乙女ゲーム
お母さまの話はにわかには信じがたいものだった。
何でもこの世界は乙女ゲームと呼ばれる物語の世界らしい。
『Destiney : 神龍の呪い』と呼ばれる物語で、私は何とその中の主人公=ヒロインなんだそうだ。
なんだそりゃ!?
「信じられない。私みたいな糞まみれのヒロインなんている?」
と聞いたらお母さまは目を見開いて
「あなたは自分がものすごい美少女だって自覚はあるの?お人形さんみたいな完璧に整った顔立ち。リュカ譲りの綺麗な蒼色の瞳とお父さま譲りのプラチナブロンド。誰がどう見たってヒロインに決まっているわ!」
と言い切る。
ヒロインには四人の攻略対象と呼ばれる男性がいると言う。
その1 パトリック・リシャール王太子 現国王アラン陛下とエレーヌ王妃の第一王子
その2 ジェレミー・ベルナール公爵子息 クリスチャン・ベルナール公爵の長男
その3 セドリック・シモン 平民だが裕福な商家の息子
その4 セルジュ・モロー フランソワ・モローの養子、ポーションの弟子
それに隠しキャラと呼ばれる『その5』がいるかもしれないが、それが誰で、どのタイミングでどのように現れるのかは不明らしい。なんだそりゃ!
その1のパトリックには既に婚約者がいるそうだ。
エレーヌ王妃は養女とはいえモロー公爵令嬢なので、二代連続でモロー家やその親族から王妃を出す訳にはいかない。
また、前宰相であったルソー公爵が急死し、ヴィクトル・モロー公爵(お祖父さま)が宰相に、クリスチャン・ベルナール公爵が宰相補佐に任じられたため、後を継いだバチスト・ルソー公爵が権力の均衡を保つために娘を王太子妃にするようにと激しい活動を繰り広げたらしい。
なので、まだ赤ん坊の頃にクラリス・ルソー公爵令嬢が現在の王太子の婚約者に決められたと言う。
お母さまは額に手を当てて
「そのクラリス・ルソー公爵令嬢が悪役令嬢らしいのよね・・・」
と溜息をついた。
「アクヤクレイジョウ?」
「うーん。ヒロインのあなたに意地悪や嫌がらせをしてあなたの恋路を邪魔しようとする令嬢のことよ」
「なんで私の恋路の邪魔をするの?」
「パトリック・ルートだとあなたはパトリックと恋に落ちるので、嫉妬したクラリスが邪魔をしようとするの。他のルートでも彼女は様々な嫌がらせを仕掛けて来るらしいわ」
「私はそもそも婚約者がいる人を好きにならないし!」
「・・・うん。あなたの性格上、それは良く分かっているの。だから、セドリックがいいんじゃない?ジェレミーのことは良く知らないし、セルジュに至ってはまだ現れてもいないから」
「・・・?どういうこと?お母さまの言っていることがまるで分からない」
私は次第に気持ちが苛立ってきた。
「あのね。そのゲームにはバッドエンドと呼ばれる結末があるの。ヒロインだったとしても最後に酷い目に遭うことがあるのよ。それで、攻略対象の誰とも両想いにならない場合は、神龍の呪いにかけられてしまうそうなの。殺されはしないみたいだけど」
?????????
お母さまの頭がおかしくなったのかと真剣に不安になった。
私の顔色を見て、お母さまは言い訳がましく説明する。
「ジルベールに聞けばもっと詳しい話をしてくれると思うわ。ジルベールは異世界に行って、この世界で起こる物語を知ったの。あなたがヒロインであることも。だから、ハッピーエンドになるために攻略対象の誰かと恋に落ちるのが一番安全だと思ったのよ。セドリックと恋に落ちればいいんじゃないかしら?とても良い子だし信頼できるわ。ハンサムだし」
私は気持ちのムカムカが止まらなかった。
なんだそれ!?そもそも何で攻略対象と恋に落ちないといけないの?
何より、攻略対象にフランソワが入っていないじゃないか!
フランソワに恋する資格がないと言われているみたいで、私の胸は不満で爆発しそうだった。
「もしかして、あなたにはもう好きな人がいるの?」
とお母さまが心配そうに尋ねる。
私は首を横に振った。
絶対にお母さまにはフランソワのことを話せない。
この優しくて無意識に残酷な人は、絶対にフランソワを傷つけることを言ってしまうに違いない。
「スズがあなたを好きなんですって?あなたは好きな人はいないの?」
とか云々。簡単に想像が出来てしまって怖い。
だから好きな人はいないけど、そんな計画通りに人を好きになんてなれっこないと言い張った。
お母さまは珍しく
「でも、特に好きな人がいないんだったら、付き合ってみて好きになれるかどうか試してみてもいいんじゃない?」
と諦めない。彼女がこんなに食い下がることは滅多にない。
「それに、セドリックに好感が持てるから彼のためにセーターを手編みしようと思ったんでしょ?糸車で毛糸を紡ぐところから手作りするなんてすごいじゃない?セドリック・ルートの最初のイベントが手編みのセーターをプレゼントすることだったの。それでお返しのプレゼントの三択でどれを選ぶかで少しストーリーが変わるのよ。一つはね・・・」
と言いかけるお母さまの顔に向かって私は思いっきり怒鳴りつけた。
「もう止めて!!!」
もうこれ以上聞きたくなかった。
そんな意図的に人を好きになれっこない!
人を好きになるってそんなんじゃないでしょ?
自分は好きな人と結ばれたくせに!
お母さまみたいに自分の愛する人と結婚出来て、その上フランソワからも愛されている人に何が分かるんだって言いたくなる。
気が付いたら、私の目からボロボロと大量の涙が溢れていた。
どんなに厳しい訓練を受けても辛い目に遭っても、人前で泣いたことないのに・・・。
だけど、こんなに悔しい思いをしたことはない。
胸が苦しくて、息が出来なかった。
私は濡れた目でお母さまを睨みつけた。大好きだったお母さまをこんな目で見る日が来るなんて思わなかった。
お母さまは顔面蒼白になっている。お母さまのそんな顔を見るのは初めてで罪悪感もあったけど、自分の感情を止めることは出来なかった。
「お母さまなんて大っ嫌い!人の気持ちをそんな風に操れると思うなんて、心から軽蔑する。二度と顔も見たくない!」
と叫んで私は部屋から飛び出した。