プロポーズ
*スズ視点に戻ります。
翌朝、目が醒めると私はパニックに陥っていた。
惚れ薬を飲んだこと、解毒薬を飲んだこと、そしてその間に起こったことも全て覚えている。
覚えているからこそパニックになった。
私はフランソワを忘れて、セルジュ、いやマーリンに恋をした。
それを知ったフランソワは私に告白したんだ。
・・・あ、ああ、愛してるって言ってた!?
すごい熱烈な告白だったような気がする・・・。
フランソワが!?
私に!?
信じられない・・・あれは幻だったんだろうか?
記憶が戻ったら「あれは嘘だった」とか言われたらどうしよう?
そしたら今度こそもう立ち直れない・・・。
それに・・・私はマーリンに酷いことをした・・・。私、最低だ。自己嫌悪が最高潮に高まる。私・・・。もうマーリンに顔向けできない・・・。
色々な意味で緊張しながら朝食の席に向かう。
マーリンやお祖父さま、お祖母さま、弟たちの姿はあるが、フランソワはいない。
私は少し安堵した。
マーリンはいつもと変わらない様子で「おはよう」と微笑んでくれる。
彼は大人で優しい。それに比べて私は・・・と落ち込む気持ちを隠すようにする。
朝食を取りながら『フランソワはどうしているだろう?』と考えていたら、お祖母さまから
「あなたの朝食が終わったら、フランソワの部屋に食事を持って行ってあげてくれる?夕べから何も食べてないのよ」
とウィンクされた。
マーリンは澄ました顔をしているが、恐らくお祖母さまはマーリンから話を聞いているに違いない。
朝食の後、侍女が用意してくれたティーワゴンを押してフランソワの部屋に向かう。
フランソワのドアをノックするが、返事がない。
もう一度大きな音でノックすると、バンとドアが開いて
「分かったから。静かにしてく・・・」
とフランソワが顔を出した。
私が呆然と立っているのを見て、彼の顔が真っ赤に染まる。
フランソワは、よれよれのシャツで不精髭も生えている。髪もボサボサだ。
やさぐれ感が半端ないが、不思議とそんな姿も可愛いと思ってしまった。
赤い顔が今度は青褪めて、咄嗟に逃げようとしたフランソワを呼び止める。
「待って!お願いだから!」
と叫ぶと、ぴたっと止まる。
恐る恐る私を振り返り
「・・・こんな姿ですまない。その・・・まさか君が来るとは思わずに。君が来ると知ってたら、もっとちゃんとした・・・その・・・ちゃんとすればこれほど酷くはないんだ・・・」
と言い訳をする。
「ねぇ、まず朝食をちゃんと食べて。夜はちゃんと眠れてるの?目の下にクマができてるよ」
と言うと、フランソワの目が大きく見開かれた。
「す、スズ?もしかして、俺のことを思い出して・・・?」
「夕べマーリンが解毒薬をくれたの。だから、フランソワのこと全部思い出したよ」
と笑うと、フランソワの目に涙が滲んだ。
私はとりあえず朝食を彼の部屋に入れて
「ちゃんと食べてね。それで支度が出来たら私の部屋に来て。話があるから」
と言うと、彼はビクッとしながらも「分かった」と頷いた。
その後、私は部屋に戻りせっせとセーターの修復を始めた。
幸い、解いた部分はそれほど大きくなかったので、もう一度丁寧に編み直していく。
気がついたら集中して、時間の経つのを忘れていた。
その時、控えめなノックの音が聞こえた。
ドアを開けると、フランソワが白い百合の花束を抱えて立っていて、私は呆気に取られた。
ピシッと白いスーツを着て、しかも突然髪が短くなっている。
襟足のところを少し刈り上げて、前髪からサイドの部分を長めにして流している。
髪の隙間から見える凛々しい眉や蒼い瞳が益々魅力的に見える。
カッコいい・・・。
・・・けど、どうして突然?と疑問符が脳内をぐるぐる回る。
フランソワは照れくさそうに
「・・・変かな?散髪が得意な使用人に切ってもらったんだが・・・」
と尋ねる。
「全然!すごくカッコいいよ」
と言うと、フランソワは嬉しそうに破顔した。
そして、花束を私に手渡す。
「えっ!?これ?私に?」
と驚くと
「他に誰に渡すんだ?」
と蕩けるような表情で頭をコツンとされた。
花束を抱えると甘い百合の香りで胸が一杯になる。
フランソワは私の手を取って跪くと
「スズ、心から愛してる。どうか俺を結婚して欲しい。学院を卒業したらすぐに俺と結婚してくれないか?俺はお前を泣かしてばかりだったけど、これからは絶対に泣かせるようなことはしない。生涯お前だけを愛し続けることを誓う」
といきなりプロポーズをした。
え・・・?
そんな突然・・・?
