隠しキャラ
話し合いの間、私は自分の部屋で待っているように言われたが、当然大人しく従うつもりはない。
私は侍女から話し合いが行われる部屋がどこかを聞き出してニンジャ服に着替えると、その部屋にあるワードローブにこっそり忍び込んだ。
ワードロープは奥まった薄暗い場所に置いてあるし、薄く扉を開いても恐らく気がつかないだろう。
しばらく待つと廊下の方から人の声がして、お祖父さま、お祖母さま、フランソワと私の両親が入って来た。
お母さまは驚くほど窶れていて、顔色も悪い。目の下に真っ黒なクマが出来ている。
お父さまが心配そうにお母さまの背中を擦っている。
「あの、スズは?大丈夫ですか?」
お母さまの声が悲痛に響く。私が言ったことでお母さまを傷つけてしまった、と罪悪感で胸がチクチクする。
「大丈夫だ。お前が心配することは何もない。彼女はここにしばらく滞在する」
と平然と言うフランソワ。
お父さまが苛立たし気に
「お前に何が分かる?俺達の娘のことに口を出すな」
と答える。
「スズはここに居たいと言った」
「そうだな。彼女はここで楽しそうだ」
とお祖父さまもフランソワに加勢する。
「自分の家よりもか!?」
と怒りを見せるお父さまをお母さまが抑える。
「リュカ、止めて。・・・分かりました。スズの好きなようにさせてあげて下さい。私はスズの気持ちを考えずに酷いことを言ってしまいました。お祖父さま達に任せます。ただ、この手紙をスズに渡して貰えますか?」
と分厚い封筒を差し出した。
「オデット・・・。いいのか?」
お父さまが心配そうに訊ねる。
「ジルベールから話を聞いて、私達はどうやってスズを災厄から逃れさせるかばかりに意識がいって・・・。肝心の彼女の気持ちを考えていなかったと思う。私達はゲームの筋書きに乗って、ハッピーエンドを目指そうとしたけれど、それをスズが望むとは限らないのよね。フランソワの言っていたことは正しかったと痛感しました」
お母さまの言葉に私も胸が痛くなる。お母さまが私を心配してくれているのは分かってるんだ。
「攻略対象についても・・・。私は相手が生身の人間であることを忘れてしまっていたと思う。パトリックは婚約者のクラリスがいるから大変そうだし、とか条件ばかり考えていたのよね。ただ、スズはセドリックと仲が良いみたいだし、手編みのセーターをプレゼントするって言ってたから、彼のことが好きなのかな・・って勘違いしたの。彼と恋に落ちればスズが呪われる可能性がなくなるでしょ?だから、ついあんなことを言ってしまったのよ・・・」
お母さまの言葉を聞いて、フランソワが顔色を変えた。
「・・・セドリックに手編みのセーター?」
「そうよ。フランソワに要らないって言われたからセドリックに作るって言ってたわ」
というお母さまの言葉にフランソワはこめかみに指を当てる。
「・・・そうか」
と言って黙り込むフランソワ。
それよりも気になる言葉があった。
『呪い』???私が呪われる?
どういうこと?・・・そういえば、お母さまもちらっと言っていた気がする。
感情的になって聞き逃してしまった。
お母さまの話をもっとちゃんと聞くべきだったと後悔する。
後でフランソワは説明してくれるかしら?
考え込んでいたら誰かがドアをノックした。
入って来たのはジルベールだった。
簡単な挨拶の後、お父さまがジルベールに質問をした。
「その・・・すまない。もう何度も同じことを訊いているが・・・。攻略対象は四人で、彼らと両想いにならなかったら神龍の呪いに掛けられるってサットン先生は言っていたんだよな?」
ジルベールは頷きながら
「はい。ただ、攻略対象は四人ですが、五人目の隠しキャラがいるらしいと仰っていました」
「隠しキャラについて、もう一度サットン先生が言っていたことを教えて貰えるか?」
なんだ?隠しキャラって?
「はい。攻略対象は四人ですが、五人目の隠しキャラがいるという情報は『ネット』と呼ばれる情報源から得たと仰っていました。スズ様は結局自分では隠しキャラを見つけられませんでした。四人の攻略対象を一人も攻略できなかった場合、ヒロインには神龍の呪いが掛けられます。隠しキャラを見つけて攻略できれば、その呪いを解くことが出来ると誰かが『ネット』に書き込んでいたそうです」
『スズ様』って、いつも話題に出るサットン先生のことかな。そして、また『呪い』っていう言葉が出てきた。しかも『神龍の呪い』だって。なんだそりゃ!?
「隠しキャラの手がかりは何もないのか?」
というお父さまに
「『ネット』では攻略対象のセルジュに関係していると書かれていたらしいです」
と答えるジルベール。
「セルジュって、俺の養子だかポーションの弟子になるとかいうガキだろう?まだ現れてもいないし、これから現れるのかもさっぱり分からん。俺は確かに結婚するつもりはないが、養子にするならオデットとリュカの息子の方が適任だろう。そもそも俺は弟子を取らない主義だ。セルジュが俺の養子にも弟子にもならなかった場合はゲーム的にはどうなるんだ?」
とフランソワが肩をすくめる。
「このゲームには攻略本が無く、詳しい情報はないとスズ様が悔しそうに仰っていました。ゲームに関する知識は基本的に全て『ネットの書き込み』から得たそうです」
「サットン先生は『神龍の呪い』にしても具体的にどんな『呪い』か分からなかったのよね?」
とお母さまがジルベールに訊ねる。
「その通りです。信じられないくらい攻略が簡単なので、一人も攻略出来ないという状況が作れなかったと仰っていました」
お母さまは溜息をついてジルベールに御礼を言った。
・・・そっか。どんな呪いなのかは分からないんだ・・・。
「私達はもう帰ります。どうかスズのことを宜しくお願いします。ジェラールとウィリアムも心配しているから彼らには手紙を書くよう伝えて貰えますか?」
とお母さまが深く頭を下げ、お父さまが溜息をついて一緒に頭を下げた。
可愛い弟たちの名前を聞くと罪悪感で胸がチリチリした。
しばらくして皆が部屋から出て行き、部屋は静寂に包まれた。
私はゆっくりとワードローブの扉を開け、そっと外に這い出た。
ふぅと息をつくと背後から
「かくれんぼは楽しかったか?」
と言う声がした。
私は危うく悲鳴を上げるところだった。
振り向くとフランソワが眉間に皺を寄せて仁王立ちになって私を睨みつけている。
・・・しまった。




