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悪役令嬢の愚痴と嘘②

「豊穣のシェヘラ、ね。多分間違いないわ」

「え、ダニエラ姉さん、あの娘の事知ってるの?」

「むしろ知らないの? って話よ。アンタ元冒険者の中の冒険者でしょうよ」


元公爵令嬢であり、この『令嬢の湯』の湯守であるダニエラ姉さんが驚いた顔をした。

二つ以上の物事の同時進行など朝飯前の姉さんなのに、みかんを剥く手が止まっている。


「知らなかったの?」と逆に言われて、僕は真剣に驚き返した。


「いや……知らなかったな」

「ほーん、アンタってもうちょい人生経験とか豊富だと思ってたわ、意外。あんな有名人ちょっといないぐらいなのに」

「いくら大陸中冒険してても知らないものは知らないよ」

「タヌキは意外に世間知らず、っとね……メモメモ」

「ちょ、何書いてるの? なにそのメモ」

「ブラックリストよ。ここに厄介な客の顧客情報書くのが私のささやかな趣味なのよ」

「趣味として不健康すぎる! ……ちなみに、そのリストには何人いるの?」

「アンタ一人だけだけど」

「僕専用のブラックリスト? ひどくない?」

「自衛のための知性というやつよ。……さて、アンタが気になるあの娘のことを教えられるのはここまで。あとはいくら出せる?」

「入湯料払っただろ、8Gも」

「ケッ、そんなはした金、ケツを拭く紙代にもなりゃしねぇよ」


二月ほど前、僕は姉さんを大変怒らせ、それから入湯料倍の刑罰を受けていた。

だが僕は熱心に日夜謝罪と嘆願を続け、今では10Gの入湯料を8Gまでディスカウントすることに成功していたのである。


仕方なく僕は番台の横からコーヒー牛乳を一本取り出し、2Gを番台の上に乗せた。


「今手持ちがなくて」

「よろしい」


姉さんはみかんを剥く手を再開しながら言った。


「大陸では知らない人間がいないレベルの怪物討伐師(モンスタースレイヤー)よ、あの娘。田畑を荒らすモンスターを皆殺しにするから『豊穣のシェヘラ』。あんな若くて美人なのに腕がいいのね。だから色んな国を走り回ってる。ここには仕事で来たわけじゃなって言ってたけど」


シェヘラ、という不思議な響きが気になった。

この国にはない名前の語感であるから、おそらく異国の人間なのだとは思っていた。

だが、まさかそんなに有名人だったとは。

そして自分はそんな有名人を知らずに何年も冒険していたとは。


ん、と姉さんがみかんを半分くれた。涙が出るほど優しい。

みかんのひと房を食べながら僕は言った。


「んで、そんな物騒なもん担いで何しに来たんだ?」

「どう考えても風呂入る格好じゃないから私も驚いたのよ。そしたら私になんて言ったと思う? あの娘」

「なんて言ったのよ」




「ニーベルという人を知らないか――って。ここにいるって風の噂で聞いたんです、って」




姉さんが僕を見た。

予想外とも、予想通りともいえる一言に、僕はビーバーのように歯を剥き出した。


「……ほう」

「先に聞いとくわ。アンタ、あの娘となんか関係あんの?」

「関係とは?」

「そりゃ関係といえば関係よ」

「どんな」

「例えば装備を交換しようとか言葉巧みに誘い出してそのまま持ち逃げしたような関係」

「怒るよ?」

「怒ってみろ茗荷ちんちん。あと歯をビーバーみたいにして人の話聞くな」


僕は歯を引っ込め、姉さんは終わりを喋った。


「ちなみにね、彼女結構本気でアンタのこと探してるわよ。しばらくこの街にいるつもりだ、ニーベルが来たら教えてくれ、ってさ」


姉さんはムチャムチャとみかんを食べながら言った。

僕は――というと、みかんを口にしたまま考えていた。


彼女が僕が僕であると気づいた様子はなかった。

僕を暗殺しに来たわけでもなさそうだとダニエラ姉さんは言う。

確かに、彼女は先の僕と王国のゴタゴタを知っていた風ではなかった。


となれば、彼女はきっと、そういうことだろう。

彼女は、僕が抱えた、三年前のもうひとつのゴタゴタに由来する人なのだ。


「アンタいきなりビビリすぎでしょ。ホタルイカになってるぞ」


姉さんに茶化され、僕は自分を見た。

確かに僕の身体がホタルイカのように薄ぼんやりと光っていた。

慌てて身体を叩くと、僕の光は徐々に治まっていった。


「もう一度聞くけど、本ッ当にアンタ、あの娘と関係ないのね?」

「ないよ」


今のところはね、とは言わないことにした。

ダニエラ姉さんの翡翠色の瞳が僕を見た。

嘘はない、と姉さんの目は判断したらしい。

姉さんはフッ、と安心したような顔をして言った。


「ま、信じたげるわ。ささ、修正修正っと」


姉さんはメモ帳に書かれた『極悪人』の『極』に二重線を引いた。


「全部に二重線引いてよ」

「一応よ一応。……なんにせよ、気をつけなさいよ。アンタは今王国中のお尋ね者なんだから。自分から会いに行くようなマネは控えることね」

「わかってるよ」

「本当にわかってる?」

「わかってるさ」

「ふぅんなるほど。わかるつもりないわね、アンタ」


ダニエラ姉さんは諦めたように言った。

僕は「バレたか」というように、小さく舌を出した。




ここまでお読みいただきありがとうございます。




次の話に移ります。




この話は一度短編として投稿していますが、その時は容量的に削ったエピソードが出てきます。

いずれにせよ、短編とは全く異なった話になります。


よろしくお付き合いください。

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