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悪役令嬢の愚痴と嘘⑧

俺はしばらく考えてから言った。




「強欲なやつだった」

「――他には?」

「凄く強かった。勝てたのは偶然だと思う」

「それで?」

「でも意外に紳士的なところもあったし計算高いところもあった。俺に『世界の半分をやるから仲間になれ』って言ったよ、当然蹴ったけどね。そういうことを言えるくらいには余裕のあるやつだった」


この一言は、シェヘラにとっては不満だったらしい。

もっと聞きたいことがある、という気配を感じて、僕は言った。


「俺は魔王城に飛び込んで、あいつとほぼ丸一日戦った。あの弩で何発も撃たれたけど、何故か俺は死ななかった。あいつも全身斬られてボロボロだった。俺は最後の力を振りしぼって立ち上がって、あいつの首を剣で撥ねた。真っ黒な血が飛び散って、首は玉座まで転がって、あいつは――砂になって消えた」


俺は一息に言った。


魔弾の弩。

それはかつてこの世の頂点に君臨していた魔王の得物だった。

もちろん、シェヘラが今持っているものとは根本的に異なる、強力なものではあったけど。

俺が「それ」を確信したのは、あの路地で彼女に弩を向けられた時だった。

あの刺すような殺気と、機械的に正確で素早い動き。


俺はあのとき、実に三年ぶりに、魔王の技を見ることになったのだ。


すう、と、シェヘラが大きく息を吸った。


「そう。そうやって死んだのね、ヴァルヴァトロスは」


他には? という無言を貫くと、シェヘラはそれ以上質問を重ねず、代わりに言った。


「私の母は――病で死んだ。苦しい暮らしだったけど、母は一度も父の悪口は言わなかった。でも、きっと父を恨んでいたと思う。母は私を育てるために身を粉にして働いて――そして、病を得て死んだ」


俺は黙って聞いていた。


「母は――きっと父が迎えに来てくれるのを待っていた。私がこんな肌の色をして生まれたからかも知れない。母は、私を見る度に父を思い出していたんだと思うわ。だから母は死に際の私に言った、あなたは魔王の娘なんだって。母が死んですぐに私は家を出た」


俺はシェヘラの整った顔を思い浮かべた。

魔族との混血者特有の、褐色の肌。

それは普通の人間であっただろう彼女の母親とも、周りの人間とも、はっきり異なっていたに違いない。


シェヘラは少し迷ったような沈黙の後、おずおずと訊いてきた。


「ねぇ、タヌキさん――魔王って、私に似てた?」


少し考えてから、俺は言った。


「顔は似てる。そっくりだ。でも、似てないところもある。だいたい、あいつは君みたいにうふふって笑ったりしなかったしね」

「ふーん。どんな風に笑ってたの?」


俺は思い切り大声を出した。




「フゥーッハッハッハッハッハ! 愚かな人間どもめ! ――って、こんな風に笑ってたよ」




しばらくして、シェヘラはアハハ、と実に面白そうに笑った。


「やっぱり魔王ね」


その声はやっぱり、魔王には似ていなかった。

ただ、そのオーラだけは――やっぱり似ていた。


この、そばにいるだけで人を射殺してしまうような、純粋で奔放なオーラ。

これなら並の獣などは、彼女が近くにいただけで固まってしまうことだろう。


俺は安心したような、寂しいような、妙な気持ちとともに湯に浸かり直した。

俺はごつっ、と、湯船の壁に後頭部をぶつけた。


「他には? 俺に何を聞きたい? 遠慮なく言ってくれ。仇討ちしたい、でもいいぜ。君とは戦いたくないから抵抗はしないつもりだ」

「仇討ちなんて」


シェヘラはちょっと慌てたように言った。


「それだけ聞けたら十分よ。はっきり言っておきたいんだけど、私はあなたを恨んでいない。恨めるわけがない。何しろ、私は父の顔さえ覚えてないから」


その言葉に俺が無言でいるのが面白くなかったのだろう。

シェヘラは半笑いの声で付け足した。




「湯守さんにも言われたしね。もしアイツに手出したら、あんたを殺して私も死ぬから、って」




ずる、と湯船の中で尻が滑って、俺は少しの間溺れた。

それを気配で察したのか、シェヘラはころころと上品に笑ってから言った。


「ただ――母の墓前に言ってやりたかったのよ。だから私は討伐師になった。冒険者になれば、旅をしている途中で、もしかしたらあなたに出会うかも知れない。その時は必ずあいつの最期を聞こうと思ってたのよ。そして、母の墓前に言ってやるの。あなたと私を捨てた男はこんな風に野たれ死にました――ってね。ただそれだけよ」


ふふっ、と彼女は笑った。


「ただそれだけなのに、なんだかこの街の人たちをヘンに緊張させちゃったみたい――ごめんなさいね」


ああ、やっぱりこの娘はいい娘だ。

いい娘だから、嘘をつく時に、ふふっと笑う癖が抜けない。


俺は大きなため息をついて、手の中にあったものを握り締めた。

物凄くごつい大きさの、ただの金無垢の指輪だった。


その指輪を見ながら、意を決して、俺は呟いた。


「ごめん」


俺が言うと、シェヘラがまた慌てたように言った。


「――貴方は何も謝ることはないわ。全ては父が悪かったこと。何度も言うけど、私はあの男の仇討ちなんか考えてない。貴方がしたことも悪いことだとは思わない。私はただ――」

「そういうことじゃないんだ」

「え?」


俺がちょっと大声で言うと、シェヘラが言葉を飲み込んだ。

どう告げようか迷って、俺は言った。




「俺は――君のお父さんを知らない」




「え――?」


シェヘラが息を呑んだ。


「――どういうこと? 私は――魔王の娘じゃないの?」


シェヘラの声が震えた。

俺は強い声で言った。




「俺が倒した魔王ヴァルヴァトロスは――()()()()()()




ここまでお読みいただきありがとうございます。

ここから短編版とは変わってゆきます。

評価・ブックマーク等、よろしくお願いいたします。

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