情けない声を上げながら、僕とダニエラ姉さんは街へ帰る一歩を踏み出した。






ここまでお読みいただきありがとうございました。


第一話、これで完結となります。

頑張って続きを書きます。




【VS】

こちらの作品も強力によろしく↓

『悪役令嬢・オブ・ザ・デッド』

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