私はポカンとして言葉が出て来なかった。
「・・・やっぱり嫌か?」
とフランソワが悲しそうに言うので、首をぶんぶんと横に振った。
「う、嬉しい・・・けど、現実感がなくて。だって、だって、フランソワが私のことを好きっていうのも、まだ信じられないくらいなのに・・・」
「スズ。俺はお前を誰よりも愛してる。お前しか欲しくない。どうか、俺のものになってくれないか?・・・その、指輪もないし・・・申し訳ないとは思ってる。ちゃんとしたプロポーズは後でまたするから、取りあえず今は結婚の約束をして欲しい」
ん?
「えーっと?ちゃんとしたプロポーズって?」
「こんな急ごしらえのプロポーズじゃなくて、こう、もっとロマンチックな、ドラマチックなプロポーズを考えて・・・お前が喜ぶようなシチュエーションで頑張るから。指輪もお前が好きなのを幾らでも選んで構わない」
「フランソワ、そういうの苦手じゃなかった?」
「お前を手に入れるためなら苦手とか言ってられないんだ!」
と必死なフランソワは堪らなく可愛かった。
「・・・その・・・返事は・・・?お前のためなら何でもするから・・・」
と懇願するフランソワに
「返事の前に、二つ質問があるの」
と告げた。
フランソワの顔色が若干悪くなったが、私は構わず続ける。
「まず、お母さまのことはどう思っているの?ずっと好きだったんでしょ?」
彼は甘く微笑みながら
「オデットへの気持ちはとっくの昔に昇華出来た。気付いたら俺の頭の中はお前で一杯だったよ。俺の心にはお前しかいない」
と断言する。
「二つ目の質問は、ナターリヤ姫のこと。姫と口付けしてたよね?彼女に惹かれていたからじゃないの?」
フランソワは立ち上がって、私の瞳を真っ直ぐ覗き込んだ。
「彼女とは天地神明に誓って、何もない!彼女には一片の興味もない!」
「じゃあ、どうしてナターリヤにキスされた時拒まなかったの?」
「女は皆二人きりになると口付けしてくるものだろう?」
「・・・なにそれ?」
「俺は経験から学んだんだ。女からの口付けを避けるのは簡単だ。だが、その後が真剣に面倒くさい。泣いたり喚いたり、恥をかかせたなと脅したり、俺に襲われたと嘘をついたり。だから、俺は女からキスされたら拒否せず無難にやり過ごして、隙を見て逃げ出すようになったんだ」
「・・・」
まさか、そんな理由でキスを拒まない男性がいるとは思わなかった。
でも、それってつまり・・・
「・・・フランソワは多くの女性と口付けをしてきたのね?」
と言うと、フランソワは慌てふためいて
「違う!その・・・違くないが、俺は他の女性と口付けしたいと思ったことはない。口付けしたいのはお前だけだ!」
と叫び、私は自分の頬が紅潮するのを感じた。
「・・・今も口付けしたい?」
「そりゃした・・・。いや、俺はちゃんと我慢できる。大丈夫だ。結婚するまでは節度を持ったお付き合いをすべく・・・」
「今、キスしてくれる?」
とフランソワを見上げて、聞いてみる。
ナターリヤ姫とはキスしてたのに、私にはしてくれないの?
彼は顔を赤くして悶えている。
私はじれったくなって
「嫌なの?」
と尋ねた。
「嫌じゃない!でも、スズは初めてだろう?だから、その・・・もっとロマンチックな場所で・・・こう、一生の思い出に残るような・・・そういう・・・」
とフランソワの声はどんどん小さくなって、反対に顔はどんどん赤くなる。
「私も別に初めてじゃないし・・・」
と拗ねた気持ちで言うと、それを聞いた彼の目が突然鋭くなった。
手首を引っ張られて、気がついたら彼の腕の中に閉じ込められていた。
花束がふぁさっと床に落ちる。
フランソワは私を強く抱きしめながら、片手で私の顎を持ち上げて優しく口付けた。
彼の唇の柔らかい感触が唇に残る。
信じられないくらい甘い蕩けるような表情で、何度も違う角度から口付けされる。
徐々に口付けが深くなり、私は無我夢中でフランソワのキスに応えていた。
ようやく唇が離れた時には、唇がじんじんと痺れているように感じる。
私はまだフランソワの腕の中に囚われていて
「・・・口付けの相手は誰だ?」
と彼に耳を甘噛みされながら詰問される。
「あの・・・マーリンだよ。でも、私がまだ猫の時だよ」
と言うと
「くぅ・・・それでも許せない・・・」
と彼は呟いた。
フランソワはもう私を離す気はないらしい。
私を抱き上げるとそのままソファに座り、私を膝の上にのせる。
「それで・・・プロポーズの返事は?」
と聞かれて
「はい。その・・・宜しくお願いします。だから、もうこれ以上プロポーズはいらないよ」
と言うと、フランソワは満面の笑顔で「やった!」とガッツポーズをした。
彼の瞳がキラキラと潤んでいる。
そして、私を強く抱きしめると
「もう絶対に離さない。スズ、愛してる」
と耳元で囁いた。




