敵襲
私達の船は予定とは全く異なる秘密の航路を進んでいた。
船長は毎年同じで、ミレーユのお父さんが務めている。
私は、ミレーユのことはやっぱり考えすぎだったかなと反省していた。
彼女は、自分の父親や思いを寄せている幼馴染を危険に追いやるような真似をするはずないよね。
・・・凹むなぁ。はぁ。
そうして何事もなく一日が過ぎた。
予定では今夜、真夜中の12時にタム皇国のユーリ皇太子の代理人が玉璽を取りに現れる。
海上での引き渡しになるので、他の船舶にも慎重に気を配らないといけない。
本当は直接リシャール王国の大使に玉璽を手渡したいが、大使は既にタム皇国に滞在していて、全てのスケジュールは皇国側に把握されている。
怪しい動きは敵側に筒抜けになるため、今回は皇太子が信用する代理人を立てることにしたのだ。
その代理人はセドパパも信用できる人だと言っていたので、大丈夫だろう。
料理人は乗船していないので保存食のみの夕食をみんなで食べたが、ミレーユは姿を現さなかったし、誰も彼女のことに触れようとしない。
でも、昼間ちらっとミレーユらしき女の子を見かけたので、船には間違いなく乗っているはずだ。
夕食後、セドリックが見せたいものがあると私を呼んだ。
当然のようにジルベールとフランソワも付いてくる。
セドリックは船倉の食糧庫に私達を連れて行った。
保存食の袋が積み重なった棚の片隅に、比較的小さな小豆の袋が置いてある。
セドリックがその小豆の袋を少しだけ開けると、中にはギッシリと小豆が詰まっていた。
「スズ、フランソワ、ジルベール。玉璽が入った金庫はこの中にある」
と言われて、私達の間に緊張が走る。
「カモフラージュとして大量の金庫を船内に設置した。万が一襲われるようなことがあっても本物の金庫がどこかバレないようにするためだ」
「・・・襲われないのが一番だがな」
と言うフランソワの言葉にセドリックが苦笑いする。
「万が一のことがあった時は、ここから玉璽を取り出して皇太子の代理人に渡してくれ。代理人の顔はスズとジルベールが知っている」
「え!?えーーーー?私が知っている人が皇太子の代理人なの?誰?誰?」
私の驚きようにセドリックはクスクス笑った。
「初めての船旅の時にさ、真夜中に父さんとポールが海賊の親玉と密会していたの覚えてる?」
「そりゃ、覚えてるよ。私達セドパパにしこたま叱られたじゃない」
と私がいうとセドリックが懐かしそうに微笑んだ。
「あの時のジャックが皇太子の代理人だ」
と言われて、私は口をポカンと開けてセドリックを見つめてしまった。
「なに言ってんの?海賊の親玉が皇太子の代理人なの?」
という私の疑問に
「まぁ、色々長い話があってね。いつかゆっくり説明するよ」
セドリックはそう言いながら、私の頭を撫でた。
フランソワは少し苛立ったように
「金庫の開け方は?俺は重い金庫を担いで走りたくない」
とセドリックに訊ねる。
「ああ。それはダイヤル錠になっている。番号を合わせて施錠、解錠するんだ・・・あんしょ」
とセドリックが言いかけたところで、突然地響きのような衝撃が船を襲った。
棚に積んであった箱や袋が、どさどさと音を立てて床に落ちる。
私も立っていられなくて、よろけたところをフランソワが支えてくれた。
「なにごと!?」
とセドリックを見ると顔面蒼白になっている。
甲板の方向から
「敵の船が・・・!!!」
「敵襲だ!!!」
「攻撃に備えろ!!!」
「・・・結界が破れた!敵がこの船に乗って来るぞ!」
「戦いの準備を!」
と口々に叫ぶ声が聞こえる。
「・・・ぶつかるぞ!!!」
という声と共に再び船は強い衝撃を受け、大きく傾いた。
今度こそ立っていられない。みんなが床に転がった。
金庫は余程重いのだろう。他の袋が全部床に落ちても小豆の袋だけは棚にしっかり固定されているようだ。
ミシミシ、メリメリという嫌な音が聞こえる。
大きな悲鳴や叫び声と同時に、私達の船に多くの人間が乗り込んでくる足音や振動を感じた。
セドリックは慌てて立ち上がり、甲板へ向かって走り出す。
「スズたちは隠れていろ!」
というセドリックの声に応えるかのようにフランソワは
「スズ!こっちだ!」
と言って、食糧庫の奥深くに私の手を引っぱって行った。
私とフランソワ、ジルベールの三人で見つからないように身を潜める。
甲板では大きな戦いが行われているようだ。人の悲鳴なんかも聞こえて辛くなる。
「・・・ねぇ、私達は戦わないの?」
と聞くと二人は
「俺達の役目はお前を守ることだ」
「私の役目はスズ様をお守りすることです」
と同時に似たようなことを答える。
そういえば、ジルベールはアメリを捕獲した作戦会議でも同じことを言ってたな、と場違いなことを突然思い出した。
「私の役目はスズ様をお守りすることです。悪人を捕えることではありません」
『私が囮になるのだから、わざわざペイントボールなんて面倒臭い手間をかけないで、その場でジルベールが犯人を捕まえたら?』
と私が提案した時のジルベールの回答だ。
曰く、ジルベールが犯人を捕獲しようとして犯人に逃げられたら、そちらに意識が行ってしまう。
下手したら追いかけてしまうかもしれない。
そうしたら私は一人残されることになる。
それは本末転倒で、あくまでジルベールの最優先事項は私の安全であり、それが叶うのであれば犯人を逃してしまっても大きな問題ではないとジルベールは言った。
「何があっても私はスズ様を見守っておりますよ」
といつもの穏やかな笑顔を浮かべるジルベール。
・・・なんというか・・・私は幼い頃からこんな風にジルベールに守られてきたんだな、と実感して、ちょっと泣きそうになったことも思い出した。
ジルベールを絶対に死なせたりしない!と決意を新たにする。
でも、上で人が捕えられたり、傷ついたり、下手したら殺されたりするのを看過するのも辛い・・・。
フランソワは私の頬に両手を当てて
「スズ、お前を危険な目には遭わせたくない。それにセドリック達は強い戦闘経験のある船員を選んでいた。悲鳴は敵方かもしれない。心配するな」
と私の顔を覗き込む。
うぅ、麗しい顔が至近距離に・・・
なんて考えている場合じゃない。
「で、でも、ねぇ、真夜中の12時に皇太子の代理人が来るんでしょ?どうしたらいい・・?」
ジルベールが腕を組んで
「敵に玉璽を渡してはいけない。何とかあの金庫を開けないと・・・。ちょうど暗証番号を聞く前に攻撃が始まったので、聞きそびれてしまいました。セドリック様を探すのが先決ですね」
とジルベールが提案した。
「スズを歩き回らせるのか?危険じゃないか?このままここに潜んで敵が去るのを待った方が・・・」
とのフランソワの言葉にジルベールは
「敵は玉璽を見つけない限り去りません。いずれここにも来るでしょう。今回は私達が動かないと活路は見出せません」
と冷静に答える。
フランソワは大きな溜息をつき
「仕方ない。スズ。絶対に無茶はするなよ。俺が守るから」
と透き通った蒼い瞳で私を真っ直ぐに見つめた。
「はい!」
私は元気よく返事をした。




