タム皇国に潜入!
タム皇国に到着すると、なんと港にはナターリヤ姫とジャックが待っていた。
セドリックが驚いて慌てて跪く。
「お忍びだから気にするな」
というジャックの言葉に立ち上がるが、セドリックは呆気に取られてフランソワとナターリヤ姫を見つめている。
ナターリヤ姫はフランソワに挨拶をすると
「何かお困りのことがあってタム皇国に来られるとジャックから伺い、私も何かお手伝いがしたいと馳せ参じました!」
と熱い眼差しを向ける。
その光景を見たセドリックの顎がガクンと落ちた。
ジャックがセドリックの肩を叩く。
「まぁ、深く考えるな。お前はこれからどうするんだ?」
「あ、いや、俺はこの港で待機です。フランソワの用事が終わったら、すぐに帰れるようにここで待機しろとリュカ様から指示されていますので」
というセドリックの言葉にフランソワが
「助かる。用件が済んだらすぐに帰るから。待たせて申し訳ないが」
と珍しく頭を下げた。
その時、ナターリヤ姫はフランソワの懐に入っている私に気づいたらしい。
「・・・なんて・・・なんて愛らしい猫ちゃん!」
と姫の目はキラキラと輝いている。ジャックは可笑しそうに私を見ながら手で口を覆っている。
ジャックは私の正体を知っているからね!
「ああ、こいつは俺の相棒で」
とフランソワが愛おしそうに私を撫でながら言うと、ナターリア姫は顔を真っ赤にして
「猫がお好きなんですね!わ、私も動物が大好きで、皇宮には沢山ペットがおりますの。猫もいますので、も、もし良かったら皇宮に滞在なさいませんか?」
と提案する。
フランソワが
「あ、一応俺達の宿は取ってあるので・・・」
と言いかけるが
「ルドルフの奥方のアンジェリック様もリシャール王国からの客人をつい最近お迎えして、皇宮がとても賑やかなんですの。だから、気兼ねなく滞在できると思いますわ」
という言葉を聞いて、考えを変えたらしい。
アンジェリックの知り合いのリシャールからの客人って・・・やっぱりフィリップとミシェルだろうなぁ、と私ですら思ったんだから、フランソワもそう考えたんだろう。
「・・・本当にご迷惑でないなら、お言葉に甘えても宜しいでしょうか?」
と柔らかい笑みを浮かべた。
「勿論ですわ!」
ナターリア姫は喜びを隠そうともせずに、いそいそとフランソワを馬車に案内する。
ジャックは小さく溜息をついて、
「またな」
と言うと、セドリックの背中をバンと叩いて、姫たちの後についていった。
馬車にはナターリヤ姫とジャックとフランソワがいたが、姫はじっとフランソワの顔を見つめている。
「・・・俺の顔に何か?」
「あ!不躾に申し訳ありません。美しいお顔だなぁ、と見惚れておりました」
と恥ずかしそうに言う姫は、とっっても可愛らしかった。
・・・負けた、という敗北感に苛まれる。
猫である時点で負けているのだが、人間だったとしても決して敵うことのない勝負だ(涙)。
しかし、フランソワの鉄仮面は崩れない。さすがだな。
「私は隠密の用事でこちらに滞在します。ですので、私が滞在していることは誰にも漏らさないで頂けますか?」
ジャックが如才なく
「大丈夫だ。最近、姫は不眠症で悩んでおられるから、城下から調薬師を呼んだということにする。ポーションマスターだと目立つからな」
と言う。
「俺は顔を見られると困るのだが・・・」
とフランソワが言うと、ジャックが「お前もか!」と爆笑する。
「どういう意味だ?」
「いや、アンジェリックのところの客人も顔を見せたくないといつも黒マスクをしてるからな」
フランソワとジャックの目がバチっと合った。
ジャックは今回の私達の目的を知っているし、玉璽の騒ぎの時、襲ってきた敵の中に黒マスクの男がいることも知っている。
きっとジャックは、全て分かった上でお膳立てをしてくれたんだ。
「あのさ、俺、すっげーいい考え思いついちゃったんだけど!」
とジャックがニヤニヤしながら言うと、フランソワがすぐに警戒心を露わにした。
「お前のいい考えは、絶対にいい考えだとは思えない」
「いや、そういうなよ」
とジャックがフランソワの耳元で何かをヒソヒソと囁くと、フランソワの顔が真っ蒼になった。。
「なっ!いい考えだろ?」
と言うジャックに、フランソワは額に手を当てたまま何も言い返さなかった。
皇宮には隠し通路が至るところにあるらしい。
城壁の外側にある一軒の屋敷に馬車を止めたジャックは、そこで全員に降りるように言う。
その後、御者に指示をだすと馬車は音を立てて薄闇に消えていった。
馬車が去った後、私達はその屋敷の中に案内されたが、がらんとして誰も住んでいないようだった。
ここは何だろう?とキョロキョロしていたら、ジャックに
「こっちだ!」
と合図される。
ジャックが手を当てると、単なる壁にしか見えないところに扉が突然現れた。その隠し扉は長い長いトンネルに続いていた。
トンネルは真っ暗で、ジャックが持つ照明が唯一の明かりだった。あちこちに分岐があり、はぐれたら確実に迷ってしまうだろうと怖くなった。
しばらく歩いた後、一つの扉の前に辿り着き、ジャックが扉に耳をつけて中の様子を探っている。
「大丈夫だ」と言ったジャックが扉を開けると、光が目に飛び込んできた。眩しさに目を開けていられない。
上品で落ち着いた内装のその部屋は、広々としたナターリヤ姫の私室だった。
「・・・すごいな。隠し通路か・・・」
とフランソワが呟くと、ジャックは得意そうに笑った。
ジャックが言うには、姫の調薬師は女性の方が怪しまれないだろうという。
姫の私室には侍女用の部屋として続きの間が付いているが、現在その部屋を使用する侍女はいない。
調薬師が姫の睡眠改善のためにそこに住み込みで治療にあたることにすれば、フランソワであることもバレず、自由に動けるのではないか、と言うのだ。
・・・つまり、フランソワが女装をするということで、彼は今頭を抱えているところである。
「フランソワはさぁ、綺麗な顔をしてるし、女性で通ると思うぜ」
と言うジャックに
「こんなでかい女がいるか!」
とフランソワが突っ込む。
「タム皇国は背の高い女性もいるから大丈夫だ!」
と親指を立てるジャック。
一部始終を黙って見ていたナターリヤ姫は
「何か事情があってフランソワ様として皇宮に滞在されていることを隠したいのですね。それでしたら、ジャックの言う通り、ここに居るのが一番安全だと思います」
と穏やかにフランソワを説得する。
「いや、姫もお嫌ではないですか?私のような得体の知れない男があなたの寝所近くにいるのですよ?」
「あ、わ、わたくしは嫌ではありませんわ・・・」
とぽっと赤くなる姫。
・・・猫になっても嫉妬ってするんだな、と切ない私。
フランソワはしばらく考えた後、
「姫がそう仰るならお言葉に甘えましょう」
と諦観の表情を浮かべた。
 




