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新大陸はきっとバウと鳴く  作者: テチコ
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ポチコ





 ディアンはボクに、自分は学者だと名乗った。


 見た目は学者より、格闘家のような…、いや、殺し屋のようだった。

 大きな上背は、無駄を省いたように引き締まっている。

 機能的な筋肉はしなやかで、細くさえ見せた。

 それは飢えを知る猛獣を連想させた。


 無造作に伸びた髪の色は黒く、後ろ手に無造作に結ばれていた。

 挑発的で悪そうな目つきも、また黒い。

 色にも種類があるものだ。

 彼の瞳の色の黒は、狂暴にも、また優しそうにも光った。


 年齢は見た目だけではよく分からない。

 二十歳(はたち)前後にも見えるけど、きっと違うと直感した。

 若者の持つ独自の活力を感じられるが、見た目の年齢では得られない、老獪さをどこかで感じた。


 一見すると強面の外見は、混雑した道の真ん中を歩いても他者が避けて歩きやすくなるだろう。

 そう想像させるある種の迫力を(まと)っていた。

 自分が他人からどう見られているのか彼は知っている。

 肩で風を切って歩きながら、なぜ他人が自分を避けるのか理解していた。

 そこには裏付けされた強さがあった。

 傲慢で、傲慢な態度が様になっている。

 それが許される魅力を持ち合わせていた。


 規格外の大きな体躯(たいく)を除けば、その顔付きは日本人と言われても違和感がなかった。


 無精髭が妙に似合っていて、屈強な男が持つ、ある種の強引な色気があった。


 イタズラが好きそうな自信に満ちた態度で、考えるよりも先に行動を起こすタイプと言えた。



「すまん。考えてなかったわ-」



 現在、考えていなかったディアンにより、大きな問題が発生していた。


 ボクの衣食住についての問題だ。


 衣食住とは、着るもの。食べるもの。暮らす場所のことだ。

 日本人ならば、当たり前のように用意されていた。

 日本人ならば当たり前のように享受(きょうじゅ)する国民の権利だ。


 異世界では時にこの権利さえ、ままならなくなる。

 文化ショックどころでは無い。

 異世界ショックである。



 衣類については解決していた。

 なんと、もう、ボクは裸ではないのだ。

 少しサイズは合わないけれど、シャツと下着とズボンと靴を手に入れた。

 ディアンが用意してくれたものだ。

 衣服を身を包み、人間とは本来こうあるべきだと妙に安心をした。

 素材を訊いても「知らん」と一蹴されたが、肌触りはポリエステルと変わらない気がする。ゴム素材は使われていないので、パンツとズボンは紐で(しば)るスタイルだ。

 靴は靴というより、草履だった。



 食事についても問題はない。

 なんと、あら、異世界の食事はボクの口に合うのだ。

 少し見た目がグロテスクだけれど、お肉も野菜も甘味も、たいへんに美味しゅうございます。

 ディアンが作ってくれるものだ。

 口に入れて美味しければ、人間は何でも食べられるものなのだろう。

 食材を訊いても「知らん」と一蹴されたが、鳥でも豚でも牛でも無い、何かの肉だけど、深くは考えないようにしている。

 むしろ考えてはいけないのだ。



 残された問題が住まいに付いてだ。

 なんと、うそ、ボクには住むお家が無かったのです。

 大自然のなかにいて、住みやすそうなコテージが目の前にあるのに、入室の許可がおりないのです。

 ディアンが自らの手で建てたコテージなんだって。すごいね。

 でも、家主はディアンじゃなかった。


 じゃあ、誰か?


 そう。それがポチコだ。



 ───



 ポチコに付いての説明はとても難しい。


 日本には、と言うか、地球には存在しない生き物だからだ。

 外見から言ってちょっと奇妙だった。

 まずは頭部がフェレットに似ている。

 胴は細長くてヘビに似ていた。

 尻尾の形は金魚のようだし、頭から尾にかけて背びれが生えていた。

 顔は毛に、身体は鱗に(おお)われている。

 黒い瞳を除いたすべてが、白い色で統一されていた。

 鱗は光を浴びると光沢を帯びた。

 全長は五十センチくらいかな。

 手足が無かった。

 空を()ぶ。

 『ちゅー』と鳴く。



 フェレットみたいな、ヘビみたいな、魚みたいな奴が、犬みたいな名前で、ネズミみたいにチューと鳴く。



 ね?

 なんなの、コイツ?



 ディアンが答える。

 コイツじゃない。ポチコだ。-と。

 ペットじゃない。家族だ。-と。



 そしてボクは、その家族に嫌われている。



 初めてコテージの玄関に立った客人がいた。

 ダボついた服を着た、可愛くて幼い少年だった。

 するとそこに、もの凄い勢いで建物の中から不思議な生物が空を()んでやってきた。


 それがポチコだ。


 もの凄い勢いで()んできたポチコは、もの凄い勢いで一回転してみせた。

 もの凄い勢いで一回転したポチコは、その、もの凄い運動を利用して、初めて訪れた客人の頬を尻尾でひっぱたいた。

 もの凄い勢いでひっぱたかれた客人が、もの凄い勢いで吹っ飛んでいった。

 もの凄い勢いで吹っ飛んだ客人は、玄関を越え、テラスを越えて宙を舞い、もの凄い勢いで大地に転がった。

 もの凄い勢いで飛んだ客人は、もの凄い勢いで大地にキスした。

 それがもの凄いボクだった。

 異世界との、もの凄いファーストキスだ。



 ボクだって別に動物が嫌いな訳ではない。

 出来ることなら友好な関係を築きたいと思っている。

 たとえ不可思議な姿形(すがたかたち)をしていたって、必要なら受け入れる準備は出来ていた。

 ペットの論議でよく交わされる、犬派や猫派について、その結論は互いに譲らず平行線をたどるものだ。

 ボクは博愛の精神を持ってその議論に終止符を打つ答えを持ち合わせていた。

 犬も良い。

 猫も良い。

 すべての生き物に、それぞれの魅力がある。

 だから、フェレットみたいな、ヘビみたいな、魚みたいな奴が、犬みたいな名前で、ネズミみたいにチューと鳴く生き物でも良い。


 ボクはただありのまま、相手を受け入れようと思った。


 でもポチコは、ボクを受け入れようとはしてくれなかった。


 それはもう、頑なだった。


 ディアンが言う。

 ポチコは不可思議じゃねぇ、うちのかわいいお姫様だ。

 ポチコは縄張り意識が高いからな。

 ポチコが認めないかぎりは、家には入れねぇわ。

 こうなるって、考えたら当たり前だったんだけどな。


「すまん。考えてなかったわ」



 こうしてボクはよく分からない異世界で、森の奥の、コテージの前の、テラスのなかの、ベンチの上での、寝食生活が始まった。





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