表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/28

されど悪役令嬢はタヌキに愚痴る⑥

「親方、明日仕事休みます」




僕が言うと、黙々と槌を振るっていたドワーフの親方は「おう」と言った。

横で石炭を選別していた僕も負けじと寡黙に応酬した。


「それと、奥の部屋の壁、壊します」

「おう」

「そこに隠してる剣も持ってきます」

「おう」

「あと――もし姉さんが来たら、僕の行方については知らないと言ってください」


親方は火ばさみで挟んだ鉄塊を水に突き入れ、額の汗を拭った。


「半人前が生意気言うんじゃねぇ。ドワーフが気の利いた嘘なんかつけるか、アホ」


じゅぼぼぼぼ……と、鉄塊は物凄い音を立てて水の中で沸騰した。

鉄塊は水の中で急激に冷やされ、無意味な鉄塊から、形ある道具へと変化してゆく。

鉄塊が冷えるにつれて、真っ赤に照らされていた親方の顔も、だんだん闇に沈んでゆく。




「親方は、ダニエラ姉さんが泣いているところを見たことがありますか?」




僕は思い切って訊いてみた。

姉さんがこの街にやってきたのは五年。

僕は三年になる。

僕の知らない二年間のダニエラ姉さんを知っている人。

そして、それを訊いたら答えてくれる人。

それは僕には親方しか思い浮かばなかった。


「――おめぇがこの街に転込んできたときのこと、よく覚えてるぜ」


僕の言葉に答えず、親方はぼんやりとした口調で言った。


「全身傷だらけで、血に塗れて、食うものも食わねぇで、よくここに辿り着いたもんだってみんな褒めてたぜ。とにかく血まみれだし、失神してるからそこらには置いとけねぇ。俺とヤエレクのタコ坊主がおめぇをあの湯に引っ張っていったんだっけな」


そうだったかな――。

僕は手を止めずに聞いていた。


「鎧脱がされて、番台の横に寝かされて、先代の湯守がおめぇの血を拭いてやった。どこをこすっても血がこびりついて取れやしねぇ。一体全体こいつは今しがたまで何をしてた野郎なんだって――俺ァ正直怖かったよ」


僕がひときわ大きな石炭の塊をハンマーで砕いた、その時だった。

親方が静かに言った。


「あの子が――それまであんまり姿を見せなかったあの子が、番台から飛び出してきたのはそん時さ」


僕は手を止めた。


「あの子がな、物凄い勢いで湯守の爺さんからお前を取り上げた。そんで、気を失ってるおめぇを湯船に引っ張っていって、ざばざば湯を掛けだしたんだ」


ダニエラ姉さんが?

僕は顔だけで親方を見た。


ヒゲと眉毛に埋もれた親方の目が、ゆっくりと冷えてゆく鉄の塊を見ていた。


「あの子は――泣きながらおめぇの身体を洗ってやった。てめぇも血まみれになってよ。俺たちはその勢いに圧されてな。あの子ははっきりと泣いてた。すごい声で泣いてて、必死になっておめぇの全身の血を洗い流した。泣きながら、あんたは私が絶対助ける、お願い助かってくれって、駆けつけた医者にも、こいつを助けてくれって縋りついて――あの子、泣くんだ。ただの一度だけ、あの子は思う存分、泣いて泣いて泣き喚いた」


僕のハンマーを握る手がじっとりと汗ばんだ。


「おめぇは知らねぇ、知るはずがねぇことだがよ、おめぇがあの子を結果的にあの番台の奥から引きずり出したんだぜ」


親方は言い聞かせるように言った。


「何がそうさせたかなんてわかりゃしねぇよ。おめぇ以上にいろいろあった子だ、知らねぇ土地や知らねぇ商売。きっと怖かったし不安だったんだろう。そこにおめぇが来なきゃ、あの子は今みてぇに番台に座ることすら出来なかっただろうさ。二年前におっ死んだ湯守の爺様がよ、おめぇには感謝してたぜ。おめぇのおかげで、やっとあの子は広い世界に出てこられたってな」




『タヌキみたいな顔ね』――。




思い出せる彼女の最初の声が、それだった。

僕は三年前の記憶を辿ってみたが、それは霞がかかったように、ひどくぼんやりしていた。

僕が街の病院で目覚めて数カ月後。

ヤエレクのおやっさんに連れて行かれた温泉の番台には、既に彼女が座っていた。


僕を見るなり、彼女は僕の青痣だらけの顔を見て、そう言った。

いきなりの毒舌に戸惑う僕に、彼女は一瞬だけ笑った。

輝くような、本当に素敵な笑顔で笑った後、姉さんはフルーツ牛乳をおまけしてくれた。


その笑顔の意味。

今の今までバカにされたのだと思っていたその笑顔の意味。

「タヌキ」という、決して有り難くないあだ名の意味。


それにもっと別の意味があったのだとしたら。


姉さんを穴蔵から引きずり出した人。

それが先代の湯守の爺さんでなく、僕だったとしたら。

僕を穴蔵から引きずり出そうとしてくれている人を、僕が既に引きずり出していたなら。




僕はダニエラ姉さんに穴蔵に戻ってほしくはない。


彼女には、ずっと日向で眠る猫でいてほしかった。



ぐしゃっ、と、手の中の石炭が砕けた。

僕の身体が、青白く光り始めた。


それを見て、諦めたように親方が言った。


「もし、だ。おめぇが明日、俺が考えてる通りのことをする気ならな、お前、もう二度とここには戻ってこれねぇぜ」

「わかってます」

「おめぇ、それでいいのか。お嬢ちゃんはお前のことを――」


そこで親方は、つまらない事を言ったというように鼻を鳴らした。


「いや、いいさ。男が一度やるってんだ。女に止められるもんじゃねぇやな」

「そう言っていただけると助かります」

「一応な――もしあの子がここに来たら、なんとかごまかしては見る。感謝しやがれ」

「ありがとうございます」

「それより、問題なのはあの子よりおめぇの方だぜ。おめぇ、ここを出てどうするつもりだ?」


親方は心配そうに腕組みをした。

僕はしばらく考えて言った。



「タヌキらしく、暗い世界に戻りますよ」

ここまでお読みいただきありがとうございました。


遅れながら、まだ数話しか投稿していない時点でのこのブックマークと点数、

非常に驚いております。


ダニエラ姉さんやタヌキは本当に愛されていると思いました。

頑張って続きを書きます。


【VS】

こちらの作品も強力によろしく↓


『悪役令嬢・オブ・ザ・デッド』

https://ncode.syosetu.com/n5373gr/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