魔王の残したもの
「・・・待て。伝えるべきことがある」
神龍が厳かに話し出す。
「昔、我が赤子に与えた甘露を覚えているか?」
お母さまが頷くのを見て、神龍は話を続ける。
「甘露というのは我の意識と能力の一部だ。それを分け与えることで赤子はこの世界で生きていける。そして、魔王にも同様の技がある」
「みゅ、みゅう(え!?魔王にも!?)」
「あの時、復活した魔王はすぐに異次元に封じ込まれた。しかし、封印される直前に炎を吐き、恐らく我にとっての甘露に当たるものをこの世界に残したのだ。魔王の甘露を吸収した人間がこの世界にいる。今、この場にも強く魔王の気配が残っている。恐らく犯人の残した気配であろう」
「・・・そんな・・・」
お母さまの顔が青褪める。
「魔王が封印された直後に、近くにいた人間に憑りついた可能性が高い」
という神龍の言葉に
「人間にそんなに簡単に憑りつけるものですか・・・?」
とお母さまが訊ねた。
「我は昔人間に甘露を与えたことがある。その人間は我の能力や意識の一部を受け継いでいるはずだ。魔王も同じことが出来るであろう」
「・・・・」
「魔王封印の直後に近くに居た人間は誰だ?」
「え・・・私・・とか?」
というお母さまの言葉に
「お前には神龍の赤子がついている。魔王が憑りつけるはずがない」
と神龍が答える。
「え・・・?じゃあ、ジルベール?」
「違うだろう。意識が異世界に行っている間、あの者の体は我の加護の下にあった」
「他に・・・人間がいたとは思えないんだけど。炎の海だったし・・・」
お母さまが困ったようにお父さまを見る。
「炎が消えた直後に森に入った人間は全くおらぬか?」
「王宮の兵士が森に入ったのは鎮火された翌日だったと聞いた。近隣住民には立ち入り禁止だと厳しく・・・・・・ちょっと待て!」
お父さまが急に焦りだす。
「俺は・・・密偵を送った。彼は魔王封印の直後の森に入ったはずだ」
「彼は今どこに?」
「魔王が封印されて、しばらくて・・・仕事を辞めたんだ。何か家族の都合とかで仕事を辞めて去っていった・・・。まさか、あいつが・・・」
「・・・密偵か・・・」
とフランソワが呟く。
「そういえば・・・」
お父さまが何かを思い出した様子だ。
「オデット、お前は覚えているか?アランとエレーヌの婚約披露の夜会の時に、昔伯爵家で働いていた密偵を見かけた気がするって言っていたのを?」
「・・・そういえば。その人が問題の密偵なの?」
「ああ、確かフィリップという名前だった。もし、あの時既に王宮に入りこんでいたとしたら・・・ミシェルを脱獄させたのもフィリップだったのかもしれない」
「じゃあ、スズを呪ったのも・・・セルジュを攫ったのも・・・そのフィリップなのね」
「・・・恐らく」
と答えるお父さま。
「良かった・・・。私はミシェルと行動を共にしているのがマーリン様だと疑っていたから・・・マーリン様じゃなかったのね」
お母さまは安心したように呟いた。
「それから・・・」と神龍は続けた。
「魔王の森の結界が破れた。もうじき大陸全体の結界も崩れるだろう」
「え!?あんな一瞬魔力供給が途切れただけで・・・?」
お母さまの顔が益々青くなる。
「罠が仕掛けられていたようだ。しかし、魔王の封印は解かれていない・・・。魔王の封印が解かれないように注視を。それから・・・我の鱗を取っておけ」
と神龍は一枚の鱗を口で毟ると、お母さまに渡した。
「役に立つだろう」
とフランソワを見ながら言う。
フランソワは驚いた様子だったが、しっかりと頷いた。
「どうやってミシェルはあなたの鱗を手に入れたんですか?」
とフランソワが訊ねる。
そういえば、簡単に手に入るものじゃないって、フランソワは言ってたな。
その質問に神龍は鼻から勢いよく息を吐いた。
「新たな赤子が産まれ、我が甘露を与える時、我の体にも変化が起こる。新たな鱗が生えてくるのだ。魔王はそれを知っている。古い鱗が落ちているだろうと我が赤子に甘露を与えた場所を探したのだろう。悪事を働く者の狡猾さには感心する」
皮肉っぽく言った後、神龍は私達をじっと眺めていたが
「この国にはもうじき大きな災厄が降りかかるだろう」
と告げた。
「・・・災厄!?それは、その魔王に憑りつかれた者と関係がありますか?」
神龍はゆっくり頷いた。
「魔王に憑りつかれた人間はタム皇国にある魔王の剣を手に入れようとしています。恐らく、それで魔王の封印を解くつもりだと思います。神子姫をもう一度召喚することは出来ないのでしょうか?」
と、フランソワが神龍に訴えるが、
「・・・神龍の神子を召喚するのは魔王復活の危機の時だけだ」
と、神龍はそのまま徐々に姿を消した。
*「悪役令嬢は殺される運命だそうなので、それに従います。」の「番外編 新婚生活3」で、リュカは密偵らしき人物を王宮で見かけています。




