一年後
帰国後、私達はリシャール王国とタム皇国の友好条約が無事に締結されたという知らせを聞いた。
シモン商会の船が襲われたことに関してリシャール王国は正式に抗議を行い、タム皇国から謝罪と賠償を受けた。
プライドの高い皇帝は、さぞかし悔しがったことだろうともっぱらの噂だった。
家族はみんな、私とフランソワが無事に帰国できたことを喜んだが、ジルベールのことを聞くと一様に顔を曇らせた。
今は精霊王を信じて任せるしかない。
私には代わりの護衛がつくようになったが、ジルベールについては何の便りもないまま約一年が過ぎようとしていた。
ジルベールの後任の護衛はとても優秀な経歴を持っているらしく、私みたいな小娘の警護には勿体ないと思っている印象だが、学院内は元々警備が厳しく特に問題は起こらない。
それに、学院生活の二年目もとても充実していて、私達は楽しい毎日を過ごしていた。
そして、一年ぶりにお母さまが臨時講師として魔法学院に再び訪れた。
去年のように午前中に一般生徒への模擬授業を行い、午後にセルジュへの個人レッスンを行う。
ランチはまたフランソワの実験室で、お母さまの絶品お弁当を食べることになった。
お母さまのお弁当を堪能していると、セルジュが空中を見ながら
「・・・え?僕はセルジュだけど。君は?」
と話し出した。
ど、どどどどうしたの?セルジュ?
お母さまは驚いたように
「セルジュにはぷくが見えるのね?」
と尋ねた。
セルジュは頷くと私に向かって
「オデット様には神龍の赤子がついていらっしゃるんだ。『ぷく』っていうとても可愛い龍でね。オデット様にしか見えないはずなんだけど、何故か僕にも見えるみたい」
と説明する。
え―――!?何それ?羨ましい!
「今までセルジュと一緒にいる時に出てきたことないのにね。どうしたのかしら?まぁ、元々気まぐれだけど」
とお母さまが首を傾げる。
フランソワは一連のやり取りに関心を払わず、ひたすら黙々と食べ続ける。
セルジュとお母さまは、ぷくの話を真剣に聞いているようだ。
私も知りたい・・・。興味津々で二人の視線が交わる場所を見つめるが、私には何も見えない。
時々
「それは誰に?」
とか言葉を挟みつつ、ぷくの話は終わったらしい。
私の好奇心丸出しの顔を見て、セルジュは噴き出した。
お母さまも呆れたように
「ねえ、スズ。『Curiosity killed the cat (好奇心は猫を殺した)』っていう諺があるのよ。好奇心を持ちすぎると身を滅ぼすことになりかねないから気をつけてね」
と私を諫める。
でも、二人はぷくの話を纏めてくれた。
『セルジュは不思議な匂いがする』
『昔会ったことがあるような気がする』
『神龍の気配を感じる』
というのがぷくのセルジュに対する印象らしい。
端的な表現だな・・・。
『セルジュには何か強力で不穏な魔法か呪いが掛けられている』
『近い内に悪者に危害を加えられる、ような気がする』
とぷくは警告したらしい。
お母さまが心配そうに
「セルジュ、どうか気をつけてね。私に出来ることがあれば何でも協力するから」
と声を掛けると
セルジュは
「ありがとうございます。気をつけます」
と丁寧に御礼を言った。
その日の放課後、私が実験室にセルジュを迎えに行くと、セルジュはちょうど片づけを終えて帰り支度をしているところだった。
フランソワに別れを告げて、二人で寮への帰途につく。
「・・・あのさ、ぷくの警告なんだけど」
とセルジュが話し始めたので、私も応じた。
「私もずっと気になっていたの。セルジュが昔言っていたみたいに、神龍の甘露を貰っていたとしたら、神龍の気配があるのも、会ったことがあるのも納得なのよね」
「うん。スズの言う通りだ。不思議な匂いというのも、僕が人間と精霊のハーフだとしたら良く分かる。不穏な魔法か呪いが掛けられているというのは・・・きっと記憶がないことだよね」
というセルジュの言葉に私は曖昧に頷いた。私には確信が持てないから。
セルジュとフランソワは、セルジュの記憶を取り戻すためのポーションの研究を何年も行っている。
記憶を奪うポーションの様々な解毒薬を試してみても全く効果がないらしい。
「そして、悪者に危害を加えられる可能性というのは、僕が前に話した通り、魔王の剣を僕の血に浸したいというミシェル達のことを言っているんだと思う」
「・・・絶対そんなことさせないわ!」
と私が言うと、セルジュの目尻が柔らかく弧を描く。
「ありがとう。とにかく自衛手段が大事だよね。武器と・・・ポーションなんかも常に身に付けておいた方がいいかな・・・」
「・・・あと、ペイントボールも邪魔にならなかったら持っていた方がいいかも。ペイントボールがあったら犯人の追跡に役立ちそうじゃない?」
「ああ、そうだね。それもリストに入れよう。また相談に乗ってくれるかい?」
「勿論よ!セルジュは私にとって大事な家族で親友だもん!」
と言うとセルジュは嬉しそうに微笑んだ。
12月に入り、二年越しになるフランソワのセーターも完成に近づいている。
このセーターには私の思いの全てをぶつけたと言ってもいいほど、凝りに凝ったデザインにした。
私の彼への想いは絶対に通じないのは分かっているが、一目一目にフランソワへの恋心を編み込んだと言っても過言ではない。
・・・我ながら重いな、と溜息をついた。まぁ、でも、恋心は目に見えないから、フランソワには気づかれないだろう。
私はもうセドリック一家とのクリスマスの船旅には参加しないことにしたので、今年は家族でのんびり過ごすクリスマスになるだろう。
クリスマスにセーターをフランソワに渡すことを想像しただけで顔がにやついてしまう。
彼はどんな表情を見せてくれるだろうか?




