出航
私はお母さまとフランソワにジルベールを船に乗せないようにお願いした。
しかし、ジゼルから聞いた話をしても、彼らは決して首を縦には振らなかった。
ジルベール自身も全く私の懸念を分かってくれない。
「スズ様が何と言っても、私は同行します」
と穏やかな笑顔のジルベールには敵わない。
ただ、お母さまは
「ジルベール。あなたがゲームで死ぬかもしれない話は私達も聞いたことがなかったわ。わざと私達に隠していたでしょ?」
と責めた。
「申し訳ありません。私にとっては些末なことでしたので・・・」
「全然些末じゃないじゃん!」
ジルベールの言葉に私は腹を立てた。
「お願いだから、自分の命を大切にして。私を庇って死んじゃうとか辛すぎる」
という言葉にお母さまも強く頷く。
「本当よ。お願いだから気をつけて。あなたも私達にとって大切な家族なのよ」
私達の言葉にジルベールの目が少し潤んだように見えた。
お母さまは話を続ける。
「・・・それにしても、ミレーユが何かするとしたら困るわね。実はカモフラージュのためにミレーユも今回同船することになっているのよ」
「え!?そうなの?ミレーユは初めての船旅で一緒になったけど、その後一度も船旅には来なかったよ。だから、私もそれ以来会ってないの」
私の言葉にお母さまは困ったように
「・・・うん。その話はちらっと聞いたわ。彼女はセドリックが好きなのよね?セドリックを危ない目に遭わせるような裏切りはしないと思うけど、一応エミールとセドリックにはミレーユに気をつけるよう伝えておくわね。・・・自分が乗っている船を悪者に襲わせるほど愚かじゃないとは思うけど・・・」
頬に手を当てた。そんな姿も絵になって美しい。
きっとフランソワもお母さまに見惚れてるんだろうな、と思って彼の方を見たら、彼の視線は真っ直ぐ私に向いていた。
・・・びっくりした。心配そうな強い視線を感じて胸がどきどきする。
そんなことで期待しそうになるなんて。バカだな。私。
結局予定通りジルベールも乗船することになり、私はフランソワとジルベールと一緒にモレル大公国の港に出発した。
今回はクリスマス休暇などと浮かれてはいられない。
何が起こっても対応できるよう武器は沢山仕込んできたよ。
乗船するとそれぞれの船室に案内された。
私の船室はジルベールとフランソワに挟まれている。
フランソワは珍しそうにキョロキョロしながら船の中を眺めている。
カジュアルな綿の白シャツが良く似合っていて、暑いのかボタンを三番目まで開けているから、色気がダダ洩れだ。
「スズ、お前はこの船に詳しいんだろ?案内してくれよ」
と言うフランソワの言葉に笑顔で頷いた。
クリスマス休暇用の船は毎年変わらない。今年もお願いします、と船首に向かって頭を下げた。
「なにしてるんだ?」
と怪訝そうにフランソワに言われたので
「船に今年も宜しくと挨拶を・・・」
と言うと彼はクスクス笑う。
「お前らしいな」
「褒められてる気がしない」
「特段褒めてないからな」
悪戯っぽく微笑むフランソワは相変わらず魅力的だ。
そこへセドリックが現れた。
「・・・出迎えられなくてごめん!今回は物資とか色々調達が大変で」
と言い訳するセドリックに
「全然気にしないで。大丈夫だから」
と笑いかけた。
フランソワは
「お邪魔虫は退散するから」
と言って、自分の船室に戻ってしまった。
セドリックは笑顔なんだけど、何となくぎくしゃくして様子がおかしい。
「セドリック、何かあった?」
と尋ねると、無理に浮かべていたような笑顔が消えた。
「・・・あのさ、スズがミレーユのこと、オデット様に何か言いつけたのか?」
セドリックに言われて、私は一瞬固まった。でも、ゲームの部分は除いて正直に言うしかない。
「私の情報網でね。航路の情報をミレーユが敵に流して結界も解いてしまう可能性があるって・・。そのことをお母さまに伝えたわ」
セドリックの目は明らかに怒っていた。
確かにミレーユは大切な幼馴染だもんね。そんな風に言われたら腹を立てるのは当然だ。
「ごめんなさい。大した根拠もなくお母さまに伝えたのは軽はずみだったと思うわ」
「そうだね。スズがそんなことをするとは思わなかったから、正直驚いたよ」
「・・・本当にごめんなさい」
「ミレーユも一緒に船に乗るんだ。自分も危険な目に遭うようなことをするはずないだろう」
うん。確かにその通りなんだけど・・・。こっちはジルベールの命がかかっているのよ。
でも、セドリックの怒りは尤もだ。私はひたすら謝り続けた。
最後にはセドリックも苦笑して「もういいから。部屋に戻って休んでおいで」と言ってくれたが、私の心境は複雑だった。
気持ちが沈むのを止められない。
その時出航の合図が聞こえた。
最初の船旅のようにプォ~~ン、プォ~~ンという音がして、三本のマストの帆が一斉に張られる。
船員たちが忙しそうにロープを持って走り回っている。
ゆっくりと船は動き出したが、初めての時のように胸が躍る心持はしなかった。




