ナターリヤ姫の想いと私の想い
ナターリヤ姫は眩しい笑顔を湛えて戻って来たが、私達がすぐに帰国すると聞いて、大きな瞳が驚愕に震えた。
泣きそうな顔をして
「そんな急がなくても・・・」
と口籠っている。
ジャックはフランソワに
「ちゃんと姫に御礼を言うんだぞ」
と囁いて、私とセルジュを散歩に誘った。
私はともかくセルジュは歩き回って大丈夫かな?と思ったけど、セルジュは久しぶりに外に出てみたいと言い、
「皇宮で働く見習いの子供は多いから怪しまれないよ」
とジャックにも言われたので、セルジュは私を右肩にネズミさんを左肩に載せて散歩を楽しんだ。
歩くのも久しぶりなようで少し不安定だが、本人は嬉しそうにしている。
ジャックは眉間に皺を寄せながら
「・・・淡い初恋くらいだったらいいんだけどな・・・」
と呟いている。
姫のことかな・・・?
ジャックが私達を散歩に誘ったのは、姫とフランソワを二人っきりで話させてあげたいと思ったからだろう・・・。
二人で何の話をしているのかな?と考えながら、姫の部屋の前まで戻った。
あれ・・・?ドアが半分くらい開いている。おかしいな、出かける時に閉めたはずなのに。
ジャックがノックをしようとした瞬間、ナターリヤ姫の大きな声が聞こえてきた。
「・・・私は貴方をお慕い申し上げています。どうか、どうか、私と一緒になって、この国に残って頂けませんか?私は一生貴方だけを愛し、貴方に全てを捧げると誓います!」
と言って、ドアの隙間から見えたナターリヤ姫はフランソワに抱きついて、彼に口付けをした。
フランソワはそれを拒むでもなく、為されるがままになっている。
私は耐えられなくて、セルジュの肩から飛び降りると無我夢中で走り去った。
もうこれ以上は耐えられない。無理だ。ずっと我慢してきた。でも、私はここに居る間中、姫に嫉妬してきたんだ。ずっと抑えてきた感情が爆発した。
ボロボロ涙が出て止まらない。
慌てて追いついてきたセルジュが私を抱き上げた。
「ねぇ、きっとフランソワはこの国に残るよ。あんな完璧な姫に愛されて拒む人なんかいないよ。ねぇ、もう私達だけで帰ろう。私はもうこれ以上傷つくのは嫌だよ」
とセルジュの胸に縋りついて泣いた。
セルジュは悲痛な顔で私を抱きしめてくれる。
ジャックは珍しく怒った顔で腕を組んでいる。
「まさか姫があそこまで本気だとは思わなかった。ユーリの誤算だな」
とブツブツ言っているが、そんなのどうでもいい。
セルジュはジャックに今すぐ馬車を手配してくれるようにお願いした。
ジャックはしばらく考え込んでいたが「いいだろう」と最終的に馬車を用意してくれることになった。
私には何の荷物もないし、セルジュも荷物はないよね?と思っていたら、セルジュが近くにいた鳥に姫の部屋から小袋に入った神龍の鱗を取って来てもらうように頼んでいた。
・・・確かに。フランソワはもう帰国しないかもしれないし、私には必要なものだからね。
冷静なセルジュに感謝した。
すると、セミが小袋を持って来てくれたので、私はセミにもちゃんと御礼とお別れを言うことが出来た。
そのままジャックに案内され、馬車で港へ向かう。
港に着くとセドリックを探す。幸い船は到着した時と同じ場所にあり、すぐにセドリックは見つかった。
「セルジュ!無事で良かった!でも、何があった?フランソワはどこだ?」
と矢継ぎ早に質問するセドリックにセルジュは
「フランソワはこの国の姫君と口付けしてた。スズがもう耐えられないからリシャールに帰りたいって。目的は全部果たしたからさ」
と端的に説明した。
それを聞いて何故か納得したようなセドリックはすぐに頷いて
「本当に奴は大バカ者だな。信じられないような大バカ者に罰は必要だ!」
と叫んだ。
セルジュと私はホッと安堵して、一緒に船に乗った。
驚く程素早く出港準備が終わり、船はゆっくりと動き出した。
私は船の中でセルジュの腕の中にいた。猫だからね!
でも、猫になって初めて分かる。何故動物たちがみんなセルジュを慕うのか。
セルジュからは常に優しい波動が流れて来るのだ。
近くに居るとその波動でとても癒される感じ。いいなぁ。ずっとこうしてセルジュの側に居たいと思う。
そして、もうフランソワのことは忘れたい。
猫になっても、フランソワに対する感情は人間と同じで、フランソワがナターリヤ姫に微笑みかける度に胸が痛かった。
もう、この想いには行き場がない。今度こそきっぱり諦めようと決意した。
そして、諦めるためにはセルジュの協力が必要だ。
私の決意をセルジュに話すと彼は慌てた。
「え!?スズ?今なんて言った?」
「昔、クラリスに頼まれて惚れ薬を作ったことがあったでしょ?一番好きな人を忘れて、目の前にいる人に恋する薬。それを私に頂戴。持ってるでしょ?」
と聞くと、セルジュは渋々と頷いた。
セルジュはあの時「肌身離さず持ってる」って言った。彼はそういう約束をちゃんと守る律儀な人だって知っているから。
「・・・でも、スズ。今スズがそれを飲んだら・・・その・・・目の前にいる僕を・・・その・・・好きに」
と赤面しながら躊躇っているセルジュに
「あ・・・私に好きになられたら迷惑・・・だよね・・・ごめん。じゃあ、誰もいないところで飲んだら・・・」
と言いかけると彼は
「いや!全然!迷惑なんかじゃないよ。僕はスズが好きだもん。でも、スズが・・・僕なんかで嫌じゃないかなって・・・」
と不安そうに告げる。
私は驚いた。
「え!?どうして?全然嫌じゃないよ。セルジュと居るととても居心地がいいし。もし、セルジュが嫌でないのなら、私はセルジュを好きになりたい」
セルジュはそれでも躊躇っている。
「僕はスズが好きだ。スズが僕を好きになってくれるのは嬉しいけど・・・でも、それはずるっていうか、本当の気持ちじゃないっていうか・・・」
「でも、私は元々セルジュが好きだよ?」
「それは分かってるけど!友達としてだろう?これを飲むと・・・その男として好きになるんだ。君はそれでいいの?」
「いいよ!それで何が悪いの。・・・いや、勿論セルジュが私に男として好かれて気持ち悪いっていうなら別だけど・・・」
「・・・違うよ!もう、僕の言っていること全然分からないんだな。分かったよ。じゃあ、僕と恋愛する覚悟があるってことだね?」
やけくそになったらしきセルジュから小さな小瓶を渡される。
私は力強く「うん」と頷いた。
「本当に自分の意思でこれを飲みたいと思うんだね?」
「うん!お願いします!」
と土下座した。
はぁぁぁぁっと深い溜息をつくと、セルジュは小瓶の蓋を開けて、私の口の中に薬を流し込んだ。
・・・喉が焼けるような甘ったるい液体が体に入っていく。
なんだろう。頭がフワフワして・・・眠い。私はそのまま眠ってしまった。




