されど悪役令嬢はタヌキに愚痴る③
王都から使者が来た。
そのニュースに辺境の温泉街が朝から沸騰していた。
僕も鍛冶屋の親方にことわって使者とやらを見に行った。
なんだか嫌な予感がした。
この使者というやつが誰から言われてどこに行くのか、ありありと予想が出来たからだ。
使者はきちんとした礼装をしていた。
髪をピッチリとなでつけた、胡散臭い男だった。
兎角、王都のやんごとなき階層の人間は、亜人種や魔物にあからさまな差別意識を持つ。
この使者はその中でも極めつけのやつだった。
使者はあからさまに僕たち住民を煙たがりながら『令嬢の湯』に入っていった。
ダニエラ姉さんは、湯守としてその使者に対応した。
使者はダニエラ姉さんを小馬鹿にしたように眺め、そして言った。
『ディートリッヒ・フォン・エルナディアン殿下の聖旨をここに申し伝えるものなり。ダニエラ・フォン・アルヴィス公爵令嬢。先年身罷られた前王太子妃様に行った不法・非礼行為の数々の罪一等を赦免し、王都への帰還を許すものである――』
その一言で始まった『聖旨』なる言葉。
要するに、ダニエラ姉さんの罪を許す、王都へ戻ってこい、という内容だった。
中には「有難き王の好意を無にするなど一体誰が考えようか」、という、低劣な恫喝つきで。
それを聞いている最中。
ダニエラ姉さんはずっと下を向いて震えていた。
最初から根も葉もないでっちあげの罪を赦してやる、有り難く思え――。
それは人を人とも思わない、ひどい仕打ちのはずだった。
悔しくて悔しくて仕方ないはずなのに。
彼女はずっと唇を噛んで、ただ俯いていた。
長い長い『聖旨』が終わった。
使者は明らかに馬鹿にした口調で、余計なことを言った。
「追放された身とはいえ、公爵令嬢ともあろうものが、こんな場末の風呂屋の湯守とは……嫁入り前の乙女が男の裸を見て暮らしているなどと王都で噂になってもよいのか? 恥を知れ」
――もしその言葉に、ヤエレクのおやっさんがブチ切れて使者をボコボコにぶん殴らなければ。
今頃その使者はボロ雑巾の死体になって街の入り口に飾られていたことだろう。
ここ、東方の辺境には兎角血の気の多いヤツが多いのだ。
だから、調子に乗ったり、こちらを馬鹿にしてかかる人間には一切の容赦がない。
オークの豪腕にそれぞれ14発も殴られた使者とその取り巻きは、死なずに済んだ。
それぞれ前歯がごっそり折れ、鼻が顔にめり込み、何本か骨を折っただけで。
たったそれだけで街中の人間の怒りは治まった。
今に見ておれ、という捨て台詞を残して、使者は這々の体で帰っていった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
本日中に何話か投稿予定です。
【VS】
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『悪役令嬢・オブ・ザ・デッド』
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