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新大陸はきっとバウと鳴く  作者: テチコ
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はじまり





 気が付くと林の中にいた。


 大の字であお向けに倒れていた。


 木々の隙間から、高い位置に太陽が輝いて見えている。


 仰向けに倒れたまま、(まばた)きを数回、パチパチと繰り返した。


 繰り返した瞬きの回数以上に、様々な疑問が浮かんでは消えた。


 取り敢えず立ち上がってはみたが、状況がさっぱり理解できないでいた。


 頭がとても、ぼんやりとした。


 ゆっくりと確かめたが、身体は無傷だった。

 

 無傷だったけど、しかし自分は裸だった。


 無傷で裸だった。


 右手に布切れを握りしめていた。


 それがネクタイである事を、数秒掛けて思い出した。


 それはペイズリー柄の古びたネクタイだった。

 

 何の気なしにそのネクタイを見詰め続けた。


 ………。

 ……。

 …。


 呆然と立ち尽くしたまま、少しずつ頭が動き出した。


 無意識に、身体に張り付いた土やら葉っぱやらを叩いて落とした。


 じかに肌に触れていた不快感をふり払うと、改めてボクは疑問に思った。


 なんで自分は裸なのだろうか……?


 誰かが仕掛けた冗談にしては、シュール過ぎると思った。


 辺りを見渡しても潜んでこちらを伺っている気配はない。


 林の中でボクが一人、裸でたたずんでいた。


 なんだか心細くなって、握りしめた右手を見た。


 物は試しとして、せっかく持ち合わせている事だし、ネクタイを首に締めてみた。


 すると何と。

 ネクタイのお陰で、上手い具合に男の大事な部分が隠れてくれました。

 まるで(あつら)えたようなコーディネートだった。


 そうなんだね。

 そのために握りしめていたネクタイなんだね、と、ボクは納得した。


 -が、風が吹いたらまた見えた。


 笑える。

 少し笑った。



 ボクはゆっくりと息を吸う。


「-どういう事ッ!?」


 また始まろうとしてしていた今日という一日が、あまりにも予想外に始まっていた。



 ───



 …まぁ、叫んだところで何も変わらなかった。


 しばらく待ってはみた。

 みたけど、まぁ、何も変わらなかった。


 遠くで小鳥が(さえ)ずっている。


 夢と疑うにはあまりにも現実的すぎる、不可思議な時間が経過するだけだった。



 …まぁ、いいや。


 いい事にしよう…。


 幸いにして、不幸にして、特殊な状況下である事は分かった。


 まずはありのままを受け入れようとボクは思った。


 叫んだおかげか、今ではとても落ち着いている。

 

 ボクは冷静だ。ボクは冷静である。そして冷静さが必要だ。

 そう自分に言い聞かせた。


 遊びの時間は終わった。

 危機感を募らせるべきだった。

 今更ながらにそう思った。


 もしも今、この異常事態が自分の命に関わる場面だったとしたら、混乱している事こそが命取りとなりかねない。今はそういう状況かも知れない。


 真剣さが足りなかった。

 慎重になろうと思った。


 改めてボクは辺りを見渡してみた。

 四方を木々に囲まれていた。木の陰で背の低い草花が優しく風にそよいでいる。見れば、緑の生い茂る牧歌的な景色だ。木漏れ日は温かく、流れる空気はとても穏やかだ。

 完全に開けた風景とは言えなくても、どうやら今すぐ危険が迫ってくる事は無さそうだった。

 しかし油断は禁物だ。


 少なからず、半裸で取り乱してはならない。

 ボクは学んだ。

 今ではもう叫んだことさえ恥ずかしい。

 反省している。

 誰かに見られた訳でもない痴態を、ボクは無かった事にした。



 さて、冷静となって気が付いたことがある。

 それは自分の身体の変化についてだった。

 確実に身長が縮んでいた。

 手足が短い。見える景色が低い。手のひらが小さい。

 正確には、自身の身体が幼くなっていのだと思った。

 今はネクタイで隠れているが、大事な部分も小さくなっていた。可愛いくらいにつるつるだ。

 そもそも背が低いからこそネクタイで隠せていたのだ。

 いや、正しくは隠せていないけれど。


 こんな状態だもの。ボクが叫んでしまいたくなるのも仕方がないと言えた。


 よって冷静となったボクには、やるべき事が見えてきた。


 よし。


 まずはこの林を抜けよう。そして人と出逢おう。

 それから警察に保護されよう。

 格好だけ見れば裸だ。これでは警察に逮捕だけれど、今のボクは恐らく子供だった。悪い事にはならないはずだ。

 あるいは自分が子供になってしまったという危ない認識を持った大人だ。

 これはもう、仕方がない。

 これはもう、仕方がないと言わざるを得ない。

 これはもう、そこまでぶっ飛んじゃってて、現実と自分がそこまで解離しちゃっているなら、これはもう、仕方がない。


 大きく息を吐いた。

 受け入れる覚悟は出来た。出来てしまった。


 とにかく保護を受けよう。

 そのあとは病院へ行こう。

 自らの足でなのか、連行される形なのかは定かではないが、もう、仕方がない。

 はい。まことに残念なことです。

 まぁ、出来ればその前にパンツを履こう。


 優先順位で言ったら、俄然(がぜん)パンツだと思った。





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