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されど悪役令嬢はタヌキに愚痴る⑦

僕は街に続く道を見下ろせる崖の上に立っていた。



その遥か下を――一列になって行軍してゆく三十人ほどの一団がある。

その中心、重武装の騎士数人に守られている白い服の人物――。


その顔に見覚えがあった。


あれから会っていないのに、随分成長したなぁ。

僕は場違いな感動を覚えながら、一気に崖を駆け下りた。


僕は列の先頭に降り立った。

ざわ、と一団が動揺した。



「慮外者! この列を第一王子ディートリッヒ殿下の御行幸と知っての無礼か!」



一番先頭に立って声を張り上げたのは、あのヤエレクのおやっさんにぶっ飛ばされたあの使者だった。

彼の前歯は全て純金の金歯になっていて、ますます嫌な奴に見えた。


「こっちの目的より、そっちの目的の方を知りたいなぁ。こんな山奥にディートリッヒ殿下ともあろう御方が何の用ですか?」

「ディートリッヒ殿下は只今、大罪人ダニエラ・フォン・アルヴィス公爵令嬢の罪一等を免じ、再び婚約者としてお迎えに上がるところだ! これで満足したか! 邪魔をすると手は見せんぞ、下郎!」

「婚約者?」


僕は顔を上げた。


「おかしいな。僕はダニエラ嬢本人から、ディートリッヒ王子との婚約はそちらから一方的に破棄されたと聞いておりますが。ディートリッヒ殿下は嘘をついておられるようですね――」


その一言に、連中は気色ばんだ。

中には剣の柄に手を伸ばした騎士さえいる。




「これは一体何事であるか!」




その時だった。列の奥の方からディートリッヒ王子が、白馬を進ませて列の先頭にやってきた。

はっ、と後ろを振り返った使者のおっさんが、慌てて止めた。


「殿下、この者は危険ですぞ! 御身に万が一のことがあれば……!」

「よい、下がれ」


久しぶりに会ったディートリッヒ王子は、あのときと同じ、癖の強い金髪だった。

唯一違ったのはその目。

以前とは違う、鋭くて、冷たい目をしていた。


ディートリッヒは僕をゴミを見るような目つきで見た。


「今、聞き捨てならないことを聞いたな。私が嘘をついている……ダニエラがそう言ったと?」

「その通りです、殿下」


僕は慇懃な口調で言った。


「ダニエラ・フォン・アルヴィス女史は――あなたのことを、世の中にあんなクズ男はいないと――常々語っておられます」

「ちっ、あの売女めが。相変わらず減らず口を叩いてるようだな……それで、貴様は何用で私の前に現れた? まさかそれだけ伝えに来たわけではなかろう?」


僕は王子の顔から視線を外さずに言った。


「それはもちろん、この世で最も高貴なチンカス男の顔を見に来たんです」


僕が言うと、ディートリッヒ王子の顔が真っ赤になった。


「貴様……! 私を愚弄する気か!」

「愚弄? いいえ違います。僕はここに確かめに来た」


それは嘘ではなかった。

僕はそれに賭けていた、と言ってもいい。

お願いだから間違いであってくれと。

そういう気持ちでここにやってきたのだ。


「本当に貴方がそのような者であるのか――王子様に聞きに来たんです」

「何を馬鹿な、忌々しい……! 私の怒りに触れたな! あの辺境の街だけは助けてやろうと思ったが、取り消しだ! 貴様らの街は私が徹底的に焼き払ってやる!」


王子は激昂した。


「ダニエラの奴……! せっかくこうして私が罪を赦してやると言ったのに、頷くどころか使者を叩きのめしおって! こんな賤民と親しく付き合うから卑しく穢れるんだ! あの女、王都に連れ帰ったら二度と反抗できないよう、徹底的に躾けてやる!」


その一言に、僕はディートリッヒ王子の顔を見つめた。


「どのように?」

「ん?」

「どのようにダニエラ姉さんをしつける気ですか?」


僕が言うと、ディートリッヒ王子は冷たい目で嗤った。




「ふん、手段は選ばないさ。私が手に入れたものはみんな私に相応しい女になってもらう。それが私の妃としてのつとめだろう? ダニエラみたいな跳ねっ返りの強い女なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




()はため息をついた。




これまた、海を越えた先の、遥か極東の国では――。

歳古い猫は人を化かすという。

あろうことか可愛がってくれた人を喰い殺し。

その皮を被って人に化けるという。



俺はかつて同じように願ったことがあった。

この人だけはタヌキになってほしくない。

広い世界で、日向で可愛がられる猫として生きていってほしいと思った人が。

それこそ、ダニエラ姉さんに対してよりも、強くそう願った人が。



彼は広い世界で生きてきた。

みんなに可愛がられ。

自由に生きて。

日向ですやすやと眠って――。

だがどこで道を間違えたものか――。




結局、人の皮を被った――化け猫になってしまっていた。




俺の身体が亡霊のように、青白く光り出した。

不審そうにそれを見たディートリッヒに、俺は言った。




「ディートリッヒ……変わっちゃったな、お前」

「はぁ――? 貴様、誰に向かって――!」

「小さい頃、お前言ったよな? 僕は将来、勇者になるんだ、って。そんで、俺と一緒に冒険して、みんなを苦しめる魔王を倒すんだって――」

「な――」




ディートリッヒが瞠目した。

俺は眉間に皺を寄せた。




「お前がそんなドドチンカス野郎になったなんて、俺は悲しいよ」


「お、お前は――!?」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「――っ!?」


「今はお前がその魔王だよ。――お前は忘れちまったけどな、魔王は勇者に倒されるもんなんだぜ」


「そ、それは……! 貴様……い、いや、あなたは――!」





「お前、せいぜい後悔して死ねよ」





その言葉を最後に――。


俺は背中に背負った剣を一息に抜いた。




ここまでお読みいただきありがとうございました。


遅れながら、まだ数話しか投稿していない時点でのこのブックマークと点数、

非常に驚いております。


ダニエラ姉さんやタヌキは本当に愛されていると思いました。

頑張って続きを書きます。


【VS】

こちらの作品も強力によろしく↓

『悪役令嬢・オブ・ザ・デッド』

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