友好条約
お母さまにジゼルと何を話していたのか訊ねると
「大したことじゃないわ」
と笑顔で躱された。
でも・・・ジゼルにはまだ何か不安なところがある。
お母さまは大丈夫だろうか?
昼食にはフランソワも加わり、私とお母さまとセルジュが和やかな雰囲気で談笑する中、フランソワだけがあからさまに不機嫌な様子を隠そうとしなかった。
・・・どうしたんだろう?お母さまの近くにいる時にこんなに憮然としているフランソワは見たことがないな。
一通り食事が終わり食後のお茶を楽しんでいると、お母さまが私に向かって
「スズ、あのね。今度のクリスマス休暇のことなんだけど・・・」
と話を切り出した。
フランソワは苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「うん?クリスマス休暇がどうしたの?私はまたセドリックの船旅に行く予定なんだけど・・・何か都合が悪くなった?」
と聞くとお母さまは首を振る。
「あのね、今回の船旅は遊びじゃなくなったのよ」
「・・・どういうこと?」
と首を傾げると、フランソワが
「俺は反対だ。危険すぎる」
と口を挟む。
「本当に過保護ねぇ。滅多に人に関心を寄せないくせに。よっぽどスズは特別なのね」
とお母さまに言われ、フランソワが赤くなってあたふたしている。
・・・そりゃお母さまには変な誤解されたくないよね、と思うと胸がチクリとした。
そんなフランソワを無視してお母さまが話してくれた事情に私は目を丸くした。
今年の年末にリシャール王国とタム皇国は正式に友好条約を締結する運びとなった。
イーゴリ皇帝は主戦派なので反対していたが、ユーリ皇太子とナターリヤ皇女が有力貴族を味方につけて、戦争よりは交易を促進することも出来る友好条約の方が理に適っていると主張したらしい。
大陸の結界は盤石だし、戦争なんて非現実的過ぎると説得したそうだ。
友好条約の内容としては、主権・領土の相互尊重、相互不可侵、相互内政不干渉が明記され、両国の経済的、文化的関係の発展も記述されることになる。
友好条約を勝手に破棄して他国を攻撃した場合、国際的な信用がガタ落ちになるので、タム皇国に対するある程度の抑止力になるとアラン国王は考えているようだ。
しかし、タム皇国内で友好条約への強い反対勢力が存在する。
その急先鋒が第二皇子のルドルフだ。
他にも反発する貴族がおり、タム皇国内でも意見が割れ殺伐とした雰囲気になっているという。
不穏な空気の中、年末の条約締結に向けて国王から全権を委任された大使がリシャール王国から出発したが、条約を締結するのに必要な玉璽が盗まれてしまった。
玉璽は国王の魔力を纏った特別なものでこの世に一つしか存在しない。
万が一破損・紛失した場合は新たに作り直すが何か月もかかるという。
国王は玉璽の盗難を予想していた。
条約締結を邪魔しようとする一派が玉璽を盗もうとするだろうと考えた国王は、大使に偽物の玉璽を渡しておいたのだ。
だから、本物の玉璽はまだ国王の手元にある。
問題は本物の玉璽を条約締結までにタム皇国にいる全権大使に確実に渡さないといけないということだ。
玉璽がないと条約締結を行うことが出来なくなってしまう。
友好条約締結に向けて国王の密命を受けて、調整を行ってきたのがシモン商会だ。
国王はシモン商会に玉璽を大使に届けるよう依頼した。
セドリックが前回の休暇の時に王宮に通っていたのは、実はその相談のためだったと言う。
敵も恐らく玉璽が偽物であることには気づいているだろう。
本物の玉璽を届けようとする使者は間違いなく襲われる。
だから、玉璽を届けるためにセドリック一家が恒例のクリスマス家族旅行の船旅の振りをしてタム皇国側の味方と接触する計画を立てていた。
しかし、思っていた以上に事態は深刻になった。
密偵や連絡役が殺害されるというような物騒なニュースが次々と入って来る。
セドリック達は家族を巻き込むことを躊躇するようになり、今回の旅行は尤もらしい口実を作り(急病とかね)、セドママと子供達とポールを置いて行くことにした。
セドパパとセドリックは、自分達に何かが起こった時に家族を守れるポールを家に残す選択をしたらしい。
家族にとっても辛い決断だったとお母さまは悲しそうに説明した。
「それで、セドリックはスズも当然今回の船旅には来ない方向で考えていたの」
というお母さまの言葉に
「当り前だ!」
とフランソワが断言する。
「ただね・・・。女性や子供が一人もいない。ごつい男達だけが乗っている船なんてもう『家族旅行』なんていう言い訳は通用しないわよね。だから、誰か自分の身を守れるくらい強い女の子が居たら、一緒に船に乗ってカモフラージュできるかもって思ったのよ」
「だからって、何もスズが!」
とフランソワは怒っているが、お母さまは完全に無視して話を続ける。
「最初は私が立候補したの。でも、私が大陸を離れると結界が不安定になるらしくて・・・。私の魔力供給が少しでも途切れると結界が揺らぐらしいの。アランやダミアンからも反対されてしまってね」
なるほど・・・それで私に白羽の矢が立ったわけね。
「私はスズ以上に強い女の子を知らないのよね。それにスズは毎年クリスマス休暇で船旅しているし、セドリックがガールフレンドを連れてきたら尤もらしいかなって思って・・・。いつものようにジルベールが同行するし、スズが行くならフランソワも一緒に行くって言い張っているから、大丈夫じゃないかと私は思ってるんだけど・・・。フランソワには楽天的過ぎるって怒られちゃって」
と舌をペロリと出すお母さま。
相変わらず可愛いなぁ、と見惚れていると、フランソワが苛立ちを隠し切れないように
「大事な娘だろう?心配じゃないのか?リュカだってセドリックだって反対していたぞ」
と言い募る。
「フランソワ、私は行きたいわ!お母さまは私なら大丈夫だって信頼してくれているからこそ言ってくれているのよね」
と私がお母さまの目を見つめると、彼女は黙って頷いた。
「ただね。絶対に無茶な真似はしないでね。必ず無事で帰って来るって約束して頂戴」
とお母さまに手を握られて、私は「頑張るよ!」と約束した。
フランソワは諦めたように深い溜息をついた。




