公爵邸での日々
何度も言うが私は公爵邸が大好きだ。
大好きな牧場や厩舎もあり、大好きな動物たちに囲まれて生活できる理想郷だと思っている。
理想郷だけど怠けていいわけじゃない。お母さまから課せられた早朝トレーニングは続けることにした。
家出している間に腕がなまったと思われるのは悔しかったし、習慣になっているのでトレーニングをしないと落ち着かない。
朝早くからトレーニングをしているとフランソワが現れた。
「オデットもいないのにトレーニングしているのか?」
「家を離れて怠けていると思われるのは悔しいから」
「・・そうか。俺が練習相手になってやろうか?」
「ホント!?嬉しい!」
なんてラッキー!
フランソワは強い。明らかに手加減してくれているのに全く歯が立たない。
悔しい!
何度倒されても諦めずに立ち向かっていく。
「お前は本当に負けず嫌いだな」
呆れたように言うフランソワの足の間を潜り抜けて彼の背後を取ろうとするが、フランソワは体を反転させるとあっという間に私を地面に押さえつけた。
「・・・くっ、参りました」
「まあ、10歳にしては良く頑張ってるんじゃないか?俺は神龍の神子から直接訓練を受けたからな。簡単に勝てると思うなよ」
と笑う。
朝からフランソワの貴重な笑顔を拝むことが出来、私は『早起きは三文の得』という言葉をしみじみ噛み締めた。
ついでにホントに拝んでしまった。
「なにやってんだ?」
と怪訝な顔をするフランソワに
「貴重なフランソワの笑顔に拝礼しています」
と答える。
フランソワは冗談だと思ったようで呆れたように「大人を揶揄うな」と私の頭を小突いた。
フランソワは公爵邸に滞在中は勉強も教えてくれると言ってくれた。
「嬉しい!ありがとう!あ、あとね・・・。ポーションも習ってみたいの」
と思い切って言ってみる。
フランソワは意外だったようで
「なんでポーションを習いたいんだ?」
と訊かれた。
「私、薬草とかも興味があって・・・。実は薬草園を作ってみたいの。あと野菜畑も・・・」
「・・・お前は本当に伯爵令嬢か?」
「だって、私牛舎の掃除をして沢山堆肥を作っているから・・・。すごく質の良い堆肥なのよ!良い堆肥があればいい畑が出来るのになってずっと思っていたの」
「・・・良い堆肥・・ね」
「私は料理が好きだから、野菜を作って料理をしてそれをマーケットで売るのが夢なの。セドリックともそういう話をしてるのよ」
というとフランソワの目が少し剣呑に光った、気がした。
「セドリック・・・厩番の少年だな。彼はシモン商会の息子だよな?なんでこんなところで厩番をしているんだ?」
「さあ?知らない」
「公爵に確認してみるか・・・」
とフランソワは顎を擦りながら独り言ちる。
あ、ちょっと髭の剃り残しを見つけた。
ふふ。大人の男の人に可愛いって失礼かな?でも、可愛いと思ってしまったんだ。
朝食後は、フランソワと一緒に牧場に行って牛舎の掃除や家畜の世話をした。
「スズはもう立派な労働力だな」とフランソワに褒められて得意になる。
ジルは『構って!構って!』と吠えながら私について回る。
ボーダーコリーのモフモフを思う存分堪能しながら、羊たちに餌をやる。
ああ、楽しいな。毎日こんな生活が送れるなんて。
作業がひと段落ついたとき、フランソワが私に手招きをした。
なんだろうと思いつつ彼の後をついていくと、牛舎に隣接した空き地に連れて行かれた。
「やりたいんならここに畑と薬草園を作っていいぞ」
と言われて、私はびっくりした。
「え!?本当にいいの?」
「ああ。ずっとやりたかったんだろう?」
「うん、ワクワクする!」
「でも、お前、畑の作り方を知ってるのか?」
「うん!実はこっそり勉強してたの。まず土を作るところから始めないといけないんだよね。私の魔法ね、多分土属性なんだと思う。土を掘り起こす魔法を使えるんだ」
これは本当で、一人で色々試していた時に発見したことだ。
私は空き地の地面に向かって意識を集中させた。
土と意識がつながっているような感覚がある。
よし!いけ!と念を籠めると、土がボコボコボコと動いた。固まった土がどんどん掘り返されていく。
フランソワは呆気に取られた顔で、土が勢い良く掘り起こされていくのを眺めていた。
数刻ほどで空き地の土は全て掘り返された。ちゃんと耕したみたいに土がほぐれている。
ふふん、どうだ!とフランソワに向かって胸を張ると、彼はぶーっと噴き出した。
「・・・なんだそのドヤ顔は!?それでも伯爵令嬢か?」
今日はフランソワが沢山笑ってくれて嬉しい。私も一緒に笑い出した。
堆肥は牛糞や羊糞に落ち葉や樹皮を混ぜて発酵させたものだ。
匂いは強いけど、私にはどこか懐かしい匂いで嫌いじゃない。
耕したばかりの土に堆肥を混ぜていく。
堆肥の有機物が土壌中の微生物の餌になり植物が育ちやすい栄養環境を整えてくれる。
微生物が活性化し有機物を分解することで土が耕作に適した状態になると本には書いてあった。
フカフカの土のお布団になるんだよと心の中で声を掛けながら、手作業で鋤を使って堆肥を混ぜているとフランソワも手伝ってくれた。
フランソワも心なしか楽しそうだ。
「俺は水属性なんだ。見てろよ」
と言って、最後に霧雨のような繊細な水のシャワーを出来たばかりの畑に降らせる。
あっという間に立派な畑になった。フランソワもどこか満足気に畑を見回す。
「最初は何を植えるんだ?」
と聞かれて
「最初はマメ科植物を育てようと思って。緑豆とかインゲンマメとかキドニービーンとか・・・」
「豆?」
「うん。マメ科植物には根粒菌っていう良い細菌がいて、大気中の窒素を栄養分として取り込むのを手伝ってくれるんだって。マメ科植物を育てて、それを土に鋤き込むと土壌中の窒素の含有量が増えて作物に良い影響が出るって話だよ」
「・・・いつも思うんだが、お前は本当に貴族の令嬢か?オデットも相当だったが、お前はまた別な方向ですごいな・・・」
「それは褒め言葉と受け取ります」
とニッと笑う。
「それに私はチリビーンズも好きなの。だから豆が収穫出来たらいいよね?」
「チリビーンズ?」
「食べたことないでしょ?お父さまがお土産に外国の香辛料を貰ったことがあって、ジルベールに手伝って貰いながらレシピを調べたんだ。今度作ってあげるね。ピリッと辛くて美味しいんだよ」
「へぇ。辛いものは結構好きなんだが、この屋敷ではあまり出てこないな」
「美味しかったんだ~。もう一度食べたくて」
と話をしながら公爵邸に戻ると、執事がフランソワに何か耳打ちした。
フランソワの顔が曇る。
「どうしたの?」
「・・・オデットとリュカが今日の午後に来るらしい。多分お前のことを話し合うつもりなんだろう」
私は動揺を隠し切れない。
「・・・私は家に帰りたくない」
と本音が出てしまった。
フランソワは柔らかい表情で私の頭を撫でた。
「お前の希望を優先させよう。まあ、どうなるかは話し合い次第だ・・・な」




