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悪役令嬢の愚痴と恋⑦

僕が考え込んでいる横で、ダニエラ姉さんは番台に頬杖をつきながら言った。




「なんだか婆ちゃんがあのままだと、私まで元気なくなっちゃうわ。どうしたのかしらね」

「さぁてねぇ、誰かにフラれたんじゃない?」


僕が冗談めかして言うと、ダニエラ姉さんは力なく肯定した。


「そうかも知れないわね」


ハァ、と姉さんは物憂げにため息をついた。

僕は少し驚いた。

姉さんは、エレノア婆さんが失恋した可能性を、冗談だと思っていないのだ。


「えっ、そうなのかな」

「自分で言ってて自分で驚くな、アホ」


ダニエラ姉さんは愚痴るように言った。


「逆に、あの元気いっぱい婆さんが落ち込むんだもの、それぐらいしか考えられないでしょうよ」

「そうかな」

「そうよ」

「なぁ、姉さん」

「あによ」

「話はかわるけど、もし、もしだよ?」


僕は入念に断りを入れてから言った。


「例えばの話だ。自分が老いさらばえて、もう完全に耄碌して、皺だらけで、腰も曲がって、女としての花盛りを完璧に過ぎてたとしても、そのときに誰かを好きだと思ったり、誰かと一緒になりたいって考えると思う?」

「当たり前じゃない」


姉さんの即答に、僕はちょっと驚いた。


「当たり前――かな?」

「なるほどタヌキ、アンタは悲しいぐらいモテないでしょうね」

「なんでだよ」

「重ねて訊いてくるところがもうモテないのよ」


姉さんはジロリと僕を睨んだ。


「そういうことはしなきゃいけないって思うからそうなるもんじゃない。金持ちでも貧乏人でも、人間じゃなくても、道の真ん中に落とし穴があったら皆等しく落っこちる、そうでしょう?」

「重力は万物に働くからね」

「わかったようなこと言うな」


口をとがらせてから、ダニエラ姉さんはまるで詩人のように言った。


「タヌキ、これだけはよく覚えとけ。恋には落ちるものだ。穴の中にスットーンとね。そしてそう簡単には這い上がれない。相手も、タイミングも、なにひとつ選ぶことは出来ない。そして自分では歯止めが効かない。なんでこんなやつに、って自分が嫌になるときさえある。そういうもんよ」

「そうなのかな」


意地悪く僕が疑念を挟むと、姉さんがため息をついた。

そして、翡翠色の瞳で僕を睨んだ。


「逆に訊く。アンタは――アンタはそうじゃないの?」


突然訊ね返されて、う――と僕は返答に困った。

結局、なんて答えようか迷った僕は、苦笑しながら言った。


「そうだなぁ――僕がジジイになったら絶対、自分から身を引くかな。僕がヨボヨボのジジイだったら相手の迷惑とか考えちゃうだろうし」


姉さんは無言で、責めるように僕を見ていた。

それで? 姉さんの目は続きを待っている。

僕はその視線から逃れたくて、自分の手のひらに視線を落とした。




そう、僕の手は汚れているから――。

だから、そうじゃない。

そうであってはいけないのだと、僕は思っているから。




僕は三年前の旅で、とんでもなく色んなものを犠牲にした。

際限なくどいつもこいつも斬り殺して、血で汚れて、恨みを買って。

そしてまた――三ヶ月前には、王国のお尋ね者にさえなった。

そして僕が殺していった存在は、常に僕の中で僕を睨み続ける。


ほら、今みたいに。

ちょっと油断すると、すぐに僕の両足に亡霊が絡みついてくる。

今が楽しいか、俺たちから奪った時間で生きる余生は楽しいか。

そう言って亡霊たちは僕を苛み、僕の人生を誹り続ける。


だから僕には、きっとそうなる資格はない。

誰かの幸せと引き換えに自分が幸せになろうなんて僕には思えない。

いっそ恋ではない、どこか深い、陽の差し込まない穴に落ちればいいとさえ。

僕は本気で自分がそうなればいいのにと願う時がある。

でも――そうではなくなりたいと思う自分も、どこかに確実にいる。


僕は結局、嫉妬しているのだろう。

僕ではない誰かが、誰かから好かれているという事実に。

僕ではない誰かなら、誰かから差し出された剥き出しの好意を、何のわだかまりもなく受け入れられるという事実に。

だからエレノア婆さんが誰かから愛されている可能性を否定したい。

それがあり得ない、おかしいことであると否定したくて。

だから僕はわざわざ姉さんに意地悪く反論しているのだ。


亡霊が僕を見返した。

カタカタ、と、ガイコツの顎が僕を嘲笑うように動く。

その亡霊の望むまま、僕は口を開きかけた。


「まぁ、僕みたいな人間に好かれても、きっとその人は迷惑すると思うしね。こんなお尋ね者男、誰かに好かれると思う方が間違いだ。そうでなくても僕は――」

「それ以上はやめとけ」


ダニエラ姉さんが鋭く言って、僕は口を噤んだ。

途端に、僕の足元に絡みついていた亡霊たちが、一瞬で消えた。


しばらく、僕は何も言えなかった。


姉さんが番台の上で尻をにじって僕に向き直り、咎めるような、憐れむような、不思議な視線で言った。


「アンタってたまに極限まで卑屈で失礼なこと言うわよね。それって侮辱よ。最大級の侮辱」

「そう――かな?」

「そうよ。アンタはもし心の底から誰かに好かれたときに、その相手に今みたいなことを言うの? そんなもん、こっちはひっくるめて全部請け負うつもりで来てんのに。相手のことを考えて身を引く? 最大級に失礼じゃない」


姉さんはそこで大きくため息をついた。


「ああ、この人は私の覚悟にきちんと向き合ってくれないんだ、飛び込んできてくれないんだ、って。それを聞いた相手はきっと凄く悲しいと思う」


ダニエラ姉さんは悲しそうな顔で言った。

その顔を見て、僕は少し項垂れた。

そうだ、全くその通りだった。

僕にその勇気がないからって、周りの人が全部そうであるとは限らない。

僕だけが、きっと卑屈で卑怯なだけなのだ。

勇者とは勇気がある人間のことをいうのに。

僕は――勇者失格人間だ。


ダニエラ姉さんは、ふっ、とため息をついた。


「まだまだアンタは真っ暗な穴の中ね、ニーベル。あったかい日向に出てくるには、もっともっと頑張って、色んなもの振り捨ててかなきゃないわよ」


姉さんは僕の心の奥底を見透かす声で言った。

そして、はいっ、と手をひとつ叩いた。

パン、と、乾いた音が鳴った。


「つまんない話は終わりよ。あの婆ちゃんに引っ張られて私たちまで暗くなったら元も子もないからね」


姉さんが許してくれた。

僕にはそう思えた。


エレノア婆さんを元気にしてやろう。

僕はそう決めた。

あの婆さんがあのままだと、この人まで元気がなくなる。

僕はこの人にだけは、いつも元気いっぱいで、満ち足りた人でいてほしい。

そう思うから、婆さんに元気になってもらわなければならない。

それが自分にとってどんなに不利な結果になっても。


「姉さん、ありがとうね」


僕がそう言ってラムネの残りを飲み干すと、姉さんがまた、ふふっと笑った。




「どういたしまして」




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