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悪役令嬢の愚痴と嘘⑤

「このバカちんめ」


ダニエラ姉さんは僕の頭を拳でドンドンと2回叩いた。

僕は「仕方ないだろ」と渋い顔で言い訳をした。


「か弱い乙女が困ってたんだ。ほっとけるかよ。不可抗力だ」

「それについては拍手を贈ろう。よくやったタヌキ、獣の鑑だ」


パチパチパチパチ……と本当に拍手してから、姉さんは言った。


「けれど、自分からあの子と関わって、挙げ句に会見会場がこの温泉ってのがマイナス30点ね」

「か弱い乙女を助けた。プラス40点はカタい」

「10点になっただけ。立派に赤点じゃないの」

「0点よりマシだ。」


そう言うと、うーん……と、姉さんは卒倒するような声と共に番台に突っ伏した。


「神様、私はタヌキの理解力の低さに絶望してしまいました。あなたは何故私をタヌキ語が喋れない身体に生まれさせましたか……」

「僕は全然隠すつもりないんだよ? だいたい、今は引退してんだから僕は名実共にただの鍛冶師見習いだよ。なんでそんな姉さんが気を揉むんだよ」

「アンタに気を揉むぐらいなら自分の乳揉むわボケ。私はね、アンタに別にそれを隠せ、って言ってるわけじゃないの。ただ今回は相手が相手すぎるでしょうよ」


姉さんの愚痴はとどまるところを知らない。


「アンタ、三年前に自分が何したのかわかってる? いまだあいつらの残党はこの世にごまんといるのよ? なんで大丈夫だと思えるのよ? 本物の野生のタヌキでもアンタみたいにランタッタランタッタって歌うたいながら表歩かないわよ。野生を忘れたかタヌキ」

「彼女はそんなんじゃないよ。それにもう魔王軍は壊滅した。残党狩りもあらかた終わってるよ」

「魔王は復活する。元勇者のくせに忘れたの?」


姉さんは呆れ顔でそう言った。

そう、その通り。

何を隠そう、三年前に僕が討伐した魔王は、実は十七年前に一度、先代の勇者に倒されているのだ。


十七年前、勇者はその命と引換えに、魔王を討伐して世界を救った。

だが、一年も経つか経たないかのうちに、倒したはずの魔王が復活した。

それから十五年近く。誰も倒せなかった魔王を、三年前に僕が倒した。


だが、いずれ前回のように魔王は復活する。

それは僕が魔王を倒してしばらく経った今も、当然のことのように信じられている常識だった。

それだからダニエラ姉さんは心配してくれているのはわかる。


彼女が――シェヘラが新しい魔王なのではないのかと疑っているのだ。


「アンタ、さっきあの子に大砲向けられたって言ったじゃないの。あの子が普通じゃないことぐらい、私だけじゃなくみんなわかってんのよ? 恐れ入ったかタヌキ。あの子が新しい魔王で、アンタを潰しておくつもりだったらどうすんのよ?」

「あの子がその気だったなら僕はもう首取られてるよ。モップと大砲だぞ、勝てるわけがなかった。なのにあの子は引き金を引かなかった。敵意がないってわかるにはそれで十分じゃないか」

「そういうことを言ってんじゃないのよ。もうホント疲れるわタヌキブレインめ。用心とか慎重とか人を疑うって言葉はアンタの脳みそのディクショナリーには記載がないの?」

「もちろんあるさ。ただ、同じディクショナリーに限界という言葉もある」

「用例を言ってみろ」

「『あの娘に関わらないようにするのはもう限界だ』」

「ふーん、代わりに言うわ。『私の我慢は今まさに限界を越えようとしていた』」

「なんで」

「なんでわかんないの?」

「こういう風になったら申し訳ないから僕はあのとき街を出ていくって言ったじゃないか。僕はいつ出ていってもよかったのに――」

「ふざけんな」



ついつい言うつもりじゃなかった事を言った、その瞬間だった。

姉さんの放つ雰囲気が明確に怒りに変わった。


はっ、と僕が姉さんを見ると。

姉さんは駄々っ子のような顔で僕を睨んだ。




「それはアンタがよくても、私がよくない」




あ、これはヤバい。

これは本気で怒っている顔だった。


姉さんは長年の付き合いとなった僕にもいまだ全容のわからない人だ。

凄く理不尽なことも我慢するかと思えば、凄く些細な事にも怒る。

なおかつ、今のこの姉さんの顔は本気で怒っている顔だった。

全身に力をみなぎらせ、鼻を真っ赤にし、親の仇とでも言うかのような目で僕を見るのだ。


「――ごめん」


僕が言うと、ダニエラ姉さんは静かに言った。


「じゃあなんでアンタは前にあんなことしたの? 私だって、あんなことはやめてくれ、アンタが出てくるのは絶対許さないって言ったわ。でもアンタは私の言うことを聞かなかった。あんなに頭から血まみれになったのに、王国中のお尋ね者になったのに、それでもアンタはあのドチンカス野郎から私を助けてくれた。それなのに、私が逆にアンタを助けようと思うのは――なんでダメなの?」


僕は何も言えなかった。

姉さんは急に、怒りがしぼんだような、疲れた口調で言った。




「私は――なんでアンタの心配したらいけないの?」




翡翠色の瞳が、見たことのない色を帯びて、弱気に僕に訊いてきた。


こういう顔はズルい。

こんな顔をされたら、僕は何も言い返せなくなる。

姉さんもそれを知っているのに。


「もう……悪かったよ、ごめんって。でももう約束しちゃったんだよ」


僕が本気の口調で謝ると、姉さんの表情が少しだけ元通りになった。

ダニエラ姉さんはため息交じりに言った。


「明日、ここにシェヘラが来るのね?」

「うん」

「奥の一間貸してくれ、なんて言わないでよ。話せるのは湯船だけよ」

「うん」

「なんの『うん』よ。事実上貸せないって断ってるつもりだけど?」

「なんとかするさ」

「なによそれ。風呂場で文通でもするの?」

「まぁねー」


僕は意味深な一言とともに話を打ち切った。

姉さんは妙な顔をした。





ここまでお読みいただきありがとうございます。


先程指摘があったので、各キャラの年齢について追記しておきます。

タヌキがシェヘラより二回り歳下、と書いてる箇所がありましたが全くの間違いです。

タヌキは20~1歳ぐらい、ダニエラ姉さんは22~3歳ぐらい、シェヘラは16歳です。


もしよろしければ評価・ブックマーク等よろしくおねがいします。

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